第17話 軍師・誓いの責任

「なぜそちではダメなのか?」


 国王陛下は首をかしげた。


 軍に入隊してわかったのだが、誰もが将軍や軍務長官になることを望んでいるのだ。


 実際ランドル国王陛下はそういう人物ばかり見てきたはずである。

 アマム将軍やタルカス軍務長官補佐などはその代表格だったろう。


 今回現職のカートリンク軍務長官を除く戦死した六将軍はいずれも軍務長官の座を競っていたのだ。

 それが王国軍が精強セイキョウに戦う原動力ともなっていたのだから。


 なぜお前ではダメなのか。

 国王陛下からそう問われたので躊躇チュウチョせず言い切った。


「私は本心からいくさを好みません。人を殺すという行為が好きにはなれないのです。実は将軍のくらい拝命ハイメイするときも、できるのであれば辞退したかったほどです」


 このことを口にするとき、つねにしたくちびるみながら吐露トロしてきた。

 ガリウスに対しても同様だった。


此度こたびいくさ従事ジュウジし、多くの遺骸イガイを見るにつけ、私が将軍となったのは間違いだったのではないか。そう愚考グコウいたしております。その私に軍務長官の地位はあまりにも重きに過ぎます」


 将軍昇格式典での言葉をはっきりと思い出した。


「私はできるかぎり人を殺さない将軍を目指します」


 おれちかいにいつわりはない。

 あれはまぎれもない本心だ。

 国王陛下がこれでおれあきらめてくれればよいのだが。


「将軍昇格の際、そちはこう申したな。勝利とは相手を作戦遂行スイコウが困難な状態に追い込むことだと。大量殺戮サツリクをすることではないと」


「はい、陛下。確かに申し上げました」


 ランドル陛下は俺をうかがいながらひとつうなずいた。


はその言葉にとても感銘カンメイを受けておる。いくさに勝つのは大量虐殺ギャクサツを意味しない。だからこそ、そちに軍務長官のくらいいでほしいのだ」


 頭を上げて老王陛下の顔を唖然アゼンとした表情を浮かべて注視してしまった。


「苦境に立つわが国が、もしこのまま滅亡メツボウしたらどうなるか。此度こたびの敗戦による大量殺戮サツリクが帝国の勝利につながった証明をしてしまわないだろうか」


 陛下の言葉にだまって耳を傾ける。


はそちの力で自らのちかいをつらぬいてもらいたいのだ」


 壇上ダンジョウの玉座を下りて俺の目の前まで歩み出たランドル国王陛下は、俺の手をとり「どうだろう。頼まれてはくれまいか」と真摯シンシな眼差しを向けてくる。


 それでも逡巡シュンジュンした。


 隣でこれを見ていたガリウスはにじり寄ってきて、


「これは僕の仕事じゃない。ミゲル、君には自分が国王陛下へおちかい申し上げたことをやり通す義務があるよ」

 と決意をうながしてくる。


 引き受けるべきなのだろうか。


 確かに国王陛下がおっしゃること、ガリウスの言うことにも一理イチリあるのは認めざるをえない。

 だが、将軍の覚悟を述べたまでであり、軍務長官として全軍を率いてまでの覚悟ではなかったのだ。

 戦場で最大の権限を振るいながら、誓いを果たすのは困難ではないか。

 そもそも、クレイドが率いる三万に対して、戦い慣れしていない一万でどうやってコウしうるのか。

 その方策ホウサクもなにひとつ浮かんでいない。


 しかし揺るぎのない視線でうったえかけてくる国王陛下の目を見つめると、その誠意セイイに胸を打たれてしまった。

 ここで固辞コジしたら、ランドル国王陛下は誰を頼りとするのだろうか。

 軍務長官職を固辞コジしたおれが、その座にくガリウスの下で働いて、果たして派閥ハバツは生まれずにおれるのだろうか。


 とくにナラージャあたりが積極的に派閥ハバツを作りたがるかもしれない。

 あいつは妙におれを買っている。

 だから小隊長の頃からおれのことを「大将」と呼んでいるのだ。


 なにより、国王陛下が玉座から下りてまでおれの手をとり、ガリウスも俺を推挙スイキョしている。

 この光景を見た史官は、今回のことを歴史にどう記すのであろうか。


「将軍のミゲルが、ランドル国王陛下の懇願コンガンや年長のガリウス将軍の説得に耳を貸さず、結果国がほろんだ。」


 亡国ボウコクの歴史は必定ヒツジョウかもしれない。


 仮にガリウスが軍務長官となっても、必ずしもクレイドを倒せるとはかぎらないのだ。

 そしておれの部下には“無敵”のナラージャがいる。

 あいつがそばにいれば、クレイドだけでもおれの死の道連れにできるのではなかろうか。

 あいつはおれのために戦う道を選んでいるのだ。

 万が一の勝ち目があるとすれば、ナラージャが言ったように、彼自身がクレイドを倒すことだけだろう。


 帝国軍最強の大将がち取られたら、迂闊ウカツには攻めてこられないだろう。

 次戦のたった一回の勝機ショウキを得るために、決断しなければならなかった。


「わかりました。軍務長官のくらい、ありがたく拝命ハイメイいたします」

 と告げた。


 それを聞いてホッとしたのか、ランドル国王陛下はゆっくりと玉座へ戻っていった。


「カートリンクら戦没センボツシャ葬儀ソウギ明日ミョウニチり行なうこととする。ムジャカよ、そのように手配してくれ。そちたちはもう官舎カンシャに帰って体を休めるがよかろう。それとふたりには王孫姫との接見セッケンゆるしておこう。新しい軍務長官の門出かどででもあるしな」


 そう言うと老王陛下はゆっくりと大きく息を吐き出した。


 おそらく彼方へと思いをせたのだろう。


 良き友であり良き臣下であった男のことを……。



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