第五章 新体制での初陣に挑む

第24話 疾風・勝利への演説

 軍師カイは新たに組織した諜報チョウホウ団を帝国領へ放っていた。

 ほどなくして帝国軍の出撃予定日と将兵の数を正確に入手できた。


 今回クレイド大将は帝都守護の任にき、残るヒューイット大将とマシャード大将が同時に出撃する奇策キサクに打って出ようとしている。

 正確に把握ハアクできたのは、すでに二大将が勝利を確信し油断していたおかげもあろう。


 侵攻シンコウしてくる日付を知ったレイティス王国は、その一週間前に軍務長官の肩書きで全軍を召集した。



 将軍昇格の式典で用いた本堂の中で兵たちが居並ぶ。

 軍務長官であるおれはガリウス将軍と軍師カイとともに演説台の上に立っている。

 まず紫地に黄色い十字が染め抜かれている軍務長官を表すマントを羽織はおった姿でダンに登った。


「王国一万の兵士諸君。私が新たに軍務長官となったミゲルだ。前のいくさでカートリンク軍務長官閣下カッカは戦死され、私とガリウス将軍以外の六名の将軍もち取られている。国王陛下は年上のガリウス将軍ではなく、私を次の軍務長官として選ばれたのだ」


 場内から狼狽うろたえる声がちらほらきあがる。

 無理もない。

 前戦において将軍として指揮していたとはいえ三十前の男が軍務長官だ。王国の歴史上で最も若くして就任している。

 俺より年上の兵も大勢いる。いくら肩書きが軍務長官であっても、素直に命令を聞くとはかぎらない。


「私の信条は『より少ない犠牲ギセイで、相手を戦闘不能に追い込む』ことだ。サクで迷った際は、つねに犠牲の少ないほうを選択する。前戦においても、帝国のクレイド新大将が奇策キサクを用いてわが軍を殲滅センメツしにかかったが、より多くの兵を生還させるべく防御ジンきずいて帝国軍の進撃を阻止ソシした。いくさの基本は殺戮サツリクではない。相手を戦えない状態に追い込むことだ。帝国軍のクレイド新大将も殲滅センメツを阻まれ、直ちに戦いを停止させている。私が王国軍を率いる以上、味方の犠牲ギセイをより少なくし、敵を戦えない状態に追い込む戦術をとする。だから兵士諸君は、いくさで敵を倒すのももちろんたいせつだが、生きて帰ることを第一に考えて行動してもらいたい」


 堂内からちらほらと拍手がき起こる。


「では、私を補佐してくれる軍師のカイを紹介しよう」


 おれとガリウスと同じ年頃としごろ得体えタイの知れない男が“軍師”などという聞いたこともない地位にいている。


 俺とガリウスは前戦でひとりでも多くの兵を生かすために不退転フタイテンの決意で奮迅フンジンしていた姿を目の当たりにしている兵が多い。

 率いていた計五千の兵と生還した他大隊所属の生存兵からは全幅の信頼を寄せられていると言ってよい。


 しかし“軍師”のカイという男は兵たちの窮地キュウチを救ったたぐいの話を聞いたことがなかった。

 将軍としての実績もないのだ。

 この“軍師”をにわかに信じられないのも無理からぬことだ。


 ここで幾年イクネンぶりに黒い正装セイソウへ身を通して着心地の悪そうなカイにダンゆずった。


「私が軍師のカイだ。軍師とは若き軍務長官閣下カッカに軍事面での教師を務める役職である。つまりサクを授けるのが主な任務だ。一万の兵を指揮するのはあくまでもミゲル軍務長官閣下カッカにほかならない」


 しかし堂内の雰囲気フンイキ懐疑的カイギテキだ。


「ここで問題となるのは、そもそも軍務長官に補佐役を置くことである。すでに亡くなられたが、タルカス軍務長官補佐という立てたサクの責任を実行した軍務長官になすりつけた悪例が残っている。サクの責任は誰がとるのが適切だろうか。サクを立案・決定した補佐役こそ、サクが失敗したときの責任を問われるべきなのだ。だから私は責任を回避しない。必ず私自身が全責任を負おう」


 此度こたびの兵員総数は一万に過ぎない。

 二戦続けて大敗とあって分隊長や筆頭中隊長の将軍昇格は見送られている。

 つまり軍務長官と将軍一名だけが大隊指揮官ということになるのだ。

 いくら全軍一万であろうと、この二名が戦死した際に空席となった軍務長官職・将軍職へは大隊を率いた経験のない未熟者がくこととなる。

 兵士の不安はいや増すばかりだろう。


「帝国軍は一週間後にわが国に対して総攻撃を仕掛けてくる。数は三万。総大将はヒューイット大将、マシャード大将の両名である」


 この一言が混乱に拍車ハクシャをかけた。

 一万対三万では勝敗など目に見えている。

 もはや王国の敗北は必至だ。

 全軍に敗色ハイショクただよう。


 黒装束に漆黒の髪、猛禽モウキンルイのような黒く鋭い瞳。

 頼まれて正装し身だしなみを整えているカイには、兵たちの動揺する理由に見当がついていたようだ。


「だが案ずることはない。私の言うとおりに動いてくれれば、三万の兵など恐るるにりない。ただしそれにはここにいる皆がミゲル軍務長官閣下カッカと私のゲンを信じ、力のかぎり戦ってくれることが最低条件だ。先ほども申したが全責任は私がとる。私を信じて全力を尽くしてほしい」


 場の雰囲気フンイキを察したのか、今度はガリウスが演壇エンダンに向かった。


「私やミゲル軍務長官閣下カッカは、軍師殿の才能をひじょうに高く評価している。また国王陛下も軍師殿の手腕シュワンには大きな期待をお寄せくださっている。皆は私やミゲル軍務長官閣下カッカはもとより、国王陛下の判断をりどころにしてくれればよい。軍師殿の作戦には私や軍務長官閣下カッカも責任をとる」


 ガリウスと交代して話を引き継いだ。


「この場にいる者で、一万の軍勢で三万を相手にして勝つ方策ホウサクを持っている者がいようか。いるなら名乗り出てほしい。おそらくはおるまい。だが軍師殿には勝つ方策ホウサクがあると言う。国王陛下と私もその方策ホウサクを聞いている。私たちでは思いもよらぬ奇策キサクであった。それにけなければ、わが王国は座して滅びを待つのみだ」


 誰もだまって帝国軍に蹂躙ジュウリンなどされたくはない。

 だが三倍の軍勢を前にして、それに勝つ方策など思いもつかないのが現実である。

 わらにもすがる思いならば、それにけてみてもよいのではないか。

 そういった空気が流れ出したのを見て、カイは勝利を確信したようだ。



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