第19話 軍師・魔術師のあて

「ただ、今から異民族と会談し、信頼を得て魔術師を借り受けるにはおそらく時間が足りません。もしカートリンク軍務長官閣下カッカがご健在でしたら、書状ひとつで借り受けられた可能性もあります」


「ミゲル兄様にいさまでは無理なんですの?」

「一度として軍務長官の立場で異民族と腹を割った会談をしていませんからね。これから会っても腹のさぐりあいになりますし、異民族の要求も山のように高くなってしまいます」


 こう伝えただけでは今ひとつピンとこないだろう。


「ただの学友がピンチにおちいっても、助けてくれる仲間などおりません。しかし親友が窮地キュウチにいるなら助けるのが親友の役目です」

「信頼関係がない……と」

「そういうことですね」

 ガリウスが冷静に答えた。


「とくに戦う相手が軍神にも等しいほどに恐ろしい男です。それがふたりの手下を連れています」

「ミゲル兄様にいさまは、勝ち目のないいくさはなさらないと思っておりますが」

「戦う相手を選べる状況なら、いつもそうしていましたね」


 ここまで会話を重ねて、ある程度「課題」が見えてきた。

 今の王国軍に足りないものは、三倍の兵力差をいかにして縮めるか、その知恵と実行力だ。


「私としては、ソフィア様には軍務を気にせず暮らしていただきたいのですが」


「確かに私は軍に詳しくありませんからね。ここでいくらあれこれ悩んでも、なんの解決にもなりません」

 姫殿下がやや気を悪くしたような話しぶりをしている。


「差し当たり、今度のお見合い相手の話でもうかがいたいものですね」

「お母様の話では、次のお見合いのお相手はスレーニア出身なのだそうです」

 ソフィア姫殿下が機嫌をとりなおして語った。


 姫殿下にはやはり恋愛の話が似合うなと感じた。

 ならばそちらを盛り上げていこう。


「私の出身地ではないですか。あの大虐殺ダイギャクサツの生き残りでしょうか? “奇跡の七人”の誰か、とか?」

「いえ、ガリウス兄様にいさまわれた出来事の後に転居テンキョされた方だそうです。城塞ジョウサイ都市の城主を務めておられる方のご子息らしいですわ」


 その人物に心当たりがあった。


「たしかスレーニア城主のスラッシュ卿には、私と同い年の息子がいたはずですね」

「よくご存じで」

「ご存じもなにも、士官学校で私の同級生でした。小隊長を務めたのち、駐在チュウザイ武官としてスレーニアに戻ったと聞いております」

「ミゲル兄様にいさまから見て、その方はどのような印象なのですか?」

「悪い男ではありませんよ。ただ少しプライドが高いように見受けました。辺境ヘンキョウ暮らしで苦労していれば、高慢コウマンさは幾分イクブンやわらいでいると存じますが」

「ミゲル兄様にいさまとしては積極的にオススメにはなれない方なのですね」


 慌てて否定した。

「そういう意味ではございません。人間、置かれた環境によって性格も習性も変化していくものです。いくら小隊長として問題児であろうと、数年会わなければいくらでも変わってしまうものですよ」


「異民族には“男子三日会わざれば刮目カツモクして見よ”という言葉があります」

「どのような意味ですか?」

「男というものは、三日も会っていなければ、その間にどのような努力をして成長しているかわからないから用心するように、といった意味のようですね」


「ということは、無下ムゲにお断りしないほうがよろしいのかしら?」

 ガリウスは笑いながら、

「気に入るかどうかは、実際に会ってみるまで誰にもわかりませんよ」

 と返した。


「待てよ……そいつは使えるかもしれないな」

「ミゲル、なにがですか?」

「異民族との交渉に役立てられるかもしれない」

「あ! 魔術師を借りられないか。可能性はありますね!」


「それでは、私がお見合いの席でその方に異民族から魔術師を借りてきてください、とお願いしてみましょうか?」


「いえ、それには及びませんよ。なにより、そんな負い目を作ってしまわれたら、意に沿わない結婚となりかねません。ソフィア様も心から好きになれる殿方と一緒に暮らしたいですよね?」


「確かにそうですわね。では、どうなされますの?」


「あまり使いたくはないのですが、軍務長官の肩書きを使って、彼に書状を出してみましょう。駐在チュウザイ武官ですから、いくらむかし馴染なじみだからといっても、権威のない者の頼みは聞けないでしょうからね。それに、魔術師を借り受けられるかは、彼が異民族と和議を結べていれば、の話です」

「ソフィアもお力添えしたかったのですが」

「ソフィア様は軍事に明るくなくてよろしいのですよ。王族が国を治めるには、適材適所にかぎります。軍事に明るい者を軍務長官とし、政治に明るい者を宰相サイショウとすればよいのです。それに──」

「それに?」


「仮に彼が異民族と親しくても、肝心の魔法使いが王国の軍務長官つまり私のために力を貸してくれるとはかぎらないのです。そんな難題をソフィア様に背負わせたくはありません」

「残念ですわ」


「いえ、課題がひとつ見つかりましたから、まずはそれを解決してみましょう。頼めたらそれでよし。断られたらまた別の課題を見つければよいだけです。ソフィア様は差し当たりお見合いを受けるかどうかお決めになってくださいませ。できれば私たちの用事が済んだ後にしていただければ幸いです」



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