第4話 式典・儀式の始まり

 本堂の大扉おおとびらを抜けると、整然としたいろどりで立ち並んでいるマントの帯が千ほど微動だにせず直立していた。


 マントの色は入口から奥に伍長・什長が青、小隊長が水色、中隊長が黄色。

 赤のマントは士官学校の卒業生つまりおれとガリウスのみが着用し、式典以外で人々の目に触れることはない。

 それほど卒業が王国にとっては格別の扱いとなっているのだ。


 ガリウスとともに、先導する若者に従ってダンの手前まで歩み出る。


 一壇イチダン上には六名の将軍がそろいの甲冑カッチュウに紫のマントを羽織はおり、左右に三名一列ずつ並んでいる。

 将軍は正式の場ではよろいを着用する決まりだ。

 屋内であるためかぶとは小脇に抱えている。

 ただし佩剣ハイケンゆるされていない。

 国王陛下に危害が及びそうなら、その身で防げという覚悟のあかしだ。


 はがねの筋肉がはちきれんばかりで窮屈キュウクツそうにしているアダマス将軍、脂身あぶらみくるまれて素早く行動できそうにない前軍務長官のアマム将軍も見える。

 いかに能力によらない昇格がなされてきたか。

 この場にいれば誰でもひと目で察するだろう。


 将軍列の一壇上の中央向かってやや右に再任されたカートリンク軍務長官閣下カッカつまりおれたちのじいさん、向かってやや左にムジャカ王国宰相サイショウ殿下がたたずまっていた。


 軍務長官は軍制でランドル国王陛下にぐ地位であり、宰相サイショウは内政で陛下にぐ地位である。


 じいさんは七十二歳相応な銀髪を短く刈り込み、同色の口ひげを整えている。

 よろい負けしない精悍セイカンな体で背筋も正しく立ち、居並ぶ将軍をアッする重厚さを放つ。

 今はこちらを向いているため見えないが、マントは将軍職を示す紫色に黄色い十字の帯が描かれている。

 軍務長官専用のマントだ。

 軍務長官は特別に佩剣ハイケンを許されており、国王陛下最後の盾となる。


 ムジャカ宰相サイショウ殿下は八十八歳だが、課せられた職務の煩雑ハンザツさを直属の部下へ適正に振り分ける能力にけていた。

 独創性には欠けるが行政処理能力はきわめて高く、国王陛下の信任を四十年以上もたもっている。


 王国の弱点は組織の要となる役職での高齢化とそれに伴う運営の硬直化が挙げられよう。

 辣腕ラツワン宰相サイショウ殿下といえど近年やまいかかることが多くなった。

 国政のかなめとなる逸材イツザイの後を受ける早急サッキュウな世代交代が求められるはずだ。

 宰相サイショウ殿下には子が二人、孫が五人いるためちまたでは世襲セシュウを要望する声も数多く挙がっている。

 だがじいさんから聞いた話では、当人にその考えはないそうだ。

 最も行政処理能力が高く、とくに人望の厚い者を後継者に得たいらしかった。

 しかし比較となるムジャカ宰相サイショウ殿下が非凡である以上、どうしても人選が難しい。


 今は贅沢ゼイタクな悩みではあるが、年齢からして早急サッキュウに後継者を定め、円滑エンカツな引き継ぎで国政を揺るがせないのも、高齢の宰相サイショウ殿下の務めではないだろうか。


 じいさんと宰相サイショウ殿下のさらに一壇上の向かって左側には純白のドレスをまとった王女殿下と王孫の姫君が綺羅キラびやかな椅子いすに腰かけている。

 王国の軍事式典に女性王族が出席することはきわめてまれだ。


 そもそも王国軍は男性のみで編成されているので、この場にいるのは男性のみとなるはずだった。

 しかし今年二十二歳になった王孫の姫ソフィア様は、国王陛下とじいさんをカイしておれたちを兄としたってくれている。

 そんな「兄様」ふたりの将軍昇格の晴れ舞台をぜひておきたいと、たっての希望で出席を望んだのだ。

 姫君は輿こし入れ適齢期であり、国王はすぐにでも彼女に似合いの者をとおもんぱかっているらしい。

 ソフィア様から直接聞いた話ではあるのだが。心を許せる親しい男性にはおれたちも含まれるそうだ。

 しかし当のソフィア様は「兄様方は特別」と仲のよい友人関係であるため、別に将来性豊かな男性を早めに見つけねばならぬ。と陛下がじいさんと贅沢ゼイイタクな悩みを話し合っていたそうだ。

