第四章 新たな軍務長官、軍師を見出す

第16話 軍師・新たな軍務長官は

「そうか。カートリンクが死んだか……」


「さようでございます、陛下」

 ガリウスが答えた。


 おれとガリウスはふたりでランドル国王陛下に敗戦の報告を行なっていた。


 銀灰色シルバーグレーの長髪の上に王冠を頂く国王陛下は憔悴ショウスイしきって老いさらばえたような表情を浮かべている。

 あまりに覇気がなく、ただのか弱い老人のようであった。


 若い頃、ともに異民族を撃退して連戦連勝。

 おのれの片腕とまで頼んでいた男の死である。

 しかも生き残った将軍がふたりともまだ若く、大隊の実戦指揮も此度こたびが初めてである日の浅いおれたちしかいない。


「カートリンク軍務長官閣下カッカのほか、将軍六名も随伴ズイハンなされました」


 ここまで将軍の数が減った前例はなかった。

 早急に壮年や戦果の著しい中隊長を昇進させる必要に迫られる。


 ただ軍務長官職は将軍として大隊の指揮を経験したことのない中隊長にはつとまらない。

 であればガリウスかおれか、いずれかが軍務長官職をぐことになろう。

 そして年功序列でガリウスが次の軍務長官であることは誰の目にも明らかだった。


 しかも率いる兵はどんなに頑張っても一万。ふたつの大隊しか編成できない。

 となれば、将軍が減ったからといって、中隊長を将軍に昇格させるだけの余力もなかった。


 カートリンク軍務長官閣下カッカは俺たちに並々なみなみならぬ期待を寄せてくれた。

 それはランドル国王陛下も知っているところだ。

 しかし再度帝国軍が侵攻してきた際、就任間もない若造わかゾウふたりでは帝国にあらがうだけの力量があろうものか。

 その不安が国王陛下の顔に出ていた。


 なにしろ相手は底の知れない「化け物」へと成長した巨魁キョカイ大将である。

 軍勢をここまで緻密チミツで巧みに操る大将も前例にない。

 レイティス王国とボッサム帝国との戦史に詳しいおれとしても特異な例とうつっている。

 ゆえに帰国の途上から対抗策タイコウサクをいくつも考えているのだが、いっこうに手立てが見つからなかった。


 そもそも前例のない戦術を使う相手の手のうちなんて読めるわけがないのだ。

 読めたら、それは「鬼策キサク」でもなんでもない。ただの「奇抜キバツな一手」でしかないのだ。


「陛下。現在動かせる兵は徴発チョウハツしても総員で一万がせいぜいでございます。ここは和議を結んで時間を稼ぐべきかと」


 ムジャカ宰相サイショウ殿下の正式な報告では、レイティス王国に残された現在動かせる兵士は臨時リンジ徴発チョウハツを入れておよそ一万。

 想定したとおりの人数ではある。


 それにして帝国軍はほとんど損耗ソンモウしてはいないのだ。

 戦力差はもはや一方的といえるだろう。


 自分たちより年少の軍務長官の下で誠心セイシン誠意セイイ戦える将軍など稀有ケウだろう。

 また全軍一万が確定したので俺たち正規の将軍が五千ずつを任された際、他の将軍にまわせるだけの余剰ヨジョウ兵力はない。

 差し当たってガリウス大隊のユーレム分隊長と俺の大隊のラフェル分隊長を、大将に昇格させず大隊長の権限だけを行使できるよう編成するのがよかろうか。


 眼前で苦悩クノウする国王陛下の姿を見ていると、今伝えておかなければ後悔コウカイするだろう言葉が思い浮かんだ。

 心をふるい立たせて気丈キジョウな態度で上申ジョウシンした。


「国王陛下、わが軍は事実上壊滅カイメツいたしました。とくに司令部は立て直しがきかないほどの惨状サンジョウです」


 この言葉は口にするのは躊躇ためらわれた。

 だが、この認識に立たなければ、起死キシ回生カイセイはかるどころか、自滅ジメツの道を歩むだけだろう。


「しかしレイティス王国は今もなお存在しております。国民のために一刻も早く軍を再建せねばなりません」


 たとえ帝国に対抗する力を失ったとしても、それでも国民は日々の生活を営んでいるのだ。

 たとえ軍がほろびて国を明け渡すとしても、国民の安寧アンネイ考慮コウリョしない為政者イセイシャは役立たずでしかない。


「ミゲル将軍、ありがとう。は平和を望む国民のためにも、一刻も早く軍を立て直そうと思う」


 ランドル国王陛下は、どうやら悲しみを越えて前へ歩み出す決心がついたようだった。


「ついてはミゲル将軍よ。そちを軍務長官に任ずるゆえ、早急に軍を再編してもらいたい」


 唐突トウトツな言葉に、目を見張りひざちながらよろけて二歩後ずさりしてしまった。すぐに膝行シッコウして元の位置へ戻り、かしずいて答える。


「お、恐れ入りますが、私は将軍になったばかりの若輩者です。その私が長官職を頂くわけにはまいりません。またその器でもございません」


「しかし、将軍の中から軍務長官を選ばなくては生き残った兵たちも納得しなかろう」


「それならばここに控えしガリウス将軍のほうが年長でもあります。部下をよく労わり、兵が親しんでいるため、ガリウス将軍こそ軍務長官職に適任かと存じます」


 話の矛先ほこさきをガリウスへと受け流した。


 王都への道すがらナラージャにも語ったが、此度こたびの軍務長官は王国軍全体が納得するだけの人物がかなくては、万が一の勝利などありえないのだ。

 兵たちがわずかでも疑問を持つような人物ではつとまらない。



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