第15話 死闘・再戦を期して

 敗残の負傷兵を統率しながらガリウスとともに王国領への帰途を急ぐ。

 それに先駆けて王都へ伝令を走らせた。

 生存した将軍には、事の顛末テンマツを国王陛下と宰相サイショウ殿下へ報告する義務があるからだ。


 伝令の発出後、負傷者・瀕死ヒンシ者・死者のむくろを王都へ送り届けるべく全軍はゆっくりと歩みを進めた。

 全軍を沈鬱チンウツおおくしている。


「結局、将軍で生き残ったのはおれたちふたりだけか」


「後詰めでしたからね。兵たちの話では前衛の部隊は壊滅カイメツだったらしいし……」

 ガリウスはしょげかえりながら答えた。


 祖父同然のカートリンク軍務長官閣下カッカが戦死したのだから無理もない。

 しかも王国軍は勝利に万全を期して全将軍を出撃させた。

 にもかかわらず、若造わかゾウおれたちを残して軍務長官閣下カッカ含め七将軍が戦死してしまったのだ。


 クレイドに名乗りをあげたときに見据みすえた女性指揮官の皇女レミアを思い出した。

 おそらくは彼女が養父のかたきに違いない。

 クレイド本隊にいたのだから、かなり優秀で人望の厚い指揮官なのだろう。

 再戦の機会があればなんとしてでも倒さねばならない。

 それが養われた者の、せめてもの役目である。


 そんな思いでガリウスを見、消沈ショウチンしている彼を気遣きづかって話題を変える。


「それにしてもクレイドは凄腕すごうでだったな」


 率直な感想だった。


「戦闘中に陣形ジンケイを変えるなんて聞いたこともない。戦史にすらそのような戦術は見当たらなかったはずだ」


「あれほど見事な部隊運用を見せるとは思いませんでした」


「果たしてそうかな……」

 ガリウスはおれの顔をのぞき込んできた。


 後衛から戦況センキョウを見極めていたが、クレイドはつねに正面の重装歩兵の部隊を率いていた。

 とても両翼リョウヨクを含めた全軍の兵を運用するだけの時間はないはずだ。


 そう考えたとき、戦場で聞こえたあの号令ゴウレイが思い起こされた。

 そして、ある結論が導き出された。


「ひょっとすると、初めからわがほうを半包囲するつもりでいたのではなかろうか。戦端が開く前に運用の指示をあらかじめ各部隊へ伝えてあったのだとすれば。あの動きは納得できる」


「なるほど。もしあの戦術があらかじめ決められていたものだとしたら……。あの奇妙な布陣フジンにも合点がいきますね」


 会話はここで途切れた。


 なにしろ相手は戦況センキョウの推移を戦う前から見通せるほどの軍略家なのだ。

 それにかなうだけの力量が今のおれたちにはない。

 どう戦えばよいものか、すぐには思い浮かばなかった。


 これまでレイティス王国とボッサム帝国のいくさでは両軍とも大隊長が率いる部隊に騎士団・重装歩兵・軽装歩兵・騎馬兵・戦車の各兵種を内包してきた。

 クレイド以外であっても同一兵種の小隊・中隊の構成までは同じ。

 それを組み合わせて全軍の中にいくつかの軍団を構成するのが常だ。

 王国将軍・帝国大隊長であれば騎兵も戦車も少数だが有している。

 だから大隊長の誰が総大将つまり王国軍務長官や帝国大将にいても、基本は下で戦う各将軍・大隊長の腕の振るいようで勝敗が決まるのだ。


 だがクレイドは帝国軍三万を兵種ごとに構成して役割分担を明確にした。

 クレイドが全軍を無駄ムダなく効率的に運用するための下地したジなのであろう。

 遊兵ユウヘイは極力おさえられ、今回は足の速い兵種そのものが戦場での切り札となった。


 考えを払うように頭を振ってガリウスに問いかけた。


「しかし、帝国軍がいつまた今回のように攻めてくるともしれない。そのときはお前が総指揮を執ることになろう。今から対策を立てておかなければ、今回のようにわけもわからず王国軍は皆殺し、なんてこともありうるからな」


