第3話 式典・吐露

 しばらく静寂が続く。


「なぁガリウス。おれはできれば将軍になりたくないな」


 さりげなく告げた。当然ガリウスは困惑する。


 士官学校に在籍する者はみな将軍になることを夢見ている。

 それはガリウスも同じだ。

 しかし兄弟同然のおれがなりたくないと言う。

 これも命の重さを最もたいせつにするじいさんの教育の賜物たまものだろうか。


「小隊長の頃は部下の生存が第一だった。戦闘の中でどれだけ生きて帰れるか。酒場でみなと生を喜びあう瞬間がなによりうれしい。だが将軍になれば戦果が求められる。敵をいかに殺すかを考えなくてはならない。俺は“人殺し”にはなりたくないんだ……」


 “人殺し”


 おれがたびたびこぼすグチだ。


 率いる人数が少ないほど、仲間と生還できたことを素直に喜びあえるものだ。

 なのに一般的に上官に認められるには、殺した人数が多くなければならない。

 味方の犠牲ギセイを払ってでも、より多数の敵を撃滅する。

 用兵とはまるところ、どれだけ効率よく味方を殺してより多数の敵を倒すか。

 それが将軍に求められている最重要の資質だ。


 ガリウスは前回の戦いにおいて、アマム軍務長官目がけて王国軍の右翼ウヨク側背ソクハイより威容イヨウ巨躯キョクを先頭にせまりくるクレイド騎馬中隊を、麾下キカ中隊を率いて亡きタリエリ将軍とともに必死の防御で食い止めた。

 前軍務長官を守り抜いた功績により、今回将軍の位にされたのだ。


 この例では人をどれだけ生かしたかが判断基準とされた。

 他の部隊がおおいに打ち滅ぼされている現状にあって初めて価値が認められるのだ。

 勝ち戦であったなら、いくら自分たちの部隊が生き残ったとしても将軍への昇格には至らなかったろう。


 指揮官のいなくなった部隊は戦場を離脱するのが大陸国でのいくさにおける不文律フブンリツである。

 そこを突いて俺とガリウスは兵卒には目もくれない。

 対峙タイジする帝国の部隊長を「ねらって」攻撃する。

 よって他の小隊長に比べて圧倒的な戦果、つまり少数の犠牲ギセイで数多くの指揮官を倒していた。


 中隊長として臨んだ先のいくさでも、敵本営を直撃して帝国大将エビーナのみを求めて突き進み、ち取ったのは俺の中隊だ。

 直属のタリエリ将軍から突撃を命じられ、帝国軍右翼ウヨク側背ソクハイに攻撃を集中させたのだ。

 最小限の被害で戦闘を終わらせるには自らの主義に反してでも、進んで敵大将をたなければならない。


 おれの用兵は精鋭である“無敵”のナラージャ筆頭小隊が敵部隊に穴をあけ、弱卒をそこへなだれ込ませる。

 敵を混乱におとしいれ、統御トウギョを回復するいとまを与えずに“切り札”であるナラージャが敵指揮官を討伐トウバツするのだ。

 どれほど相手の陣容ジンヨウが大きくかたくとも、短時間で司令塔を落とす速戦の用兵は他の追随ツイズイゆるさない。


 結果戦闘の苛烈カレツさのわりに敵味方の死者数がどの中隊長よりも極端に少なかった。

 身の安全をたもちつつ味方のみならず敵をも無用に殺さない高潔コウケツさこそ、兵士たちがおれを信奉してくれる所以ゆえんだろう。

 とガリウスに分析されていた。

 俺自身としては高潔コウケツさとはほど遠いくらいのがらの悪さなのだが。


「なら、いつも僕たちがしているようにすればいいんじゃないかな。相手の指揮官だけにねらいを定めて仕留めるんだ。どうすれば指揮官へたどり着くまでの道を切り開けるか。そのためには兵士たちをどう用いればいいのか。それだけを考えればいい」


 後悔コウカイめている面持ちだったのが見えたのか、ガリウスはやさしくなだめてくれた。


 いつもは控えめなガリウスだが、おれが弱気になったときは年長としての心配りを忘れない。だからおれはつねにえらぶった口調だが、ガリウスを無二ムニの親友としたっているのだ。


 思い切るとすっくと立ち上がった。


おれが率いる軍は、おれのやり方で活用する。誰でもない、おれの軍なのだから」

 みぎ!こぶしひだりてのひらで受け止めながら、自らに言い聞かせるように告げた。


 揺れ動く心が落ちついてくるのを感じ、ガリウスに謝意を示す。


 おれは気が迷いやすい。だが実戦となれば躊躇ためらいを捨ててひとつに打ち込む。


 いかに人を殺さず任務をまっとうするか。


 それだけを追求している。

 そのぶん平時でおおいに悩むのだ。


 迷いの晴れた俺を見てガリウスも安堵アンドしたようだ。



 コンコン。


 控え室のとびらを外から叩く音が聞こえた。


「本堂へご案内致しますので、ご準備を」と若い声が告げた。


 こういった式典の使いや案内は成績優秀な小隊長、未来の将軍候補と期待される者の仕事である。おれとガリウスも行なっていた。


 ガリウスは立ち上がって、彼には少し低めな控え室のとびらをくぐり抜ける。

 おれもそのあとに従った。



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