第22話 軍師・軍略の教師

「おふた方が精進ショウジンして軍略グンリャクみがけばよろしいではありませんか」


「帝国軍は今回、一カ月という短い期間で再出撃してきた。おそらく次も短い期間で攻めてくるだろう。今から軍略グンリャクの勉強を深めていっても、それまでにものになっているかわからない」


 飄々ヒョウヒョウとした態度をとりつづけるカイに、あのナラージャさえすくむと言う赤熱シャクネツの鋭い視線を送った。


「だが、あなたの話しぶりからするに、あなた自身はすでに軍略グンリャクけておられるようだ。それならあなたを軍にむかえ入れたほうがばやいのではないかな?」


 カイは目を見開くとともに「しまった」という顔をした。

 つい調子に乗ってぺらぺらしゃべっていたことをおれがすべておぼえていた。

 これで抜け目のなさとしたたかさは伝わったのではないか。


 カイという漆黒シッコクの男はだまってしまった。

 しばし時を開口カイコウする。


「その前に、現在の王国と帝国の兵数を知りたい」


 カイのさぐりを入れる発言を受け、真摯シンシに答えた。


「現在王国軍は急遽キュウキョ増員をかけている。しかし合わせて一万を集めるのがやっとだろう。対して帝国軍は正規兵のみで四万五千以上を有している可能性が高い」

「それを踏まえたうえで、帝国軍が次にどれだけの兵数を動員してくると考える?」


「個人の見解、いや軍務長官としての推測だが、今回と同じ三万は連れてくるだろう」

 それを聞いた途端トタン、カイは筆記具のしりで頭をき乱した。その様子をじっとながめる。

 するとだまったまま動かなくなった。


 その矢先、ガバッとおれに振り返り、ふいに口を開いた。

「帝国軍の大将は三人で構成されているはずだ。今回の総大将だったクレイドの素性はわかるか」


「クレイドは先の戦いで騎馬中隊長だったが、わが軍の右翼ウヨク側背ソクハイに回りこんで帝国の決定的な敗北をまぬかれた男だ。今回の戦いではこちらの前衛・中衛を瞬時に包囲して殲滅センメツさせてしまうほどの力量を備えている。諜報チョウホウインからはこのたび軍務大臣に任命されるのではないかと聞いている」


「では他の大将の素性は」

「戦場で受けた印象と戦史からの知識だが、ひとりは中央突破を好むヒューイット大将。もうひとりはV字型の陣形ジンケイを得意とするマシャード大将だ。ともに力押しに定評テイヒョウがある」


 聞き終わったカイはらめくような光を宿したひとみおれ見据みすえると、おのれの見解を話し始めた。


「帝国軍で恐るべきはクレイド大将ただひとりのようだ。ならば次に帝国が攻めてきても守り抜けよう。おそらく、いや確実に次のいくさでクレイド大将は出てこない」


「なぜですか?」

 ガリウスはその真意を問うた。


 帝国最強の大将がいくさに出てこないとは考えにくいからだ。


「ヒューイット、マシャード両大将が力押しを好むということは、その気性も激しいのではないかとおれは考える。このふたりがクレイド大将ひとりに手柄てがらを立てられてだまっているとはまず考えられないな。どちらかの大将が総大将を主張してくるはずだ。それなら付け入るすきはじゅうぶんある」


 この発言は衝撃的だった。


「一万対三万でも勝てるとおっしゃるのか?」


 軍務長官に就任してから一週間でおれたちは考えられるだけのことは考えた。

 それでも王国を守り抜く方策ホウサクは浮かんでこなかったのだ。

 このカイという男は、短時間のやりとりのうちにそれを見出みいだしている。


「カイ殿、重ねてお願いしたい。私に軍略グンリャクを教える立場になってくれないか。王国がほろべば競馬で生計を立てることもできなくなろう。そうならないためにも、あなたには王国の未来をけてほしい」

 カイの両手をとり、まっすぐな視線をそのひとみそそぐ。


 まぶたを閉じたカイは天をあおいで顔中に暮れかかる夕陽を浴びている。


 競馬師の道をあきらめて軍に入るのか。

 入軍ニュウグンを断って競馬師として今までどおり生きていくのか。


 しかし次の戦いで王国が勝たなければ、競馬などにうつつを抜かしてはいられなくなるだろう。


 カイが味方についても巨魁キョカイ大将をしのげるのか、正直に言えば自信はない。


 だがヒューイット大将、マシャード大将であれば勝つ見込みはじゅうぶんにある、とカイは答えたのだ。


 やがて吹っきれた表情をたたえたカイは手を握り返してきた。


「わかりました。どこまでできるか保証はできませんが、教師役をお引き受けしましょう」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る