 果たしておれたちにそこまでの裁量サイリョウゆだねられるのかどうか。

 七将軍きのち、王国軍の将来を担うのは生き残ったおれたちふたりの将軍の才幹にかかっている。

 理屈リクツとしてわかることとそれを実践ジッセンすることとにはかなりの距離がある。

 だがふたりとも、己にそこまでの軍略はないだろうと感じてもいる。


 あとは生き残った中隊長を将軍へ昇格させて、指揮能力の高い者がクレイドと対決すればよい。

 だが、昨日中隊長だった者が明日軍務長官というわけにはいかない。

 ものの順序でいえば、現在将軍職にあるおれたちのどちらかが軍務長官になるのは必定ヒツジョウだ。


「しかも動員できる兵の数も限られていますしね」


 ガリウスの言うとおりだ。


 王国軍は今回の戦いに正規兵全軍の四万を投入した。

 それが終わってみれば数えて六千弱である。重傷者だけで八千を超えているのだ。

 これでは王都に残した予備役三千の兵を加えても九千にも満たない。臨時に徴兵チョウヘイしても合わせて一万がよいところであろう。


 仮にクレイドが来月も出征シュッセイしてきたら、戦えるのは全軍で一万。将軍が率いる大隊五千がふたつ。それ以外の余剰ヨジョウ戦力などありはしない。


 仮に中隊長の何名かを将軍へ格上げしても、率いる兵が存在しない。

 今回のおれたちのように通常の半数の二千五百すらそろわないのだ。


 対して帝国軍は今回の損耗ソンモウ軽微ケイビであり、再度三万規模で出兵してくることは十分に考えられる。


「三万対一万。三倍の兵を持つクレイドが相手となれば、これまでの戦い方を踏襲トウシュウしていたのでは勝てやしない……」


 重傷だがかろうじて生きている兵たちを運ぶ役目はおれの分隊長であるラフェルと、ガリウス大隊の分隊長であるユーレムに任せていた。

 いずれも帝国兵であっても重傷者や瀕死の者であってもへだてなく搬送ハンソウしている。


 おれたちのそばに“無敵”のナラージャが近づいてきた。


「大将、次のいくさも来月になるのかい?」


「その可能性が高いだろう。三倍の兵をヨウするクレイドを倒せなければ、王国はそこで実働ジツドウ能力を失い、滅びてしまうだろうな」


「それならおれに全権をゆだねてくれないか?」

「クレイドとの一騎イッキちにのぞむつもりだな」

「さすが察しがいい。大将の信条である“不殺ころさず”も、突き詰めれば一騎イッキちで敵指揮官を倒せ、ということだからな。それなら戦闘開始直後におれとクレイドで戦えば、相手が何万を率いてきてもいくさで負ける心配がないぞ」

「いや、そのサクは使えまい」

「どうしてさ、大将」


「クレイドはすでに大将つまり戦場での帝国側の責任者となっている。どんなに個人のが知れわたっており技量に秀でているといっても、万が一にも自分が負ければ、兵力差の有利を放棄ホウキしてしまうわけだ。三倍の兵を動かしているのだから、より確率の高い勝ち方つまり全軍を指揮してわが軍を全滅ゼンメツさせに来るはずだ」


「ということは、次のいくさで王国の滅亡メツボウが決まってしまうわけか」

「そうならないように、ナラージャも対策を考えてくれないか?」

「残念ながら、小官は目の前の指揮官を倒すしか興味がない。そこへ持ち込むまでのサクは大将にお任せしますよ」


「次の軍務長官はガリウス将軍に決まりだ。対策は次期閣下カッカってもらいたいところだが」


「私には三倍のクレイド大将に勝つ方策ホウサクなどありませんよ」


「まぁ、あの巨躯キョクと筋肉を持っているなら“知恵がまわらない”という俗語ゾクゴもありますからな。どこかに弱点くらいあるだろう。それを見つけてみてはいかがかな?」


 三人でさまざまなクレイドのサクを思い描いて、それにどう対処するか考えながら王都が見える地点までたどり着いた。


「三倍のクレイドに勝つ方策ホウサクは、ガリウス将軍が軍務長官に就任するまでに考えつけばよかろう」


「本当に大将は軍務長官にならないのか? 俺の中隊は大将の手腕シュワンに期待しているのだがな」


「期待してもおれに軍務長官なんて話は来ないぞ。なにせガリウス将軍はおれより二歳上だ。年功序列で彼に決まる道理だからな」


「ガリウス将軍には失礼ですがね。私はミゲル大将、あなたこそが軍務長官にふわさしいと思うんだが」

「思うのは勝手だが、他人に吹聴フイチョウする真似はしないように。ガリウス軍務長官が誕生したとき、派閥ハバツが生じかねないからな」


 ナラージャはその言葉にしばし考え、「わかりました、他言タゴンいたしません」と返答してきた。


 王城の入り口まで到着したので、全軍を停止させて城内の国王陛下へ再び伝令を走らせた。

 負傷者・瀕死ヒンシ者を病院と寺院へ搬送ハンソウする手はずを整え、死者を葬儀屋にゆだねてのこされた家族へ報告しなければならない。

 またランドル国王陛下と面会してカートリンク軍務長官閣下カッカ以下、七将軍の戦死を伝えなければならなかったからだ。



 返答の伝令を待ちながら、重苦しい雨の中で今後の行く末を案じた。


 陰鬱インウツな空気を察したガリウスは、

「しかし、あの混乱の中で僕たちの名前をたずねてくるとは思いませんでしたね」

 と軽口を叩いてきた。


「あのクレイドに認められたと思いたいな」

 自嘲ジチョウぎみに答える。


「どうしてかな?」


「相手が変に意識してくれれば、失策シッサクおかしてくれる可能性が高くなるからな」


 ガリウスは苦笑いを返すばかりだ。


「大将なら、やってのけそうだから面白いんだが」

 ナラージャも愛想よく答えてきた。



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