第13話 死闘・戦列の崩壊

 王国軍の先頭を走る騎馬兵と前衛・中衛の軽装歩兵から弓弩キュウドの矢が帝国軍へと降りそそぐ。

 さらに矢の雨より外を前衛部隊所属の戦車隊が迂回ウカイしながら急進し、重装歩兵大隊の側面から近接戦を挑んだ。


 クレイド大将は王国軍の進撃が繰り広げられていても大盾おおだてを構えさせただけでまだ兵を動かさない。中衛を務める軽装歩兵の弓矢での応射オウシャだけを許可しているようだ。


 帝国軍が目前にせまったとき、銅鑼ドラのような重くよく響くクレイドの声が戦場を駆け巡る。


「全軍突撃!」


 にわかに起こった帝国軍の猛進モウシンにより両軍の距離は急速に縮まる。

 帝国軍の重装歩兵大隊の槍衾やりぶすまを避けるように先頭の騎馬隊は左右に分かれて距離をとりつつ、同じくやりを有する前衛四将軍所属の重装歩兵隊が一気に前線へおどり出て、ついに両軍は激突した。


 王国軍の先鋒センポウである四将軍は、こぞって眼前の帝国軍重装歩兵大隊を粉砕フンサイしにかかる。


「第一段階開始!」


 その声が聞こえたとき、思いもしなかった異変が眼前で繰り広げられた。


 クレイドの号令により、帝国軍の中衛を務めた左右の軽装歩兵大隊と、後衛を務めた左右の騎馬中隊が、重装歩兵大隊と王国軍前衛との衝突の脇におどり出たのだ。

 王国軍前衛の四将軍は正面であいタイする重装歩兵大隊が薄い中央部との戦いに忙しくこれを看過みすごしていた。

 その動きに合わせたかのごとく天空では雷鳴ライメイとどろきわたった。


「第二段階開始!」


 なんと左右に展開されていた帝国軍の軽装歩兵大隊と騎馬中隊が、王国軍前衛と中衛の側面へおそいかかってきたのだ。

 またたに王国軍の前衛と中衛はハン包囲ホウイおとしいれられた。

 これまで正面の敵に戦力を集中させていたアマムの野郎とタクラム将軍の大隊は思わぬ正面と側面からの挟撃キョウゲキにさらされたのだ。


 そして、

「第三段階開始!」

 の合図とともに帝国軍は全部隊が突撃を開始する。


 これにより王国軍の重厚な進軍は完全に食い止められてしまった。

 正面と左右からの強力な圧迫アッパクにより、わが軍の前衛と中衛は完全に身動きがとれない事態におちいったのだ。


 それでも前衛四将軍は正面に血路ケツロを求め、クレイドを直接ち取ろうと必死で反撃を命令するが、敵が容赦ヨウシャなく包囲をせばめるため四大隊は密集しすぎて思うように身動きできず効果は出なかった。


 やにわに雨が強く降りだす。

 降りしきる雨の中、わが軍の前衛と中衛の様子を後方で注視していたじいさんいやカートリンク軍務長官閣下カッカは思わずうなった。


「まさか、このような意図があったとは……」


「カートリンク閣下カッカ、敵はこれをねらっていたようです!」


 ガリウスが問いかけてもじいさんはすぐに反応できなかった。

 打開策を模索しているようだが、妙案ミョウアンはすぐに浮かばないのだろうか。


 味方がこれだけ密集させられていると転進しようにも進路がない。

 前衛と中衛は帝国軍のハン包囲ホウイで強く圧迫アッパクされているため反撃も後退も困難を極めるだろう。


「なにか反撃の手段はないのか……。せめて中央を突破してアダマス将軍がクレイド大将と一騎イッキちに持ち込められれば……」


 カートリンク閣下カッカは正面から視線を外さず、戦況センキョウ見据みすえながら考えに考えたようだ。

 そして思い出したようにおれとガリウスに声をかけた。


「二人とも、なにか策はないか」


「このままではなにもできないまま前衛と中衛はたちどころに撃破されるだけでしょう。ここは一度撤退テッタイして態勢を立て直し、再戦をしたほうがよろしいのでは……」

 しとどに濡れた顔をぬぐいながら、そう答えた。


「確かにそれしかないようだな」


 戦況センキョウは明らかに不利である。

 圧倒的な劣勢レッセイと見るべきだろう。


 とくに半包囲の最も敵戦力が集中する前衛部隊は正面を帝国軍の重装歩兵に、側面を軽装歩兵に、中衛部隊は側面を騎馬兵に行く手を阻まれて、まったく身動きがとれないでいる。


