第21話 軍師・計算という魔法

 男は手元にある分厚い差し替え式の帳簿チョウボひらいておれたちに見せた。


「馬の能力と馬場ババへの適性、騎手の腕前、馬と騎手との相性は今日まで走ってきたレースを見てこのとおり調べがついている。そして待機場で馬の今の体調を見て、すべてを足し算するのさ。そうするときんた馬が一頭いることがある。これを買っていくんだよ」


「なんだか異民族が用いる“魔法”のようですね」


 不思議そうに分厚い帳簿チョウボのぞき込んでいたガリウスは感心しきりだ。


「はははっ、計算という名の“魔法”さ。戦争に勝つにも計算は必要だろう?」


 その言葉を聞いて、なにかを得たような気がした。

 それがなにかはまだわからないのだが、心に引っかかりを感じるのだ。


「なぜ戦争に計算が必要なんだ?」


「軍務長官ともあろうお方がこんな調子じゃ、帝国軍にも負けるわな」


 男は笑っているんだかあきれているんだか、なにやらにやけながら俺をながめている。


「よろしいですかい。戦争っていうやつは兵の数だけで勝負が決まるわけじゃない。兵士たちの精強セイキョウさや戦場への適応、指揮シキ官の能力や、指揮シキ官と兵士との相性といった要素がからみあって初めて“戦闘力”というものが発揮ハッキされるんだ」


 先ほどの競馬の講釈コウシャクがそのまま軍の強さの秘密に触れているように感じられる。


「まぁ試しにおれの買う馬券バケンをお前らも買ってみな。それでおれの言っていることが理解できるはずだ」


 ガリウスとともに、漆黒シッコクの男が指定したうま投票券トウヒョウケンを三レースぶん購入してみた。


 レースが始まってからも、この男の講釈コウシャクを聞かされた。


「ただ兵の数だけで勝敗が決まるのなら、今回と先月のいくさの結果はそれぞれ別のものになっていたはずだ」


 天下の軍務長官に向かって軍事に関する持論を述べるだけでも、この男は底が知れない。

 精悍セイカンとまではいかないがじゅうぶん引き締まった顔をしていながら、飄々ヒョウヒョウとして実体がまるでつかめない。


「ほれ、ひとレース目は当てたぞ。すぐに換金だ。ついて来な」


 受付でうま投票券トウヒョウケンとお金を交換する。

 なんと買値かいねの三倍になって返ってきた。

 この成績なら競馬だけでも生活していけそうだ。

 だからこの男は勝つために“計算”をして勝率を高めているのだろう。


「次のレースはすぐだ。に行くぞ」


 どうもこの男のペースに乗せられている。

 だがいやな印象は受けなかった。

 この男なりにいろいろな配慮をしてくれているのだろう。


「ここ二戦の結果を見れば、帝国のクレイドという新米大将はひじょうに能力が高いと考えられる。それに比べおふた方は力を合わせてやっとクレイドと渡りあえる程度だ」


 ガリウスに目配せをして、おれたちはこの男の話をだまって聞くことにした。


「だが、おふたりは兵士たちとの相性がよろしいようだから、戦法センポウ次第シダイではあのクレイドと互角以上に渡りあえるだろうね」


「本当ですか?」

 ガリウスは驚きながら男を見ている。


 確かに自分たちがクレイドと互角に渡りあえるとは思ってもみなかった。

 しかもあのクレイドを凌駕リョウガできるという含みがあった。


 一週間、散々さんざんなやんでも出なかった評価だ。

 どうあがいても自分たち二人ではクレイドを超えられないと自分たちを過小評価していたのだろうか。


「おい、このレースも勝ったぞ。さぁ換金、換金っと」


 漆黒シッコクの男は嬉しそうに受付へと急いだ。

 また勝ったんですか、と馴染なじみなのだろうやりとりが繰り広げられている。


「さぁ、次のレースだ。これは六倍のリツだから、勝てばデカイぞ」


 あわただしくレース場に戻ってきた。


「話の途中で悪いのだが、あなたの名前と職業を聞かせてくれないか」


「名はカイだ。ごランのとおり競馬で生計セイケイを立てている」


 競馬に勝ち負けがある以上、それで生計を立てるのはなみ大抵タイテイのことではない。

 このカイという男は、よほど馬や人を見る目にけているのだろう。


「カイ殿。お願いがあるのだが」


 表情を改めたおれを見て、カイという男はなんだい、と気をよくしながら返した。


「軍に入ってくれないか?」


 あまりにも唐突トウトツ要請ヨウセイにカイは呆気アッケにとられたようだ。

 ガリウスもあわてている。


 しかし本気だ。


「私たちを、王国軍を導いてほしい」

 真顔でカイを見据みすえる。

 だが、カイからの返答はない。

 目をらしてレースに見入っている。


「よし、四番行け! そうだ! そのまま、そのまま……よ〜し、やった! これで六倍だ。今日はうまい酒が飲めるな。旦那ダンナがた、今晩は祝杯シュクハイを上げようぜ!」


「私はこのたび軍務長官となった。だが若輩ジャクハイゆえ帝国軍の動きを正確に察知することができない。そしてあなたがおっしゃるとおり軍略にもけていない。あなたのその“計算”という“魔法”を、王国のために貸してはいただけないだろうか。しかるべき役職を用意しよう」



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