第18話 軍師・束の間の休息

「ミゲル兄様にいさま此度こたびは軍務長官へのご就任、まことにおめでとうございます」


 ソフィア姫殿下が屈託クッタクのない笑顔で祝いの言葉をかけてくださった。


「将軍昇格の宣誓センセイを聞いたときから、ソフィアは兄様にいさまが軍務長官になられるだろうと信じておりました」


「本当のところ、受けるつもりはなかったのですが」


 姫殿下の暮らす宮殿の庭に建てられた四阿あずまやで、ガリウスとともにソフィア姫殿下と面会した。


「ミゲルは私に軍務長官職をまわそうとしたのですよ、姫様」


「なぜですの? 軍務長官といえば軍の最高位ですよね? 組織の頂点に立ちたくない殿方とのがたなどおられるのでしょうか?」

「いるんですよ。あなた様の目の前に」

 ガリウスは笑いをみ殺しながら俺を指差している。


此度こたびは残念ながら負けいくさとなりましたが、兄様にいさまがたの部隊は死者が少なかったと聞いております」

「私たちは前線遠く、後ろで控えていましたからね」


 場がくつろぎすぎているように感じて、ややぶっきらぼうな物言いをしてしまった。


「でもミゲル兄様にいさまが軍務長官になれば、名家メイカのご令嬢レイドョウがさぞ求婚キュウコンなさりにはせサンじるでしょうに」

「私は結婚をするつもりはありませんからね」

「どうしてですの?」

「私は多くの人間を戦場で殺してきましたから」

「でも戦果を挙げなければ昇進できないのですから、当然ではありませんこと?」


「別に昇進がしたかったわけではありませんよ、ソフィア様」

 え付けられたベンチから立ち上がり、北方の遠くに見える山々へ目をらした。


「部隊の仲間たちがひとりでも害されないよう、それだけを考えて戦っております」


 ふとソフィア姫殿下を見やると、つい緊張がほどけてしまう。頭をかきながら続きを述べた。


「まぁ、倒されないように戦っていたら、いつの間にか軍功グンコウ第一になってしまっただけです」


「素敵な話ですわね。可能なかぎり人をあやめずに軍務長官になった話など聞いたこともございません」


 姫殿下のおっしゃるとおり、確かに異例なのだ。


 軍功グンコウを求めれば、より多くの敵を殺さなければならない。

 プレシア大陸では、指揮官が倒された部隊は敗北を認めて抵抗をやめる決まりとなっている。だからこそ、殺した人数が少なくても「軍功グンコウ第一」になれたのだ。

 “切りふだ”である“無敵”のナラージャの存在がなければ、俺はいまだに小隊長のままだったろう。


 そういう意味では悪運が強かった、としか言いようもない。


「まぁ今回は異例のご出陣シュツジンでしたから。大敗されても次のいくさまでは半年近くありますわよね?」


「いえ、それがそうもいかないようで」

「ガリウス兄様にいさま、それはどういうことですか?」


「確かに兵たちの疲労と損耗ソンモウ考慮コウリョすれば、わがほうから打って出るのはまず不可能でしょう。しかし帝国軍が攻めてこない保証にはなりません」

「というと?」


 ここはガリウスに成り代わり、軍務長官として姫殿下へ見解を述べた。


「つまり帝国が彼我ヒガの戦力差を把握しているのなら、王国軍を殲滅センメツする好機コウキととらえ、続けての出兵もありうるのです」


「そうなると?」


 ソフィア姫殿下には軍事なんてさっぱりわからないはずだ。

 というより、おれたちが軍に所属し、帝国と命のやりとりをしている実感もないのだ。

 俺やガリウスが負傷でもすれば現実味を覚えもするのだろうが。

 あいにく、俺もガリウスもいくさで負傷したためしがない。


「現状、王国軍は予備エキと臨時徴兵チョウヘイでなんとか一万ほどの兵力です。対して帝国軍は此度こたびいくさでほとんど兵を損ねておりません。つまり今出せる兵は三万ほどはあるでしょう。一万対三万だとどちらが勝つと思われますか?」

 ガリウスが説明を始めた。


兄様にいさまがたのいる王国軍が勝ちますわ」

 これにはおれもガリウスも笑うしかなかった。


「まぁ、本当のことを言われて照れてらっしゃるの?」


「いえ、違います。たとえが悪かったですね」

 俺はさらにくだいて解説する。

「たとえばひとりと三人がケンカをしたら、どちらが勝つとお思いになりますか?」

 姫殿下は眉間ミケンに右手人差し指を当てて考えているようだ。

「そのひとりがとてつもなく強いとか?」


「そんな都合のよい話ではありませんよ。四人とも実力に差はありません」

「でしたら三人が勝ちますわね。周りを取り囲んでしまえば、そのひとりに逃げ道はありませんから」

 おっしゃるとおり、と答えた。


 するとソフィア姫殿下は手を打ち合わせた。

「あ、でしたら王国軍が負けてしまいますわね」

「お気づきになりましたか」

「ですが王国軍がとてつもなく強くなれば、たとえ三人に襲われても勝てるのではなくて?」


 ガリウスが口を開いた。

「おそらく帝国の次の出兵は来月でしょう。それまでのたった一カ月で、三人を倒せるほど武芸ブゲイきわめられるとお考えですか?」

「ソフィアは兄様にいさまがたを信じております。たとえ今はかなわなくても、一カ月後には精鋭セイエイぞろいにきたえ上げていただけるものと」


「もし来月負ければ、おそらくそこで王国は滅びるでしょう。姫様の身にも害が及ぶかもしれません」

「何度も申しますが、ソフィアは兄様にいさまがたを信じております。おふた方とも今までいくさに出て、帰ってこなかったことなど一度もありませんでした。負けられないいくさであろうとも、必ずご無事に帰ってきてくださると」

「私たちは臆病オクビョウですからね。相手が強いとわかっていれば、手合わせする前に降参しますよ」

「それはありえない話だと、ソフィアは承知しております」


 他愛タアイもない話をしているうち、俺はあることに気づいた。


「異民族の用いる“魔法”があれば、戦力差をくつがえせるかもしれません。ただ……」

「ただ?」



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