第20話 軍師・漆黒の競馬師

「ミゲル、気晴らしに競馬でもやりに行きませんか」


 秋が深まり抜けるように青く晴れわたった昼下がり。

 王都の中央通りでガリウスはとなりにいる俺の肩にポンと手を置いてきた。


「お前、競馬ってがらじゃないだろう」

「いいんだよ、気晴らしになれば」


 正式に軍務長官へ任命された親友の重圧ジュウアツをやわらげるべく、気配りしているのだろう。

 しかも今回補充の将軍昇格はあまりの大敗のために保留されている。

 軍務長官といえど動かせるのはミゲル大隊とガリウス大隊しかないのだ。


 前戦同様、くらいは分隊長だが、俺の部隊のラフェルと、ガリウスの部隊のユーレムが大隊を率いる権限を与えられてはいる。


 軍務長官職は王国軍全体を指揮下に置く最も重要な職である。

 頻繁には会えなくなるかもしれないソフィア姫殿下は、そういった意味でもなにかおくりたい心境にいたるのは無理もなかろう。

 軍務長官として挑む初戦の前にはプレゼントを渡してくださるとお約束くだされた。


 正式に辞令ジレイり、早急サッキュウに帝国軍そして最も恐るべきクレイド大将に対抗する手段を見つけなくてはならない。

 この一週間、ガリウスとふたりの分隊長とともにさまざまな想定を行ない検討してみた。

 しかしクレイドに勝つ打開ダカイサクは見つからないままだ。


 そもそも戦場で陣形ジンケイ適宜テキギ変更していく相手に打開ダカイサクなど想定すらできない。

 こちらも柔軟ジュウナンな用兵ができるようにならないかぎり、勝てるはずもないのだ。


 しかもスレーニアに出した書状は、丁重テイチョウな断りの言葉が記されていただけだった。

 これで“魔法”を使って戦力差を埋める手段を失ってしまった。

 魔術師なしで三倍の兵とどう戦えばよいのか。



 緊張とコンの詰めようを見かねたガリウスがいったん会議を中断し、おれを軍務長官の職務のひとつである日々の市中見回りにさそった。


 そして栗色の髪の毛をでつけて照れを隠しながら、王城の東区画にある競馬場へと導いていく。


 王都は先の大敗で陰鬱インウツなムードをただよわせているが、競馬場内は意外なほど活気に満ちあふれていた。

 当てたと言ってさわぐ者、はずしたと言ってくやしがる者が入り乱れ、うま投票券トウヒョウケンチュウを舞う。


 戦争の厳粛ゲンシュクさとはほど遠い。

 まるで“異世界”に飛び込んでしまったかのようだ。


 ここにいる馬は戦時には軍事徴用チョウヨウされ軍馬として働かされる。

 此度こたびの敗戦では多くの馬も犠牲となった。

 だが場内にはそんな鬱屈ウックツした雰囲気フンイキ微塵ミジンも見受けられない。



 レースは五頭立て、十分間隔で五時間、日に三十レースが行なわれる。

 そのためうま投票券トウヒョウケンを買う者たちは、買い逃さないよう熱をはらんで買い競い、受付の熱気はいやオウにも高まっていく。


 俺たちは試しにうま投票券トウヒョウケンを三レースぶん購入してみた。

 しかしいずれも外れてしまった。


 競馬というのもなかなか奥が深いな。

 少なくとも俺に競馬は向いていない。

 その背にまたがり、戦場をめぐるだけが取り柄だ。


 そのとき、漆黒シッコクの髪と同色の衣服を身にまとった奇妙な青年に目を吸い寄せられた。

 年のころは俺たちと大差なかろう。

 競走馬の待機場でこれからレースを走る馬たちをながめながら紙になにやら書きつけ、筆記具の尻で頭をしきりにきながらなにやら考え込んでいる。


 初めのうちはけに勝つために必死になっているんだな程度に思っていた。

 しかし彼がうま投票券トウヒョウケンを購入したのを見た五レースはすべて的中させているようだ。


 ガリウスにそれを伝えると、彼も漆黒シッコクの男に興味を持ったようだ。

 勝つ馬を完璧に予想できる人物とはどういう手合いなのだろうか。

 帝国軍への対抗策タイコウサクなど頭のすみに追いやり、単純に興味を寄せた相手のことを知りたくなった。


 レースもたけなわな待機場で馬をながめながら漆黒シッコクの髪をきむしっている男にガリウスが近づいていく。


「今まで拝見しておりましたが、すごいですね。五回すべて当てていらっしゃる」


「なんだ、お前たち」


 男は半目で猛禽モウキンルイを思わせる鋭い眼光を放ち、おれたちを怪訝ケゲンそうに見比みくらべた。

 かたや燃えるように橙がかった赤髪をしており、黄色い十字が施された紫のマントを羽織はおってその下に軍衣グンイを着ている。

 かたや栗色の髪がかるくウェーブしており軍衣グンイに紫のマントをまとっている。


「失礼いたしました。私はガリウスと申します。こちらはミゲル軍務長官閣下カッカです」


「ガリウスにミゲルってぇと、あの新米将軍の?」


 男はじろじろと俺たちの顔を品定めしている。


「こちらのミゲル将軍は一週間前、正式に軍務長官閣下カッカとなられました」


「へぇ。将軍や軍務長官でも競馬をなさるんですか。いや、競馬でカンを養ってらっしゃるのかな」


 この言葉に引っかかりを感じた。

、とはどういうことですか」


「へっ、知らないんですか。それともオトボケかな?」

 風来坊フウライボウのような男はおお袈裟ゲサに驚いてみせた。


「競馬ってぇのはごとだから、ヤマカンでうまを当てようとしても到底トウテイ当たるもんじゃない」


 ガリウスは頭をきながら、

「ははは、確かにそうですね」

 と答えた。

 二人とも三連敗なのだから当然である。


「だから生きた情報を集めるのさ」



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