第14話 死闘・巨星墜つ

 ナラージャとラフェルを送り出して兵数が減った残りの大隊を防御ジンに再編して再度帝国軍軽装歩兵大隊と騎馬中隊へと攻撃を仕掛ける。


 そもそも防御ジンで戦えば効果的な攻撃を加えられなくなる。

 しかし兵数の差を感じさせずに攻撃を仕掛けるには、守りを固めて反撃を抑止ヨクシしつつ機動的に兵を運用するほかない。


 ナラージャたちが戦場をまわり込んでクレイド本隊を強襲キョウシュウしてくれれば、この悪魔のような圧倒的な前進を押し止められる可能性がある。

 それまでは現場ゲンジョウを死守する以外に道はない。


 時間だけがいたずらに過ぎ、防御ジンでもなんとか効果的な攻撃を繰り出していたところへ甲高カンだかくしかも衝撃的な一声が届いた。


「王国軍務長官カートリンク、討ち取ったり!」


 みわたる女性の声だ。

 戦場にあってこれほど大きな女性の声を聞いたことがなかった。

 おそらく第二重装歩兵大隊長の皇女レミアの声だろう。


 おれとガリウスは孤児コジであり、幼い頃からカートリンク長官閣下カッカの庇護を受けてきた。

 その育ての親の死という情報はいちばん触れたくなかったものの、その言葉だけがやけに耳に残る。

 女性の声で聞きたくもない事実を突きつけられ、実際以上の大声に聞こえたようだ。


 しかしすぐ対処しなければならない状況にせまられていた。

 現状をどうするかである。


 通常は軍務長官が倒された時点で王国軍の敗北は確定し、戦闘は終了する。

 しかし必ずしも停止すると決まっているわけではない。

 あくまでも長年の慣習にすぎないからだ。


 敵兵力を減らすために敵の総司令官亡きあとも攻撃を続行するのもまれに起こる。


 中央で支えていた軍務長官直属の大隊も指揮官亡き今、じきに瓦解ガカイするだろう。

 そうなればさらに多くの人命が危険にさらされてしまうはずだ。


 そこですかさずナラージャとラフェルの各中隊を呼び戻し、ガリウスに伝令を発した。

 程なくしてふたつの中隊が戻ってきた。


「あと少しで手合わせできたのですが、その前に軍務長官閣下カッカち取られてしまいました。ご期待に添えず申し訳ございません」

「帝国軍が前進をやめず殺到サットウしている。確かにナラージャがクレイドを倒してくれれば戦況センキョウはわからなくなるだろう。しかし今は傷ついた王国兵をひとりでも多く生還させるほうが優先度は高い。そのためのサクは打っているから、私のもとでの奮戦を期待する」


「承知しました、ミゲル閣下」


 いつも軽口を叩くナラージャだが、今はそんな状況にないと判断できていた。


「これから軍を再編しつつ、亡き軍務長官閣下カッカの防御ジンを引き継いで、王国軍撤退の殿しんがりを務める。この場はラフェル分隊に任せた。残りは私に続け!」


 帝国軍は返り血を洗い流すほどの激しい雨の中、わが軍の幾多イクタむくろを踏み越えて追撃してくる。


 これは戦史に残る大敗である。

 このような戦況センキョウとなれば、指揮する者も平静とはいかなかったようだ。

 総大将である軍務長官を失った王国軍はすでに壊滅カイメツ状態であり、このままいけば遠からず全滅ゼンメツするだろう。


 そんな中、長官閣下カッカのこした中央の防御ジンを素早く再編し、苛烈カレツな追撃を行なう帝国軍の前方で、ガリウスとともに頑強な防御ジンを構築し、その行く手をはばんだ。


