第29話 疾風・勝ち戦の後始末

 激しい戦闘は終了し、王国全軍を後退させて宿営シュクエイで部隊を再編した。

 すでにガリウスを損害状況の確認に向かわせてある。


「カイ軍師。此度こたびいくさで帝国軍の何割を撃破できたと見るか」


「私の見立てでは七割方は仕留めたか繰り入れたかできたと思います。倒した敵は二万、ガリウス将軍が繰り入れた兵士が二百、逃げ延びた敵は一万弱といったところでしょう」


 カイはあの壮絶ソウゼツな戦闘の中で倒しまた逃げ散った敵および繰り入れた兵士の数をおおよそ把握ハアクしていた。

 カイの慧眼ケイガンに改めて敬意を覚える。彼のおかげで敗北必至ヒッシ窮地キュウチが一変したのだ。


「すると帝国に残された兵数は……」

「予備役と臨時徴兵を入れて二万九千というところでしょうか」


 おれは胸に手を当て、戦没センボツシャ哀悼アイトウの意を表した。


 それを見ていたカイは不思議そうにたずねてきた。


「なぜ敵になさけをかけるのですか? 今回は圧倒的な差のある両軍の戦力を、少しでも釣り合いがとれるようにするためのいくさです。今二万の将兵を殺さなければ遅かれ早かれわが国は滅んでしまいます」


 死者への弔意チョウイを隠さずにカイへ視線を向けた。


「理由はどうであれ、人をあやめるのは許されるものではない。殺された者にも家族がいて家庭もあったろう。それを考えるとなんともやりきれない気持ちになるのだ」

「それでは前のいくさで戦死したわが軍の将兵の気持ちはどうなります!」

 カイは弱気になっているおれ叱咤シッタした。


「死んでいった者たちの気持ちもただひとつではないか、と私は思う」


「それは?」


いくさのない、平和な世界を築くことだ」


 カイは言葉を失った。

 彼は“軍師”として今回のいくさで実績を残し、このうえなく気分がよかったはずだ。

 だが兵士たちは敵味方問わず、皆「平和」を求めて戦いにおもむいている。

 とくに民衆は指揮官の命令よりも、戦いのない平和な生活を求めて戦っているのだ。

 それは競馬師として庶民ショミンと触れあってきたカイにとっても、強く感じ入るところがあったのだろう。


 軍務長官の地位にありながら庶民ショミンと同じ感じ方をしている自覚はある。

 だからこそ兵たちからあつく信頼されている理由なのだろうと自認もしている。

 それが中隊長ならば美点にもなろうが、今や王国の兵権を握る軍務長官の地位にいているのだ。

 いかにあまい理想をかかげて戦っているのか。今さらながら痛感ツウカンする。


 しばしの硬直からけたカイがたしなめるように語った。


「次の戦いこそが正念場です。なにせ相手は稀代キダイの名将クレイド。これに勝たなければわが国は安泰アンタイとは申せません。長官閣下カッカのお気持ちもわからないではありませんが、もうひとりしていただかなくては、此度こたびの戦死者に対しての責任を果たせませんぞ」


「わかっている。わかっているつもりだがな……」


 胸に当てた手は震え、顔には苦悩の色が見えていただろうか。

 そこへひととおり軍の確認を終えたガリウスが戻ってきた。



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