第30話 疾風・勇者への秘策

「こちらの損害はどうでしたか? ガリウス将軍」


「千人弱でした。私が繰り入れられたのはなんとか二百といったところでした」

 ガリウスはラフェルとユーレムを連れていた。

「千の損失で二万を仕留めたとなれば、これは戦史に残る大勝利と申せますね」

 カイがおれを含めた軍高官四名へ現状を説明する。


「ガリウス将軍の繰り入れた敵兵の二百名は丁重に帝国領へ送り返してやれ。彼らが戦死者を連れて帰れるよう、帝国軍の宿営地に残る兵車をまわすのだ。遺体や重傷で動けない者を載せるのを部下たちに手伝わせよ」


「お待ちください、軍務長官閣下カッカ。こちらの兵数は帝国軍より少ないのです。このまま王国軍に繰り入れたほうが後日のいくさで有利になりますが。それに帝国軍の内情を知っているのですから、生きた情報を得るまたとない機会です」


 不思議に思ったカイは、戦力の増強こそが兵法書に記された最善策であると主張する。


「今回投降トウコウしてきた兵士たちをわれわれ王国軍の思惑おもワクどおりに動かすのは難しい。これまでの中隊規模であれば戦うのは単に敵中隊くらいなもの。だから繰り入れても戦力として機能したのだ。しかし軍務長官となって戦うとなれば、彼らには帝国軍全体と戦う覚悟が求められる。第一肉親が帝国にいる以上、彼らは本気を出して王国のために奉仕するとは思えない。無理に戦場へ連れ出せば裏切られる恐れもある。彼らを帰して恩義を感じさせれば、戦況次第で多少なりとも手を抜いてくれよう。それを期待するのではいかんのか?」


 おれは戦史を研究している軍人ではあるが、今回どちらかといえば戦場以外での効果を狙っていた。

「王国軍は残虐ではない」

 そう印象付けるために。


かしこまりました、ミゲル軍務長官閣下カッカ。私はあなたの軍事面での教師役でしかありません。長官閣下カッカのご指示とあればそのように取り計らいましょう。ただし帝国軍の情報を聴き出してから、となりますがよろしいでしょうか」


「すまんな、カイ軍師。私にはこのような生き方しかできないのだ」


「自分の部下をいつくしむ将軍も稀有ケウですが、敵兵をも思いやる心がおありなのです。これ以上の将軍いえ軍務長官はこれまで誰ひとりとしていなかったはず。だからこそ兵士たちが若年のあなたに全幅の信頼を寄せているのでしょう」


「そこまで計算して行なっているつもりはないが」


「長官閣下カッカはそれでよろしいのです。私はそんな長官閣下カッカの意にそむいてでも、敵兵力を完膚カンプなきまでに打ち倒します。私の使命はあくまでもクレイド大将を排除して王国に平和をもたらすことです。それがったとき、私をいかようにも処分していただければと存じます」


「いや、それは言うまい。王国民を恒久コウキュウテキに安らげるには、でも帝国軍の侵略シンリャクをやめさせるしかない。名将クレイドを倒すためなら、多少の欺瞞ギマンは受け入れざるをえないだろう」


「しかし、九千の兵でクレイド大将と戦うのはいささかこころもとないですね」

「それに関しては、戦闘力には欠けますが徴兵する年齢を少し下げればよろしいでしょう。なに、数さえ揃っていればじゅうぶんな戦力になりますよ」


 重苦しい会話が続いていたのに気づいたラフェルは、話の転換に、

「それでも次のいくさでは一万対二万九千になってしまいます。欲を言えばもう少し倒しておきたかったところですね」

 軽口を叩いた。

 戦勝の余韻ヨインひたってもいるので彼は上機嫌だ。その気を引き締めるように、

「しかし次の相手はあのクレイドだ。おそらくあの男は今回のように兵を分散してくることはないでしょう」

 とユーレムが周囲の者に告げた。


 それを聞くとその場にいた者は皆、難しい顔をした。


 だが、カイはまったく平然としている。


「なに、まとまってきたとしても三倍の兵に勝つ戦い方を私は存じております。ただ、それには王国全軍が私の手足のように動いていただけなければなりませんが」


 その場に居合わせた者は誰もがカイの顔を見てしまった。


 三倍の敵と真正面から対決しても勝つ秘策ヒサク、などというものが存在するのだろうか。

 しかし、この軍師ならやりかねない。今日の勝利はカイの奇策キサクによる。

 すでに軍高官の彼への信頼は揺るぎないものとなっていた。


「そうと決まれば、一刻も早く王都へ帰還し、演習を繰り返すしかあるまい」


 そう言うと険しい顔つきで、全軍を王国領へと引き揚げさせた。


 カンベル山稜サンリョウでの大勝タイショウが、帝国軍のクレイド大将の判断を慎重にさせるはずだ。

 そこに活路を見いだすしかない。

 しかし三倍近い兵が動かずじっとしていて、それでも勝てるサクがあるのだろうか。

 ない知恵を絞ってもなんの作戦も浮かばない。


 今回のように、カイ軍師へ全面的に預けるほかない。


 奇策キサク真髄シンズイは、演習でも理解できるかどうか怪しい。

 だが、いざ実戦となったとき、カイの命令どおりに動けなければ彼の構想する戦い方は実現しない。

 それでは三倍の兵に勝つことすらままならないだろう。


 大勢おおゼイの敵を倒すより、王国の滅亡のほうがはるかに心痛シンツウは強く感じるだろう。


 であれば、王国の安泰アンタイが確保されるためだけに、帝国兵を殺せばよいのだろうか。

 軍務長官の職は、いやオウでも敵の死でしか評価されない。

 どんなに生還者が多かろうと、より多くの敵を殺さなければその座を追われるのがつねだ。

 カートリンク軍務長官閣下カッカさえも戦わずに撤退し、降格されて辺境へ飛ばされた。

 おれ程度の才幹では、次戦で左遷サセンされてもおかしくはない。

 だが、多くの人を殺すくらいなら、左遷サセンでも退役タイエキでも受け入れよう。


 その決断が下されるまで、おれは軍務長官として王国軍に勝利をもたらさなければならないのだ。



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