 これにより軍務長官閣下カッカを倒して勢いのついていたクレイド軍でさえも、完全に前進をはばんでみせた。


 殺到サットウする帝国軍をガッチリと受け止め、おれは王国軍の前衛と中衛を務めた残存兵へ大声で指示を出す。


「振り返るな! 今はひとりでも多く生き延びて帰国するんだ!」


 帝国軍の突出トッシュツ不退転フタイテンの決意で防ぎながら、残存する兵士を一人でも多く後方へ逃がす。


 おれとガリウスの大隊は、互いに協力しながらクレイド軍と奮戦した。

 たとえ自分たちに全軍の統率権がなくても、眼前の殺戮サツリク見逃みのがすことなどできはしない。

 それがおれたちの性分ショウブンだからだ。


 思いもよらぬ抵抗に出くわした帝国軍は突然の出来事に戸惑っているようだった。

 よく響く声のクレイドが全軍に掃滅ソウメツ戦へ向けた追撃命令を発しても、まったく前に進ませないよう、おれとガリウスが完璧な防御ジンを形成していた。


 この防御ジン日頃ひごろからガリウスと磨いた、まさに“鉄壁テッペキ”の守りである。

 帝国軍の突出トッシュツを中央で受け止めつついなして、張り出した両翼が少しずつ敵を半包囲していくのである。

 さすがのクレイドも、まさか負けている側が勝っている軍を半包囲して殲滅センメツしようとしているなどとは思いもしないであろう。

 「攻撃は最大の防御なり」とはよく言ったものだ。


 帝国軍をうまくおびき出せていたところ、先ほど長官閣下カッカち取った重装兵大隊長のんだ声が聞こえてきた。


「王国軍の将軍とおぼしき二人の若者が馬上から指示を出しているようです」

 と大将であるクレイドへの報告であろう。


 クレイドは指揮台の高みからこちらを見渡し、馬上バジョウに大将を示す紫のマントを羽織る人物つまりおれとガリウスがの二名いることを確認したのだろう。

 戦場に鳴り響く大声をあげた。


「そこのふたり! 王国の将軍とお見受けするが、名はなんと言う!」


 帝国軍の中央に見える大男から発せられた声におれたちは耳を貸さなかった。

 いや、貸している余裕などないのだ。

 今はひとりでも多く戦場を離脱させるべきときである。


 すると、

「帝国軍、前進やめい!」

 クレイドのバカでかい声がとどろきわたった。


 それにともないい、しきりに金鼓キンコが打ち鳴らされる。

 これをに帝国軍の熾烈シレツな攻撃は散発的となり、ほどなくして完全に停止した。


 突然の帝国軍の停止におれもガリウスも戸惑いを覚えはしたが、今はできるだけ生存者を逃がすことに尽力ジンリョクするほかない。

 すると帝国軍から再び声があがった。


「おふた方とも王国の将軍とお見受け致すが、名はなんと申すか!」


 クレイドが大きな声で改めておれたち若造わかゾウに名をたずねてきた。


 ガリウスと遠目で視線を交わしながら顔を見合わせた。

 そしてクレイドの顔を見据みすえたまま、クレイドのそばにいたガリウスが名乗った。


「私は王国将軍のガリウスと申します」


 いくさの余韻を残しながらも振るった剣を鞘に納めた。


 目前の帝国兵の中に重装をまとい馬上で指揮する女性の姿を見た。

 馬上にありながらも重装で顔を隠す大きなかぶとをかぶっている。

 ただ鎧の胸板には特有の厚みがあり、反して手脚の装甲は細かった。

 女性士官の特徴である。

 聞こえた声も女性のもので、近くに他の女性大隊長は見受けられなかった。

 この周囲に女性大隊長は彼女だけのようだ。


 となれば、じいさんいやカートリンク軍務長官閣下カッカち取ったのも彼女なのだろう。

 おそらく皇女レミアのはずだ。


 そんな彼女のかぶとに隠されたひとみを見据えながら、

「同じく王国将軍のミゲルだ」

 と名乗りをあげた。


 おれひとみには悲しみとも憎しみともつかない光が宿やどっていたことだろう。


 クレイドは名を聞いたときにふと思い出したようだ。


 先のいくさでアマムの野郎を倒そうとしてその目前に立ちはだかったのが、かのガリウス中隊である。

 そして帝国軍総大将エビーナをち取ったのはおれの中隊だ。

 先のいくさで帝国の勝利をはばみ、今回も完勝を止めたのが俺たちふたりの部隊である。


 クレイドとしてはある種の感銘カンメイを受けたのだろうか。

「ガリウス将軍とミゲル将軍か。王国軍にこれほどの良将がいようとはつゆほども思わなんだ。わが名は帝国大将クレイド。再戦の日を楽しみにしているぞ」


 そう言い残すと、クレイドは帝国軍に後退命令をくだしてわれわれから距離をとった。

 全部隊の再編成を手際てぎわよく済ませると、整然と戦場のテルミナ平原を後にする。


 王国軍はすんでのところで壊滅カイメツまぬかれた。



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