 ソフィア様の母であるユリア王女殿下が、彼女はおれたちでもかまわないのだ、とそう語ってくだされた。

 それなのに周りが取り越し苦労するさまを、ユリア王女殿下はややあきれ顔でからかいながらながめやる。

 それが平和な宮中キュウチュウつねであった。


 王女殿下と姫君より三つ高壇コウダンの正面にえ付けられた銀色の玉座に老王ランドル陛下が腰かけている。


 銀灰色シルバーグレーの髪が肩を過ぎるほどの長さを有する。

 頬もこけ上体を玉座に深く預けて七十二歳相応のおとろえはうかがえる。

 反面、眼光には鋭さが宿り、その視線に俺は射すくめられて神の威光に似た貫禄カンロクさえ覚えた。

 金と宝玉をふんだんにあしらった背の高い儀礼用の王冠をいただく。

 並みの老人なら首の骨が折れるほどの重さであろう。


 壇下ダンカで俺たちは深く一礼すると片膝かたひざをついて臣下シンカの礼をとった。


 それを見たじいさん、カートリンク軍務長官閣下カッカは国王陛下に向かい、

「陛下。こちらに控える二名が、此度こたび将軍に推挙スイキョ致したい者たちでございます」

 と紹介を始めた。


「左に控える背の高い栗毛の青年はガリウスと申します。先の戦いで右翼ウヨク側背ソクハイより攻め寄せる帝国軍騎馬中隊に七名の将軍をすべて倒された中、わが軍本営を指揮するアマム軍務長官を守り抜いた中隊長です」


 ガリウスは立ち上がり、国王陛下に深く一礼して片膝かたひざをつく体勢に戻った。


「右に控える赤毛の青年はミゲルと申します。先の戦いで老獪ロウカイ手腕シュワンふるってわが軍の将兵をしたたかに打ち減らした帝国大将エビーナを討ち取った中隊の隊長です」


 ガリウス同様、一礼して元に戻った。


「カートリンク。ふたりはそちの秘蔵ヒゾウこむと聞いておるが」

 ランドル陛下は落ち着いた口調でたずねた。

 じいさんつまりカートリンク軍務長官閣下カッカは若い頃、ランドル王太子殿下とともに幾度となく北方と東方の異民族征伐セイバツに赴いて平定にあたり、勝利を分かちあってきたと聞く。


 国王陛下の右腕であり、第一の理解者であり、親友でもあった。


 それゆえ互いに全幅の信頼を寄せているのだろう。

 おれたちがその信頼するに足る才幹サイカンを受け継いでいれば、後年王国軍のいしずえともなろう。

 国王陛下の問いはすなわちそれなのだ。


「二名とも幼きころに肉親を失い、士官学校へ入るまでは私が面倒を見ておりました。しかし、士官学校に入ってからは彼らに何も助言はしておりません。現在ではいずれも統率力にけておりますが、それとてひとえに彼ら自身の資質と努力の賜物たまものです。ひいき目なしで将軍として適格だと存じます」


 聞いていた六将軍の中から、国王陛下の面前をはばからずあざけり笑いが聞こえてきた。

 中でもみにくく太った将軍アマムは「おしめもとれぬひよっこではないか」と露骨ロコツいやみを、わざと聞こえるような大声でたたく。

 この脂身あぶらみよろいせているような“肉まんじゅう”は先の軍務長官であり、おれたちが戦場で守り抜いた人物でもある。


 それに雷同ライドウする“武神”アダマス将軍。

 一騎討ちでは敵なしと称され、クレイドとも三度対戦しすべて決着がつかなかったとされている。

 このふたりを演習で打ち負かして将軍昇格を内定させた。

 だからおそらくこれはおれに対するいやみなのだろう。

 それゆえ心中シンチュウおだやかではいられなかった。


「先の戦いでわが軍が敵騎馬中隊に右翼ウヨク側背ソクハイおびやかされた際、ガリウス中隊は敵の猛攻モウコウを食い止めて全軍壊滅カイメツを防ぎ、ミゲル中隊がその間に敵大将エビーナをち取りました。赫々カクカクたる戦果でありましょう。皆様は物忘れがお早いのか」


 じいさんの皮肉まじりの言葉で、“肉まんじゅう”と“武神”はそれ以上のいやみをつぶさざるをえなかった。



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