第25話 疾風・秘策の糸口

 カイは軍務長官執務室に場を移し、おれとガリウスそしてそれぞれの分隊指揮官であるラフェルとユーレムを呼んで作戦を伝え始めた。


「今回は帝国に先立ってこちらから行動を起こします。帝国のキョを突いてじゅうぶんな準備をさせないためです」


 カイはおれたちの顔を見て確認をとった。そしてテーブルの上にある地図へ目を移す。


「戦場は“中州なかす”の上流域、小高い丘が南北に六本走るカンベル山稜サンリョウに設定します。その谷に兵を四分割して配備するのです」


「ただでさえ少ない兵をさらに四分割なさるというのですか?」

 ラフェルはそう問いかけた。

 三万を相手に二千五百の兵で戦いを挑むのは明らかに無謀ムボウである。


「これはさそいだよ。もしこちらのほうが多く動員できたとして、敵が兵を四分割したらこちらはどうする」


「私ならこちらも兵を四分割いたします。他の部隊を野放しにして一カ所に固まってしまうと、敵に側背ソクハイから攻撃される恐れがありますから」

 ガリウスがそう答えるとラフェルとユーレムもうなずいた。


「そのとおり。つまり相手の兵力を四分割させるためにわざとこちらが四分割した“擬態ギタイ”をする必要があるんだ」


「よしんば相手を四分割できたとして、それで帝国軍に勝てるものですか? 兵数では三分の一と劣っているんですよ」

 ユーレムは疑義ギギテイした。


 たとえ相手が三万の兵を四分割したとしても一部隊七千五百の兵がいることに変わりはない。二千五百の兵で戦えばまず勝ち目はなかろう。


 カイはラフェルとユーレムを見やってにやりと笑った。


 おれとガリウスそしてランドル国王陛下は、作戦の内容を先月の時点で聞いている。

 何の迷いもなくカイの話に耳を傾けていた。


「帝国軍を四分すれば七千五百になる。これはわかるだろう。それでは一万対七千五百ではどちらが勝つと思う?」


 それを聞いてふたりは得心トクシンした。

 若くして才気あふれる分隊長を務めるだけあって有能な人材なのだ。

 このふたりならいくさを終えたのち将軍に格上げしてもじゅうぶん務まるだろう。


「つまり最初こそ兵を四つに分けるが、帝国軍と戦火を交えるときはひとつに集まるのだ」


 だが、これには二つの問題がある。


「ですが敵に気づかれず、兵を一カ所に集めるのは難しくありませんか? また、帝国の一部隊に手こずると、分散していた帝国軍がひとつにまとまって、包囲殲滅センメツゆるしてしまう恐れもありますが」

 ラフェルの質問はカイの予期していたものだった。

 おれも同じ内容を聞いていたのだから。


「そこでポイントになるのは三つ。ひとつ目は合流の方法だが、まず両翼にあたる左右の部隊を分隊長であるおふた方にお任せするので、騎馬兵を連れて少し早めに出発してもらいます。少しおくれて中央の二部隊をミゲル軍務長官閣下カッカとガリウス将軍にそれぞれ率いていただきます。そしてこの――」

 テーブルの上に置かれた地図の、ある地点をカイは指差した。

「丘が一部低くなっている場所を五里過ぎた地点でいったん前進をやめて宿営し、夜明け前まで待っていただきたい。帝国軍の到着した日の夜明け前になったら数騎を残して、ガリウス将軍と分隊長のおふた方は丘を越えてただちにミゲル軍務長官閣下の部隊と合流してください。相手はこちらの三倍の兵を有しているので、丘を越えるにも時間がかかるはずです。そこを突くのが最善策サイゼンサクとなります」


 地図の上に色違いの石を並べ、カイはさらに説明を続けた。


「ふたつ目は敵部隊を倒す順番だ。左右どちらかの端から一つずつ倒していくと、残った端の部隊が合流しやすくなる。そこでまず両大将が率いる中央の部隊から叩き、相手に合流するすきを与えないことだ」

 この方法なら敵が重視しているものを効果的に打ち倒すことができよう。


「三つ目はハツ手合てあいの敵中央分隊はすみやかに大将をねらい撃ちし、敵部隊を逸早いちはや壊走カイソウさせること。これならスピーディーに敵部隊を処理できます。後にまわした敵部隊を処理するときは、後日の再戦に備えてできるだけ殲滅センメツしておけば、帝国との戦力差を一気に縮められます」


 カイの説明をだまって聞き入っていたラフェルとユーレムはすっかり感服していた。


「まぁ机上キジョウではこのように簡単に勝てます。しかし実際には一万対七千五百の戦いを四回しなければなりません。兵士たちの疲労も当然つのりましょう。ミゲル軍務長官閣下カッカとガリウス将軍、そして分隊長のおふた方は兵士たちの士気を高めて維持することに腐心フシンしていただきたい」


 俺はラフェルとユーレムに向き直ってにこやかな笑顔をつくってみせた。


「今回の働きいかんではふたりを将軍に抜擢バッテキすることも考えているので、期待にこたえてほしい。部下たちにも、頑張れば昇進できるように取り計らうむねを伝えておいてくれ」


 ふたりの分隊長は威儀イギを正して敬礼した。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る