 この態勢ではとてもクレイドの本陣ホンジンまでとどきそうもない。

 このまま戦闘が続いても兵数をただ打ち減らされるだけで勝機は見出せないだろう。


「アマム将軍、討ち取ったり!」


「タクラム将軍、討ち取ったり!」


 二将軍戦死の報が耳に入り、じいさんは天をあおいで大きく嘆息タンソクした。

 大粒おおつぶの雨がその顔を濡らしていく。


 そして、

撤退テッタイするにも帝国軍の攻撃が苛烈カレツだ。なにかサクはあるか?」

 カートリンク軍務長官閣下カッカおれに向き直って問うた。


「私とガリウス将軍とで帝国軍左右の軽装歩兵大隊と騎馬中隊を背後からたたいて包囲の手をゆるめさせます。閣下は私とガリウス将軍の部隊との間に間隔カンカクを広めにとった防御ジンいていただき、その隙間すきまから前方の部隊を退却させるのです」


「それしかないな。急いで取りかかってくれ!」


 カートリンク閣下カッカおれの進言に従い、そのように指示を出す。


 さしもの歴戦レキセンの勇者でも、この劣勢レッセイ挽回バンカイするサクは見出せなかったのだろう。

 おれたち若造わかゾウが言うように、ここは一時撤退テッタイして再戦をすべきと判断したようだ。


「ガリウス将軍、ケイ右翼ウヨクへまわり込んで帝国軍をたたいていただきたい。私は左翼サヨクへまわり込む」

「ミゲル将軍、承知ショウチいたしました」


 おれとガリウス将軍は麾下キカの大隊を率いて帝国軍両翼リョウヨクの軽装歩兵大隊・騎馬中隊へと駆けていく。


 残されたカートリンク長官閣下カッカは直属大隊の兵を幅いっぱいに広げて防御ジンき、わが軍の前衛と中衛の退路を確保するべく動いた。


 そしておれたちが帝国軍軽装歩兵大隊、騎馬中隊へと攻撃を仕掛け、帝国の両翼リョウヨクひるんだ機会を見計らって、

「全軍退却だ!」

 屈辱クツジョク号令ゴウレイを発した。


 しかし、勢いに乗る帝国軍の追撃は苛烈カレツを極めた。


 おれたちの行動で包囲の手が弱まっているとはいえ、この時点ですでに前衛四将軍の各大隊は瓦解ガカイしている。

 今はできるだけ残兵を逃がそうと、カートリンク長官閣下カッカは攻め寄せてくる帝国軍前衛の重装歩兵大隊を食い止めるべくその場に踏みとどまった。


 おれはといえば、帝国軍の騎馬中隊と軽装歩兵大隊の背後をおそって反撃を試みるが、勢いに乗った帝国軍の進撃をにぶらせるので手いっぱいだ。

 そんな中で凶報キョウホウが届いた。


「アダマス将軍、討ち取ったり!」

「ソフォス将軍、討ち取ったり!」


 これでクレイドと渡りあえる将軍がいなくなった。

 あれだけ身動きがとれなくなっては、いかに個人のほころうとも無限に湧き出す水にも似た帝国兵の槍衾やりぶすまつゆとなるほかなかったのだろう。


 そこまで考えを進めたとき、ひとつのサクが思いついた。

 いや、サクというより願望でしかなかったのだが。


「イングス将軍、討ち取ったり!」

「トロミノ将軍、討ち取ったり!」


 すぐさまナラージャとラフェルを呼び寄せてサクを伝える。

「ナラージャ中隊長。貴官は麾下キカ中隊を率いてここから回り込み、クレイド大将と一騎イッキちに挑んでくれ。ラフェル分隊長は、ナラージャ中隊の進路を確保するのだ。急げ!」


「大将、ここでふたつの中隊を欠くと残りで帝国部隊の足は止められんが、それでもよいのか?」


「この陣形ジンケイはおそらくもうもたない。逆転するには帝国大将であるクレイドを倒す以外手はないのだ。私の心配より、今はクレイドを倒すことだけ考えてくれ!」


「了解した。すぐにクレイドをち取ってくるから、それまで生き延びていてくれよ!」

「ミゲル閣下、必ずまたお会いいたしましょう。それまでご無事で」

「ナラージャ中隊、ラフェル分隊は俺に続け! こと一刻イッコクを争う。行くぞ!」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る