第23話 軍師・軍師誕生

 さっそくおれたちはカイを伴って王城へけつけ、国王陛下に至急の謁見エッケンを求めた。


 ランドル国王陛下が謁見エッケンに現れると、先ほどカイに聞いた内容を陛下へ伝え始めた。

 そしてカイに一万の兵でも三万の大軍に勝てるという根拠コンキョを語らせる。


「先のいくさで王国軍は全軍四万の兵で挑んだにもかかわらず、三万の帝国軍に完敗したと聞き及んでおります。そしてそのときの帝国軍の戦法についても、道すがらミゲル軍務長官閣下カッカより説明を受けました。一万で三万の兵に勝とうとお考えなら、敵の名将が用いたのとまったく同じ戦法で挑めばよいのです」


 ここまで言い終えるとカイは一息ついた。


「それはどういうことか」

 陛下は眼前にいる漆黒シッコクの髪をした男を注意深く観察している。


 髪はぼさぼさで身なりもあまりよいとはいえない。

 だが猛禽モウキンルイに似た鋭い目つきは、見る者の心臓をすくめるほど力強かった。

 それだけ洞察力に富んでいるのだろう。


 彼を連れてきたおれたちの表情も真剣そのものに映ったはずだ。


「まず部隊を兵種ごとの中隊構成にし、戦場で采配サイハイを振る軍務長官が、必要な兵種を必要なタイミングで運用できるようにします。これは敵クレイド大将の用兵にならいます」


 兵種ごとの部隊編成は全軍を効率的に戦わせやすい。

 五千人の大隊の中に軽装歩兵・重装歩兵・騎馬兵・戦車兵を混在させると、戦況センキョウに応じてテキした兵種を“切りふだ”として投入できなくなる。

 前回はそれでクレイドに遅れをとったのだ。


「前回のいくさにおいて帝国軍は王国軍を半包囲して身動きをフウじ、一気に殲滅センメツしております。次回の帝国軍の侵攻シンコウにクレイドという稀代キダイの名将はまず参加しないでしょう。ならば名将の戦い方をそっくりそのまま帝国軍にやり返すまでです」


「具体的にはどうすればよいのか」


 元来血気盛んなランドル陛下はカイという正体不明な男の話に引き込まれていった。


「至極簡単なことです。相手のひとりをふたりがかりで攻めます。そうすれば必ず勝てることは皆様もおわかりでしょう」


 周りを見わたして皆の表情を観察したカイはさらに続けた。


「それを現実の戦闘に置き換えるなら、まず敵の部隊を分断して相手の人数を減らしてしまいます。そして敵を外側から包み込んで身動きがとれないようにするのです」


「相手の人数を減らす? どうやってかな」

 ランドル陛下は奇異に感じたようだ。


 一度戦闘状態に入った軍は、ひとつの目標に向かって行動するため、分断するのはまず不可能である。


「これから私がその方法をご説明いたします。ただ、ここでは史官がいるため作戦が筒抜けになってしまいかねません。場所を改めていただけませんか?」


「それなら私の執務室がよいでしょう。あそこには伝令もいるが、しばし席をはずさせれば済む話です」


 ただちに陛下とカイそしてガリウスを連れて軍務長官執務室へ場を移した。




 会議用の机の上にある大判のプレシア大陸の地図を挟んで、四名が向かい合って立つ。

 カイは地図にこまを配置しながら自らの作戦を話し始めた。


「敵を分断するなら、戦う前に限ります。戦い始めてからは敵の意図で分散しないかぎり分断などできやしません。しかし戦う前ならいかようにも分断させられます」


「確かに戦闘が始まってしまうと、合流は比較的容易だが、分断は難しいな」

 国王陛下は若きころの実戦経験をもとにした感想を述べているようだ。


「私の狙いもそこにあります。分断するなら戦う前です。ですが、戦う前に分断が可能な状態とするには工夫がります。皆様は戦う前に敵を分断するなら、どのようになさいますか?」


