第8話 昇格・怪しい雲行き

 王城の軍務長官執務室にて、じいさんつまりカートリンク軍務長官閣下カッカおれを含めた五名の将軍がつどっていた。


 じいさんが新任の将軍であるおれへ問いかける。


「では、帝国はエビーナ大将の後任にクレイドをあてるというのか?」

「おそらく」

 そう答えながら、俺は確信していた。


 王国軍において反カートリンク派の主だった将軍は、先月の「テルミナ平原の戦い」でクレイド騎馬中隊長ひとりに倒されている。


 ここに集まっているじいさんとガリウス、そしておれ

 さらにイングス将軍とトロミノ将軍はカートリンク派である。

 先の戦いでクレイドにち取られたタリエリ将軍もしかり。


 軍の運用理論に明るいイングス将軍が口を開く。

「ガリウス将軍の意見を聞こうか」


「私は半信半疑でございます。しかしミゲル将軍には確信があるようです」


 手堅てがたい用兵手腕シュワンに定評のあるトロミノ将軍が問うた。

「根拠を聞こうか。若造わかゾウ


かしこまりました。まずクレイドが次期大将となる理由についてですが」

 俺は椅子いすから立ち上がって、手振りを交えてわかりやすく説明していく。


きエビーナ大将の後継は、その配下から選ばれなければなりません。カートリンク軍務長官閣下カッカの読みでは、第二重装歩兵大隊長のレミア皇女が選ばれるだろうとのことでした。しかしそれはないと存じます」


「ミゲル将軍、なぜかな?」

 イングスがたずねてきた。


「前提からお話し致します。仮に三大将のうちの二名、ヒューイット大将やマシャード大将の配下から選ばれでもしたら、エビーナ配下の兵たちが納得できず、新大将の命令にも素直には従いますまい」


「確かにそういうものだな。大将が全軍を率いているがゆえ、兵たちが大将に従わないで戦に勝てる道理ドウリがない」


「はい。そうなると新大将は兵の皆が納得できる者がならなければ、これと同じことになります」


 じいさんが聞いてきた。

「レミア皇女では兵たちが納得しない、というわけか?」


「おそらく、いえ、確実に納得しないでしょう」


 ここからうまく説明できなければ、若造わかゾウ戯言たわごとで片づけられ、今後の発言力も低下してしまうだろう。

 気を引き締めて論を進める。


「エビーナ大将を守護するべき騎士団は、その役目を果たせずみすみすわが中隊の“無敵”のナラージャにたせてしまった。これでは騎士団長を大将とするのは適当ではありません」


 じいさんだけでなく、左右に座るイングス将軍、トロミノ将軍にも目配せする。


「重装歩兵大隊長二名は、当初わが軍の前衛六将軍により戦線を維持するのが精いっぱいでした。それまではこれといった軍功グンコウもございません。クレイドの騎馬中隊が突撃してきたタイミングを見計らって前方からわが軍を圧迫して身動きがとれない状態に追い込んだ第二重装歩兵大隊長がくだんの皇女レミアだったはずです。彼女であればエビーナ軍の兵士たちからしたわれているという話なので大将への昇格も不思議ではない。それはカートリンク軍務長官閣下カッカのご推察どおりです」


 じいさんは険しい視線を送ってきた。


「しかし戦局を一変させたのは皇女レミアではなく、騎馬中隊長クレイドであるのはるぎのない事実です。また軽装歩兵大隊長のうち一名はわが中隊のナラージャに道をゆずってしまったがためにエビーナ大将への接近を許してしまったおかしております。先月のいくさにおいて軍功グンコウ第一は、誰が考えても騎馬中隊長クレイドです。王国の七名の将軍をち取り、本営アマム軍務長官閣下の身辺シンペンおびやかした武は、勝敗を問わず最も輝かしい」


 勢いで話している自覚があったので、あえてひと呼吸おく。


「確かに皇女レミアは王国軍の兵をおおいにたたつぶしました。しかしそれは騎馬中隊長クレイドがわが軍に突撃し、将軍がち取られるのと時を同じくします。つまり皇女レミアの功績とは、クレイドの殊勲シュクンのおこぼれにすぎないのです。あの戦場にいて、皇女レミアと騎馬中隊長クレイドのどちらがより活躍したと兵たちは判断するでしょうか」


