第32話 雌伏・戦勝の報告

「いやぁ軍師殿。よくぞやってくれた」

 老王ランドル陛下はカイの手をとって高らかに歓声カンセイをあげた。

 王国軍が勝利したのは二戦ぶりだが、快勝したのは実に三年ぶりである。

 帝国の皇帝が惰弱ダジャクさを取り除き、王国へ本格的に戦いを挑んでくるようになってからは防戦一方だった。


 カイは相変わらず頭をいている。

 公式の場で国王陛下から祝福されているのである。照れを感じるのだろう。

 その地位にふさわしい威厳イゲンを身につけるにはまだ時間がかかりそうだ。


「今回は帝国がこちらの思惑おもワクどおりに動いてくれたので、想定した成果が出せました」

 よほど満足のいく結果だったのだろう。カイも口がなめらかだ。

 やはり本来ならこのように諸手もろてげて喜び、功績コウセキめるべきなのだ。

 私にはまだまだできるものではない。


「ミゲル軍務長官閣下カッカやガリウス将軍を始め、多くの兵士たちが祖国のために尽力ジンリョクしてくれました。これもミゲル軍務長官閣下やガリウス将軍の手腕シュワンです」

「うむ。さすがにしぶり屋のカートリンクが強引にでも推薦スイセンしただけのことはあるな」


しぶり屋ですか?」

 ガリウスは意外そうな顔をした。


 若い自分たちが将軍に推挙スイキョされるくらいだから、もっと多くの人物が推薦スイセンされてきたものとばかり思っていた。


「そうだ。あやつはいろいろと注文が多くてな。やれ実績ジッセキがないとか、考えが硬直コウチョクしていて柔軟ジュウナンセイに欠けるとか、兵にしたわれていないとか。それはもう、うるさいったらなかったな」

 それは私たちが知らなかったカートリンク軍務長官閣下カッカの一面だった。


「帝国に勝つには、若くて柔軟ジュウナンな発想を持った部下からしたわれる人物を将軍にしなけばならない、というのが持論だった……」

 老王陛下は遠い目をしながらつぶやいている。在りし日のカートリンク軍務長官閣下カッカに思いを馳せているのだろう。

「しかし、それは真実だったのだな。ミゲル軍務長官にせよ、ガリウス将軍にせよ、とてもよくやってくれている」

 カイはもうわけなさそうに手をげてみせた。

「ああ、それからカイ殿もな。別に忘れていたわけではないぞ。カートリンクに推挙スイキョされた者をげたまでだ」

 その一言で場内が暖まった。

 近衛コノエヘイはばかることなく笑い声をあげている。


「カートリンクの気持ちが少しわかった気がするな」

 カートリンク軍務長官閣下カッカは日頃から若い士官を見つけては話しかけていた。

 以前聞いた話では、若者の体から発散される特有の活気は、そばにいるだけでじゅうぶんに感じとることができるのだそうだ。

 この活力こそが勝利を呼び込むのに不可欠なものなのだったろう。

 ランドル国王陛下がしみじみ感じ入っていた。


 しかし私の笑顔の影に浮かない表情が見えたかもしれない。

 戦うたびにいつも罪悪感に苛まれる。また眠れない夜になるだろう。

 勝つためとはいえ二万もの敵兵を殺してしまった。

 味方にも千名ほどの犠牲者が出ている。

 ガリウスの戦時れにより帝国へ帰還せず王国軍として帰属する兵も三〇名となるが、これとて死者へのなぐさめにはならない。


 老王陛下もそれを察したように語りかけてきた。

「ミゲル軍務長官よ。平和への道はまだ遠くけわしい。そちに負担をかけてもうわけないが、今しばらく頑張ってはくれまいか」

 その言葉でもうつむいたままだった。


「ミゲル軍務長官閣下カッカが感じているとおり、戦争とはむごいものです。国を守るという大義タイギ名分メイブンをかざすだけで、個人的にはなんのうらみもない人物を躊躇ためらいもなく殺せてしまう。人をそうさせるだけでも戦争とは罪深いものです」

 カイは私の肩に手を置きながら冷静に戦争論を語って聞かせた。

「だが、一度始まってしまった戦争に区切りをつけるためには、戦って決着をつけなければなりません。戦わずに平和を求めても、納得できない連中が暴れ出して内乱を起こした事例を記した史書が多いのです。そのような者らを納得させるためにも、今は戦うよりありません」


 言葉を聞きながら私はある決意を抱いた。


 語れば夢物語と片付かたづけられるだろう。

 そう思って、あえて口に出さなかった。


 ひとりでなやむ私を気遣きづかったガリウスは話題を変える。

「国王陛下。此度こたびの戦いで活躍した私どもの分隊長を、将軍の位に進めることをお認めいただきたいのですが」

「ほう。どれほどの活躍をしたのだ」

 気を取りなおしたランドル国王陛下はガリウスに体を向けた。


「はい。二人の率いる部隊が敵のヒューイット大将とマシャード大将をそれぞれち取っております」

「なんと、それは大手柄ではないか。して、どのような人物なのか」

 ランドル国王陛下は気がいていたのだろう。

 旧友カートリンク軍務長官閣下カッカきあと、次世代を担う私とガリウスは有能な“軍師”カイを連れてきた。

 その眼鏡めがねかなった人物である。

 助けがあったとはいえ、それぞれ敵大将をち取るのだから無能であるはずもなかろう。


「その者たちを呼んでまいりますので、しばしお待ちくださいませ」

 ガリウスは近衛コノエヘイに彼らの名を告げると呼びに行かせた。



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