第六章 名将への挑戦

第31話 雌伏・激戦の帰路

 カンベル山稜サンリョウから王都への帰途、黒馬に乗るカイから次なるいくさ方策ホウサクについて教示キョウジを受けている。


「帝国軍としては二大将を失った手前、来月にも仕掛けてくるとは考えにくいのではないか?」

「いえ、ひとり残ったからこそ、次戦は確実に巨魁キョカイ大将クレイドが出征シュッセイしてきます。なにせ二大将を犠牲ギセイにする。そこまで、クレイドに命運をけているのですから」

「二大将を犠牲ギセイに、とは?」

 その言葉をいぶかった。


「レブニス帝は先月クレイドを騎馬中隊長から一気に大将に任じました。密偵ミッテイから聞いた話では、ヒューイット大将、マシャード大将両名は猛烈モウレツに反対したそうです。それでも大将昇格を強行したのは、それだけクレイドの才幹サイカンを買っているからに違いありません」

「おそらくヤツへの皇帝の寵愛チョウアイは間違いなかろう。わが軍にヤツがいたら、間違いなくヤツが軍務長官の第一候補だ。私などより格段に力量が上だからな」

 それほどの人物が王国にいれば、私などが軍務長官などという分不相応な地位にくこともなかったろう。


「皇帝はクレイドを筆頭大将とするため、できることならヒューイット大将、マシャード大将両名には失敗して欲しかったはずです」

「虫の息の王国軍に敗れるとは思わないのではないか?」

 私たちとて、ただで敗れるとはかぎらないではないか。

「レブニス帝としては、三倍の兵力で王都を落とせたら締めたものだったはず。そのまま王国を併呑ヘイドンないし占領センリョウしてしまえばよいだけです。そうすればこの地のいくさはなくなります」

「確かに私たちがいなくなれば王国は思いのままだろうな」


「そしていくさが終われば、誰が三大将の筆頭であろうと意味はないのです」

「意味はない?」

 筆頭が誰であっても意味がない、と言われてしまうと少し考えざるをえない。王国軍を例にとれば、アマム軍務長官がタルカス軍務長官補佐を担いでまで権力に執着していた。帝国では事情が違うのだろうか。


「そうです。仮にヒューイット大将が筆頭となっても、いくさが起こらないかぎり権力をふるう機会は訪れません。なにせ最大の敵であるレイティス王国を滅亡メツボウさせているのですから。残されたのはせいぜい異民族と野獣ヤジュウの群れくらいなもの」

「異民族はともかく、野獣ヤジュウの群れに正規軍が大兵力で出ていくのも考えづらいな」


「だから、仮に王国を滅亡メツボウさせられるのならそれでもよかったのです。大将ふたりで派遣されたのも、コウきそってわれ先にと王国軍を撃滅ゲキメツしてくれることをいちおうは期待されていたのでしょう」

 なるほど、そういうわけか。それならヒューイット大将とマシャード大将が、互いに連絡を取り合わなかった理由にもなる。

 しかし戦場で手柄てからひとめしようとして、結局各個カッコ撃破ゲキハされてしまったのだから、欲はかかないに限るな。


「結果はくのごとしだがな」

「そうです。そしてレブニス帝はふたりの大将が負けることを密かに望んでいた。だから対抗心をあおるつもりで二大将に指揮シキを任せてしまったのです。まぁ負けるとしても生きびて、敗残ハイザンの身を助命されての降格。それでもクレイドだけは大将にえ置けるので、自ずと筆頭に指名できますからね。よもや三倍の兵力をもって両大将が討ち取られるとまでは考えておりますまい」


「つまりこのいくさは皇帝の思い描いた戦略のうち、というわけか。最悪をきわめはしたが。戦場におらずして戦争を支配する。やはり皇帝は手強てごわいな」

「これも密偵ミッテイの話ですが、どうやら“惰弱ダジャクテイ”と呼ばれていたレブニス帝は、クレイドを見込んで彼に身体と軍略グンリャクきたえてもらったそうです。それでわずかな間に抜け目のない皇帝へと変貌ヘンボウげて王国軍を返りちにした。その恩義もあって、皇帝はクレイドを筆頭大将ゆくゆくは軍務大臣に任じようとしているのでしょう」


