第27話 疾風・王国軍強襲す

 金鼓キンコを打ち鳴らし盛大セイダイときの声をあげながら、王国軍一万は帝国軍ヒューイット大将が指揮する本隊へと攻め込んでいく。

 まずは帝国軍の意表を突くのに成功した。


 軍師カイは斥候セッコウあつかい方が卓越タクエツしていた。

 味方の斥候セッコウを相手に気づかれることなく展開し、帝国の斥候セッコウたくみに妨害ボウガイする。

 その結果四隊に分かれていた帝国軍の情報モウを寸断して各隊を孤立させたのだ。


「情報を制した者が戦場を制する」


 これはいにしえの兵法書にも記されていた。


 カイが常識離れした戦術を発案できるのも、兵法書をつねに持ち歩き事あるごとに再読しているからだ。

 カイ自身『軍師』の身分で王国へ仕えるにあたって王立書庫へ入り浸り、おれとガリウスとともに戦史を通覧ツウランした。

 そして兵法書を読み込むことで、おのれの職務をまっとうしうる知識の裏付けを求めたのだ。

 “軍師”という地位のみでカイの指示に軍を従わせるのは難しい。

 過去の用兵術を引き合いに出し、おのれの戦術が実績のあるものだと各部隊長や軍官吏カンリに認めさせる必要があったのだ。



 あとはヒューイット大将が状況を正確に把握ハアクする前、すみやかにヒューイット大将本人をち取るに限る。


 まずは一万の兵でヒューイット大将が率いる七千五百の帝国部隊と戦うことになった。

 ヒューイット大将はあわてながらもただちに東どなりの分隊に伝令を出すとともに、重装歩兵大隊を前面に押し立てた重厚な守備ジンをすぐさまきずいていく。

 彼の考えではおそらく、分隊が加わりさえすれば優位は揺るがない。しばし持ちこたえれば援軍エングンは必ずやってくる。

 なにせ東どなりの丘の向こうには、彼の分隊が陣を構えているのだから。


 このに及んでヒューイット大将は西どなりに布陣フジンするマシャード大将へ伝令を飛ばしていなかったとみられる。

 自分のほうが有能だとレブニス帝へ示すには「独力で王国軍を滅ぼさなければならない」という固定観念にとらわれてしまったようだ。

 この思考も“軍師”カイの思惑おもワクに含まれていた。

 だからこそ真っ先にヒューイット大将を討ち取るべくこの大隊に狙いを定めていたのである。


 現在は数で勝るものの、ヒューイット大将率いる本隊が防御に徹して分隊が到着すればすぐに逆転されてしまう。

 防御戦は不向きなヒューイット大将ではあるが、ただ守るだけの陣形ジンケイに関する常識は持ち合わせていたようだ。


「重装歩兵大隊は前へ。全軍防御せよ!」


 ヒューイット大将の命令がきりを引きいていく。

 重装歩兵大隊が先頭に立ち、軽装歩兵大隊、騎馬中隊、戦車小隊の順に配置が変更される。

 重装歩兵は全身鎧をまとい巨大な盾と長槍を持って戦う。

 ゆえに狭い戦場で防御に徹するには最も強固な重装歩兵を正面に立てるのが常識なのだ。

 この陣形ジンケイ自体は前戦のクレイド大将が用いる。


 だがテルミナ平原で防御ジンきずくなら本来円陣エンジンを組み外周に重装歩兵大隊を並べ、その内側に軽装歩兵大隊、外に騎馬中隊と戦車小隊と並べるのが最も効率がよい。

 中央を突破される恐れが減り、騎馬中隊と戦車小隊が乱戦に巻き込まれて倒されるおそれのない運用が可能となる。

 だがここカンベル山稜サンリョウは谷の幅が狭く、平地での防御ジンきずけないのだ。

 だから結果的にクレイド大将と同じジンてとなってしまったのである。


 ヒューイット大将本隊は、狭隘キョウアイでの模範モハン的な防御ジンいた。このまま直進しても分隊が到着するまでの時間はじゅうぶんにかせがれてしまうだろう。

 しかし、王国軍は帝国軍にぶつかることなく側面の斜面をける。


「なんだと!」

 ヒューイット大将の驚いた声が聞こえてきた。


 数でまさる王国軍は防御ジンくヒューイット大将の部隊を無視して通り過ぎていく。


 このまま放置すれば帝都を直撃されてしまう。


 ヒューイット大将はそう短絡タンラクに考えを進めたのかもしれない。

 それは彼が平凡な大将だったからではなかろう。

 ある程度頭が働くからこそ、帰路キロたれて本国を直接攻撃される危険に気づくはずだ。

 しかも自分の大隊が抜かれて帝都を強襲キョウシュウされたら、同じ戦場にいるマシャード大将だけでなく、首都を守る巨魁キョカイ大将クレイドの笑いものにされるではないか。