なら帝国軍の背後に少数の奇兵を置くだろうな。帰路を絶たれまいと帝国軍は焦るから、どうしても兵を分散せざるをえなくなる」

「それでしたら、いっそ正面で戦うと思わせた兵の大半を帝国軍の背後に配置して、敵本国をおとしいれようと動かしたらいかがですか?」


 陛下とガリウスの意見はもっともだが、それではよくて半数にしか分断できない。

「それではよくてふたつにしか分断できません。わが軍はまだ数の上で負けています」


「ここはミゲル軍務長官閣下カッカ見識ケンシキが正しいでしょう。敵を分断するにしても、ふたつに分断するとそれでも一万五千とわが軍の一・五倍も存在します。これでは分断してもあまり意味がありません」

「ではどうするのだ?」


「地の利を活かすのです」

「地の利とは?」


「“中洲なかす”は秋口あきぐちから冬に向けて朝方あさがたに深い霧が発生します。昼前までには消えてしまうのですが、霧に隠れた風景はとても美しい」

「美しい?」

「すみません。策略サクリャク綺麗キレイに実現できると考えたら、その好機コウキを美しいと表現してしまいます」


 おれはひとつの仮定を口にした。

「霧が深いのであれば、双方で敵軍のジンてがわからなくなるな。付け入るすきがあるとすれば、そこか」

「ご明察メイサツです。ミゲル軍務長官閣下カッカ

 ここまでは陛下を観客に見立てた“腹芸”にすぎない。すでにおれもガリウスもカイのサクについておおかたはすでに聞いているのだから。


きりを利用して帝国軍を四つに分断します。詳しいやり方まではここでお教えできませんが、確実にこちらの仕掛けに乗ってくるはずです」

「四つに分断すると、一部隊七千五百になるな。ということは、王国軍一万でも勝てることになる……。ねらいはそれか!」

 それを聞いていたランドル陛下のひとみは次第に輝きを増す。

 きっとおれもそうなのだろう。


「やはりミゲル軍務長官閣下カッカは状況判断が的確だ。国王陛下、彼を軍務長官に任じて正解だったと存じます」


 カイの話をすべて聞き終わった頃合ころあいを見計らって、国王陛下に上申した。


只今ただいまよりこのカイを、未熟な軍務長官に軍略グンリャク指南シナンする教師キョウシとしてむかれたいと存じます。陛下、いかがでしょうか?」


 この言葉でランドル国王陛下は逡巡シュンジュンしたようだ。

 その理由はだいたい見当がついている。


 過去にタルカス将軍が軍務長官を退いたとき「軍務長官補佐」の肩書きで権力を保持したまま居座った例があったのだ。

 都合ツゴウ六人の軍務長官に補佐役として務め、敗戦のはすべて軍務長官に押しつけた。

 作戦を立てる肝心カンジンのタルカス軍務長官補佐は責任をのがれ続けたのである。

 この時期の王国は連戦連敗で、国力を大いにそこなっていた。


 あの暗黒時代が再現されやしないか。

 おそらくそれが気がかりなのだろう。


「陛下。タルカス軍務長官補佐とは状況が異なります。あの頃はまだ王国が圧倒的な優勢にあり、七連敗しても国体をそこなうほどではございませんでした。しかし現在は、こちらから積極的に仕掛けないかぎり、王国の活路カツロがないのです。残念ながらこのカイが説明した戦術は私ごときでは実現不可能です。しかし発案者であるカイなら、構想を実現するだけの才幹サイカンがあります。どうかご決断くださいませ」


 長い沈黙ののち、ランドル王は語り始めた。


「よかろう。カイ殿には“軍師グンシ”の称号を授けるゆえ、ミゲル軍務長官やガリウス将軍と力を合わせて帝国軍に当たってほしい」


 この場にいる若い三人へすべての責任が押しつけられている状況だ。

 しかしそれにけてみようとランドル国王陛下がおぼしなら、軍務長官としても応えないわけにはいかない。


 おれたちがカートリンク軍務長官閣下カッカから最も期待を寄せられていた将軍であった。

 そして、そのおれたちが信頼を寄せるカイという黒髪の男の才幹サイカンも目をみはるものがある。

 ならば信じてみるに値すると判断されたのだろうか。


 老王陛下にとって、今は信じることだけが唯一の希望だったともいえる。

 軍務長官として、その希望を叶える覚悟が求められていた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る