「つまりレミア皇女の功績コウセキより、クレイドの働きによってわが軍がくずれた事実に重きがあるのか」


「さようです、閣下」


「確かに一理ありますな、カートリンク閣下カッカ

 トロミノ将軍が賛同してきた。


「もしクレイドが新大将となれば、比類なき個人の武のみならず、率いていた騎馬中隊をさらに機動的に用いてくるでしょう。これほど手強てごわい大将は、帝国史上でもまれと言わざるをえません」


 あとはイングス将軍の支持をとりつけられれば。


「ただ、問題があるとすれば、軍功グンコウ第一とはいえ一介イッカイの騎馬中隊長が騎士団長、重装歩兵大隊長、軽装歩兵大隊長を飛び越して大将となるのを、エビーナ配下の士官がいさぎよしとするかです。クレイドの勇名は七将軍を失った王国はもちろん、帝国でもとどろいているはず。であれば、より軍才の確かなクレイドが大将となるのは明白でしょう」


 この場にいる軍務長官閣下カッカと三名の将軍は、俺の推測を聞き入ってくれた。


「そしておそらく、いえ間違いなく、大将へ昇格したら近日中に兵を挙げて攻め寄せてくるはずです」


「先月戦ったばかりですぐ戦を挑んでくると言うのか」

 カートリンクのじいさんが割って入ってきた。


「中隊長が飛び越して大将となるのですから、士官や兵の中には疑念を抱く者も出るでしょう。だまらせるには、実際に兵を率いて用兵手腕シュワンを見せつけるほかありません」


「確かにミゲル将軍の言うとおりかもしれませんな」

 その軍才は王国軍で屈指クッシのイングス将軍が賛同してくれた。


「となれば、すぐにわが軍も練兵レンペイせねばなるまい。将の命令を聞かぬ士官や兵では、ガリウス将軍、ミゲル将軍も手腕を発揮できぬだろうしな」

 トロミノ将軍も同意した。


 残るはじいさんだが……。

「わかった。ミゲル将軍のゲンが正しい。王国軍はただちに警戒態勢をとるよう、陛下へ上申致す。みなはここで待機しておれ」


 じいさんが席を立ち、小間こま使づかいの小隊長に国王への謁見エッケンむねを伝令させた。


「しかしミゲル将軍はたいしたものだ」

 イングス将軍が声をかけてきた。


「いえ、私は感じたままを申しただけです」


「仮にクレイドが大将へ昇格しなかったら、帝国は攻めてこないと思うか?」


 明らかに探りを入れてきた。

 あまり迂闊ウカツな話はできそうにない。


「確かにクレイドが大将へ昇格しなければ、攻める口実がありませんから。例年どおり来春ライシュンまで攻めてこないでしょう」


 廊下ロウカから何者かが走ってくる足音が聞こえてきた。送り出した伝令が帰ってくるには早すぎる。

 執務室の前で止まると、伝令が書状を守衛に渡す。

 その様子を耳にしていたおれは、入り口まで歩み出てとびらを開け、書状を受け取った。


 宛名あてなを見ると。

「軍務長官閣下カッカあてですね。閣下カッカ、こちらをお受け取りくださいませ」


「それは速達だ。内容はだいたい察しがつく」


 じいさんへ速達の書状を手渡すと、もしかしてとカンづいた。

 書状を読み始めたじいさんは、すぐさまそれをおれに渡してきた。


「ミゲル将軍、ケイの読みどおりだ」


「ということは……」


 俺は書状に目を通す。推測は正しかった。


『レブニス帝が帝国軍クレイドを新大将に任じる。今九月中に王国軍と手合わせするよう下命する』


「当たらなかったほうがよかったかもしれません」


 じいさんがランドル国王陛下へつかわせた伝令が戻ってきた。面会を受け入れるそうだ。

 使い走らせるべく、じいさんは伝令を集めて言った。

「全将軍を参集する。アマム、アダマス、タクラム、ソフォス各将をただちに呼んでまいれ」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る