 攻撃的だが、その思考はきわめて単純で、そこをカイは開戦前から完全に読み切っていた。


 笑いものにならないように考えたのか、ヒューイット大将は、

「全軍後ろに振り向け! 追撃に入るぞ」

 と部隊を一八〇度振り向かせる。


 しかしそれが大きな誤算ゴサンだと気づいていないはずである。


 防御ジンいていたため、精強な重装歩兵が後衛に回ってしまったのだ。

 そこを突いて王国軍はヒューイット大将本隊へ襲いかかる。


「しまった!」


 戦車小隊は突撃する助走距離が足りず次々と王国軍におそわれうばわれていく。

 戦場で敵味方いずれの戦力をも戦いながら繰り入れるガリウスの能力が遺憾イカンなく発揮ハッキされた。

 その様相ヨウソウながめていたであろうヒューイット大将は激しくののしり声をあげた。


「なんてざまだ。分隊はまだこないのか!」


 伝令を取り仕切る軍官吏カンリに怒りの矛先が向けられたようだ。

 しかし伝令は間違いなく送り出している、すぐに救援はくるはずだ。

 そう返されていた。


「ええい、分隊のほうへ転進する!」


 ヒューイット大将は部隊を東の丘に向けさせた。

 これがさらに自らの首を絞めることとなる。


 次に騎馬中隊が標的となった。わが軍は重装歩兵を正面へ移行すると同時に、帝国軍の軽装歩兵大隊と騎馬中隊へ弓弩キュウドの矢を大量に射込いこんだ。

 機動力が頼みの騎馬中隊だが、王国軍に奪取ダッシュされた戦車隊が邪魔ジャマになっている。

 さらに丘越えをしようとしていた重装歩兵、軽装歩兵が行く手をふさいでしまって身動きがとれなくなったのだ。


 今でさえろくな反撃もできずに打ち減らされている。

 丘を登ろうとすればそれだけ移動速度も鈍くなり、われら王国軍に付け入るすきを与えてしまったのだ。


 そのすきを逃すわけにはいかない。

 総員で騎馬中隊に襲いかかる。

 馬が止められると彼らは途端トタンに反撃能力が低下してしまう。

 カイからの指示に従い、まずは馬を槍衾やりぶすまで身動きがとれなくし、止まったところで軽装歩兵が騎馬兵の足を斬りつけて引きずり落とす。

 あとはとどめを刺すなり拘束するなりして無力化していくことになる。


 ただ今回は四連戦しなければならないため、ヒューイット大将本隊の騎馬兵は徹底的に命を絶っていく。

 帝国軍の機動力をそこねるためには、この戦いで騎馬中隊をできるだけ減らし、かつこちらが馬をうばい取る必要がある。

 この役目はユーレムに一任していた。


 騎馬中隊をあらかた処理したところで、重装歩兵大隊の位置まで後退するヒューイット大将をねらつべくラフェルを呼び準備を整えた。


 軽装歩兵を中心とした防備の弱い腹の部分をさらしている帝国軍に、数でまさる王国軍の猛攻モウコウをしのぐことはできなかった。

 ほとんどなす術もなく撃破されていく。


 カイはラフェルが率いる分隊に突撃の合図を送った。

 さらに打ち減らされた帝国軍は、ラフェルの空間を生み出す才能によって中枢チュウスウをあらわにされる。そしてそのまま王国軍の大波に呑まれていった。


 ラフェルは上官同様“快刀カイトウ”と呼ばれる速戦ソクセンやいばを自認しており、実に効率よくヒューイット大将本隊へ切り込んでいく。


 ほどなくラフェル分隊から「ヒューイット大将を討ち取った」との報告を受けた。

 軍務長官の指示として、これ以上の殲滅センメツを行なわず素早すばや陣容ジンヨウを整えさせる。


 生き残った帝国軍の兵士たちはりになって帝国領へと逃げていく。


 そして全軍をマシャード本隊がいる西へと転進させた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る