第6話 式典・決意の船出

 じいさんは国王陛下に向き直り視線を合わせる。


「帝国は亡きエビーナ大将の後継者として第二重装歩兵大隊長の皇女レミアを充てるでしょう。先月の戦いにおいてわが軍の右翼ウヨク側背ソクハイおびやかした騎馬中隊長と呼応してわが軍を挟撃キョウゲキし、徹底的に殺戮サツリクしております。戦果を考えれば彼女が大将にくのが筋です。わが軍の七将軍を倒した騎馬中隊長も非凡だと思いますが」


 半身を向けつつヤツの名を尋ねてきた。


「名をクレイドと申します、陛下」


 じいさんの問いに対し、国王陛下へ答えた。


「聞くところでは、そのクレイドの戦い方はまさに鬼神キシンのごとく凄絶セイゼツなもの。おそらく次は重装歩兵大隊長となるでしょう。そやつと戦う機会が訪れたら、対峙タイジした経験のある彼らは貴重な戦力となるはずです。この二名にはこれからの戦場で改めて経験を積み、実績を示させればよいではありませんか」


 カートリンクはその場に居合わせたすべての者の耳に入るようよう告げた。


 場がひと段落つくと、国王陛下は俺たちの顔を見つめた。そしてなにか物足りなそうな雰囲気を醸し出す。


「そちたちはどのような将軍を目指すか。ガリウス中隊長、答えよ」


 そう陛下は問うと、

「カートリンク長官に師事し、知勇チユウ均衡キンコウがとれた将軍を目指します」

 ガリウスは即答した。


「ミゲル中隊長、答えよ」

 一方俺は長考チョウコウした。

 先ほど控え室で決意していたはずが、この場において揺らいでいる。

 推挙スイキョしたじいさん、カートリンク軍務長官の面目メンボクも考えれば、ここで「辞退したい」などとはとても言えない。

 かといって躊躇チュウチョなく人を殺めるような人物にはなれそうもなかった。

 そもそも戦果をあげるために人を大量に殺す必要があるのだろうか。

 戦争における勝利とはなんなのか。


 長い思索の末、意を決した。


「できるかぎり人をあやめない将軍を目指します。それは味方のみならず帝国や異民族に対してもです。戦争の勝利とは相手を作戦遂行スイコウが困難な状態に追い込むことであって、大量殺戮サツリクではありません。もし国王陛下にお聞き入れいただけないのであれば、将軍の位をお受けしえないものと存じます」


 腹のうちを包み隠さずランドル陛下へ伝えた。


 その言葉にランドル陛下とじいさんは一瞬呆然ボウゼンとしてしまったようだ。しかしふたりともすぐ穏やかな眼差しに変わった。


 昔じいさんから聞いた話だが、若かりし頃ランドル王太子はじいさんとともに異民族の侵攻を幾度となく撃退してきた。

 歯向かう者には容赦せず、服従を示してくる者は寛大カンダイに受け入れる。


 無用な血が次代の復讐フクシュウシンあおるのだ。

 おれの考えは当時のランドル王太子殿下とじいさんの意志を現代にも通用させようという一面もあるのかもしれなかった。


 “肉まんじゅう”はここでも、

「そんなことは夢物語だ。将軍という役職は現実に相手を打ち滅ぼさねばならん。そんな了見リョウケンなら初めから将軍になぞならないほうが身のためだぞ」

 とはばからなかった。


 だが、ランドル陛下は意に介さず、

「よろしい。そちたちの心構えはよくわかった」

 と答え、すぐ眼光を鋭くして側近に目配せする。

 剣とマントを持ってこさせたのだ。


「レイティス国王ランドルは、軍務長官カートリンクが推すガリウス、ミゲル両名を将軍に任ずる」

 両者前へとじいさんが告げるとまずガリウスが、次いでおれがそれぞれ壇を登り国王の前に歩み寄り、ひと振りの宝剣と将軍を表す紫のマントをたまわった。

 その場でマントを重ね着して将軍列の左右末席へと移動する。


 見届けたじいさんは全将兵に対して宣言した。

「ガリウス、ミゲル両将軍は当面私の下で部隊を率い、将軍としての才幹サイカンに磨きをかけてもらいたい」


 将軍の何名かがかもし出す雰囲気は、じいさんへの冷ややかな視線を表しているかのようだった。


 “肉まんじゅう”アマムは「軍務長官の座を追われたのは老いぼれカートリンクのせいだ。中興チュウコウの功労者であったことを鼻にかけている」とまったく見当外れな感情を周囲に漏らしている。


 漏らすというより世論を誘導して多数を手に入れようとしていたのだろう。

 他の三名も軍務長官の座を争う以上、じいさんが失敗してほしいと考えていたのだ。

 彼らが高職を奪い合っている以上、自ら赫々カクカクたる手柄てがらを挙げ、国王陛下に認められようとする悪しき風潮が蔓延るだけだ。


 断崖ダンガイふちで背を向けて立つ将来へ、不安を覚えずにおれなかった。



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