「クレイド大将が軍権を握ったら、帝国を打倒する手段はなくなるのではないか?」

「それがそうでもないのです。あまりにも優秀な司令官の下では、優秀な指揮シキ官は育ちません。いくら研鑽ケンサンんでも手が届かないとわかってしまえば意欲も低下します」


「それは私も考えていた。王国軍もカートリンク軍務長官閣下カッカの下では、なかなか有能な将軍が育たなかった。タルカス軍務長官補佐やアマム軍務長官など、派閥ハバツの数の力で高位を得るようなやからが量産されてしまったからな。タリエリ将軍はカートリンク軍務長官が直々じきじききたえてきたため、かろうじて名将と呼べるだろうが」

「帝国軍も似たようなものです。エビーナ大将はまことの名将でした。硬軟コウナンぜたたくみな用兵で、レミア皇女率いる第二重装歩兵大隊に攻撃の核を担わせています。なまじ凡将ボンショウだと皇女を前線から遠ざけてしまうものです。しかし戦場で最も安全なのは前線ですからね」

 この話はピンとこなかった。


「前線がいちばん安全なのか?」

「はい。前線は孤立させられないかぎり、救援キュウエンの部隊を差し向けやすいのです。だから前線と言えどいちばん危険な場所ではないのです。たとえば八月のいくさにおいて、最も危険だったのはミゲル長官閣下が指揮なさってエビーナ大将をち取った右翼ウヨク側背ソクハイの第二軽装歩兵大隊です。また、クレイド率いる騎馬中隊は、わが軍に取り囲まれかつ救援キュウエンを期待できない『死を覚悟した兵』です。クレイドは部下の恐怖心を捨てさせるだけのほこっていましたから、ただ彼を信じて突撃すればよかった。突撃したら手当たり次第に暴れまわるだけでよいのです。クレイド大将が非凡ヒボンなのは、死への恐怖を部下に抱かせないだけの気迫キハクを有している点でしょう」

「あれにかなう人物はまれだろうな。だからこそ皇帝があの才能にれ込んだ」


「はい。レブニス帝にしろクレイド大将にしろ、今回の残存兵からわれらの戦いぶりをつぶさにるでしょう」

「そうだ。次戦ではいかに三倍の兵力を有していても、兵を四分割してくるとは思えない。兵力分散は明らかに愚策グサクだからな」

「その点はクレイド大将も心得ているでしょう。兵力分散のはまず犯さないはずです」

「問題はそこだな。兵を固められれば数の勝負に持ち込まれてしまうだろう。帝国軍はおよそ二万九千、わが軍は一万弱。ひとりがひとりを相討あいうちにしていけば、こちらが全滅ゼンメツしても帝国軍にはなお二万の兵が残る」


「数の勝負に持ち込ませなければよいのです」

「どのようにしてだ?」

 カイが見出みいだしたという戦術をぜひ教授してもらいたいものだ。

「この中に帝国の密偵ミッテイがいるでしょうから、今ここでは詳しい戦法をお教えいたしかねます。国王陛下に戦果を報告したのち、軍務長官執務室でお話しいたしましょう」

「その密偵ミッテイに今軍師の命を狙われたら、帝国軍に勝つ道は永遠に閉ざされてしまうわけか」

 われながら、肝の冷える話をしている。

「だからミゲル長官には『私にも帝国軍を破る秘策がある』くらいの雰囲気を出していただかなければなりません。密偵ミッテイがふたりを同時に暗殺するとなれば、怪しい動きですぐにバレますからね。ひとりの密偵ミッテイを探し出すのは困難でも、複数の密偵ミッテイが同時に動けばすぐに見つかりますよ」


「確かに。では自信満々な表情を浮かべながら王都へ凱旋ガイセンするとしよう」

「そんな慣れないことはなさらぬよう。なにも考えずただ前だけを見据みすえて全軍を率いていればよいのです。それが王者の風格を生み出します」

「わかった。そうしよう」


 カイの進言どおり、愛馬にまたがって無心ムシンで前を見据みすえながら悠然ユウゼンと帰路へついた。



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