第二章 勇者の挑戦

第7話 昇格・王国の分裂

 プレシア大陸の南東地方には東と南を海に、北と西を山脈に囲まれた広大な平野がある。

 そこには二本の大河が流れていた。平野の西から東に伸びるアルビオ河と、その上流にあるテリオス湖から南東に伸びるルドラ川である。

 双方の川幅は広く、平野を三分割していた。


 二つの河川に挟まれた土地は“中洲なかす”と呼ばれている。

 温帯でよく雨の降る気象条件から頻繁ヒンパンに洪水が起こるため人の定住には適さない。

 氾濫ハンランする反面肥沃ヒヨク穀物コクモツのよく実る豊かな大地でもあった。


 “中洲なかす”の上流域にはカンベル山稜が横たわっている。

 高さはそれほどでもない。

 カンベル山稜には小高い丘があり、そこに四つの細い通り道がある。

 小規模の軍同士でこれまでいくさが幾度も起こっている。


 中流域には四方にさえぎるもののないテルミナ平原が広がっており、先月のいくさもここで行なわれた。大兵力を展開・運用できるため、レイティス王国とボッサム帝国のいくさは、ほとんどの場合ここで繰り広げられている。



 北のアドリア山脈を越えてやってきたある部族は、アルビオ河の北岸にレイティス王国を打ち建てた。

 レイティス王国は肥沃な“中州なかす”を食糧ショクリョウとして急速に繁栄し、人々が街にあふれかえるようになる。


  六代国王は増えすぎて王都からあふれかえった国民を減らす口実として、ルドラ川西南セイナンガンへ大規模に移民させて新天地として領土を手に入れると定めた。

 ルドラ川上流域の渓谷ケイコクに巨大な吊り橋を建設し、増えすぎたレイティス国民を半減させる政策だ。

 この地は“新地”を意味するレイティス語にならい「ボッサム」と名づけられた。

 野獣の跋扈バッコする危険な土地であったため、これまで移民は行なわれていない。

 しかし人口が増えすぎた以上、多くの民をこの危険な地へと移住させなければ王国の健全な財政がたもてないのだ。



 移民は困難を極めた。時の六代国王は「ボッサム」を“最後の楽園”と称して移住希望者をつのった。

 そして盛大に送り出しこそすれ、現地の開拓カイタクにはいっさい手を貸さなかったからだ。

 そのため、強固キョウコ城壁ジョウヘキが築きあげられるまでに幾万イクマンもの犠牲ギセイシャを出すこととなった。


 便宜上ベンギジョウルドラ川南西セイナンガンに造営される新領地は「ボッサムむら」の仮称で呼ばれていた。

 その中で山脈を背にし水利と陽あたりがよい高台に城邑ジョウユウを構えることとなった。


 移民行政官の前任者たちは、都市建設の至難さとあまりの忙しさで過重労働が続く。

 いずれも耐えきれずやまいし、次の移民行政官としてレブニス伯爵ハクシャクが着任する運びとなった。

 さわやかさを想起させる澄んだ青い瞳を持つ壮年ソウネンの貴族である。

 文官の貴族ではあるが法学・兵学の心得もあり、与えられた役割をじゅうぶん以上の成果で応えた。

 のちの歴史家は彼の手腕シュワンを「非凡というより偉大な奇跡」とたたえている。

 しかし当面は「人のよい勉強家」としてむらびとに親しまれることとなった。


 若きレブニス伯爵ハクシャクは、まず城壁ジョウヘキを作る場所に思案した。

 そこで行政官邸カンテイを置くべき場所として、城邑ジョウユウの高台を定めて建設を急ピッチで進める。

 並行して官邸カンテイにいちばん近い一隅イチグウに最初の城壁ジョウヘキの建設を始めて守備人員を集中させた。

 官邸カンテイがないことにはいかに非凡なレブニス伯爵ハクシャクといえど城邑ジョウユウの建設推進と治安向上を同時には進行させられない。

 緻密チミツな計算と建設の効率化により、着工からふた月で一隅イチグウの城壁と行政官邸カンテイが完成する。


 次に部下がそこから城壁ジョウヘキ伸延シンエンする案をレブニス伯爵ハクシャクに提出した。

 これは却下され、残り三隅みすみ城壁ジョウヘキ新設へ順次着手した。

 四隅よすみ城壁ジョウヘキが完成すればあとはすみすみの間に飛び石で城壁ジョウヘキを築いていく。

 外敵から襲われる危険性を可能なかぎり排除ハイジョした、最も効率のよい手順を実行に移した形だ。


 あれだけ難渋ナンジュウを極めた城邑ジョウユウ「ボッサムむら」の城壁ジョウヘキ建設は、レブニス伯爵ハクシャクの着任からわずか四年で完成を見た。


 移民たちは当然のごとくレブニス伯爵ハクシャク手腕シュワンを高く評価した。

 城邑ジョウユウ完成まで祖国であるレイティス王国からなんら助力を得られなかった不満は人々の中でまりにまっている。


 そこで移民たちは「ボッサムむら」をレイティス王国から独立させようと策動サクドウし始めた。


 とくに商業組合所属の豪商ゴウショウ|四家は新領地の開拓に意欲的だった。

 己が財産を惜しみなくぎ込み、王国移民行政官であった壮年ソウネンのレブニス伯爵ハクシャク支援シエンしてきた。

 親身シンみだったのはレブニス伯爵ハクシャクに対してであり|レイティス王国にではない。

 なぜなら「ボッサムむら」が完成すれば、その商業を四家で牛耳ギュウジれるからである。

 物流を制した商人が最も財産を築けるのだから、投資対象としていささか博打ばくちの面もあった。

 しかしさらに財産を築こうと思えば、この程度のリスクはり込み済みである。


 「ボッサムむら」の城壁ジョウヘキ完成までの間に、家族を野獣に襲われた四家は六代国王にいきどおり、死者をとむらう席においてレブニス伯爵ハクシャクを担ごうと意見を一にする。


 弔事チョウジの翌日のこと。

 前夜の告別式での言動などレブニス伯爵ハクシャクにはおぼえがまったくなかった。

 彼はそもそも酒に弱い。

 それなのに豪商ゴウショウたちがひっきりなしに乾杯カンパイを繰り返すため、許容量はとっく超えていたのだ。

 四家の代表は、二日酔いに悩まされながらも居住区の建設指導に熱が入る移民行政官を訪ねてきた。

 建設の指揮を執っているレブニス伯爵ハクシャクに近寄り、酒席で彼が直筆で署名したとする「独立起案書」を証拠ショウコとしてかかげてみせた。

 その場にいただれもがレブニス伯爵ハクシャクによる新しい国家を望み、移民を人とも思わぬレイディス王国六代国王の態度にはばかることのない声をあげた。


 四家は新領地に居住する新生「ボッサム人」の集会所に足しげく通い、移民従事を課せられた民衆を裏からきつけてまわった。

 策動サクドウが王国側に看破カンパされれば、「ボッサム人」は王国の権威をないがしろにしたとがむち打ち百回、無期限の懲役、財産の没収が予想されたため、話は城邑ジョウユウ外にはらさない気の配りようだ。


 城邑ジョウユウの八割が完成するとき、レブニス伯爵ハクシャクは「ボッサムむら」の法律と軍律を体系化し、自治独立が可能な政治体制の母体を生み出した。

 レブニス伯爵ハクシャク豪商ゴウショウ四家を後ろ盾として担ぎ上げられ、密かに「皇帝」の地位をおくられた。

 大陸西部の国家群に、自ら「天帝」を名乗る為政イセイシャがいたので、それにならった形だ。


 城邑ジョウユウの完成とともにレブニス伯爵ハクシャクは正式に「ボッサム帝国」をおこし、むらの領民は「帝国民」となって、王国に公然と反旗ハンキひるがえしたのである。


 以来レイティス王国とボッサム帝国は“中州なかす”の穀物コクモツを奪い合い、戦争を絶やすことがなかった。


 当初は秋のり入れ時に“中洲なかす”に実る穀物の奪い合いが高じて軍を集めて衝突させていた。

 それが二つの大河の氾濫ハンランが収まる春にも、勢力を張り合うようになる。

 そうして毎年の秋と春にいくさが行なわれる習わしとなり、それは今日コンニチまで続いていた。



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