第2話 式典・控え室で振り返る

 控え室に入ると正面の窓からあたたかな光がし込んでいた。

 中央の席に向かい合ってゆったりと腰を下ろす。


 部屋の四隅よすみを観葉植物が飾っている。

 脚を固定してあるテーブルの奥には、花皿はなざらに王国では秋の象徴とされるテセンムの赤い花が平たくけてある。


 士官学校のテーブルはすべての脚が床に固定されていた。

 昇格できない士官たちは鬱憤ウップンをためやすくいさかいが絶えない。

 場にある「最大の凶器キョウキ」を投げつけては下士官たちに手荒い傷を与えるばかりだった。

 部屋の改装に難渋ナンジュウするが、固定しておく決まりは必要な措置ソチだったろう。ムジャカ宰相サイショウ殿下が二年前に取り決めている。


 これまで帝国や異民族との戦いで多くの将軍がち死にしてきた。

 それにともな年功ネンコウ序列ジョレツで将軍位がめぐってくる。

 現在の軍務長官つまりおれたちのじいさんが有能であるため、長年昇格できない中隊長が増えてしまったのだ。


 以前昇格試験において将軍に推挙スイキョされたアマムは、当時影響力を増しつつあったタルカス将軍の派閥ハバツに属すると、他の将軍たちに多額の賄賂ワイロを贈った。見返りとして長年軍務長官を務めた老将カートリンクを派閥ハバツの力で辺境へ左遷させ、自身の上司となったタルカス将軍を軍務長官職へ擁立ヨウリツする。それは派閥ハバツによる数の横暴オウボウだった。


 しかしタルカス軍務長官の軍才は平凡未満であり、異民族との和議を破棄ハキして攻め入って王国との不和をあおったり、野獣の群れにすら多大な損害をこうむったり、肝心の帝国軍との戦いでも大敗をキッした。

 しかし賄賂ワイロでタルカスを軍務長官に就けた手前、失脚されると困る将軍が大勢タイセイめていた。

 そこでアマム将軍は、カートリンク派の将軍ひとりを捨てごまとして処断させた。タルカスは責任をとるとして軍務長官補佐へ退いたものの高位に踏みとどまる。


 そして反カートリンク派の将軍を次々と軍務長官に当て、タルカス軍務長官補佐が彼らを傀儡カイライのようにあつかった。そして作戦決定や戦場での指揮権などはタルカス軍務長官補佐が担い、敗戦の責任は軍務長官ひとりに負わせた。彼は自らを安全地帯に置いたのである。

 それから六名の将軍が軍務長官職に入れ代わり立ち代わり就任しては責任をとらされた。


 ガリウスとおれの養育が終わったじいさんが王国軍に復帰すると、ランドル国王陛下はただちに軍務長官に指名して軍制改革をゆだねた。

 無責任の極みだった軍務長官補佐職は廃止され、タルカスは一介イッカイの将軍へと格下げされる。

 しかしその二年後、じいさんが結果を残せなかったとタルカス将軍以下、反カートリンク派の将軍は主張し、数の暴力によってまたもや左遷サセンき目を見そうなところをランドル陛下が将軍職への残留を強く要請し、彼らとしても老王陛下の不興フキョウを買いたくなかったのか渋々しぶしぶ了承した。


 タルカスが軍務長官へ再昇格したのち初となる、病弱なレブニス帝が指揮する帝国軍との戦いで勝利したものの、皇帝が心身を充実させた翌年に大敗を喫し、自らも命を落とした。


 象徴であったタルカス軍務長官を失った反カートリンク派は、賄賂ワイロなどを思いつくアマムの野郎を軍務長官へけようと躍起ヤッキになるが、じいさんがそう簡単に負けいくさをしないので、機会はなかなかめぐってこなかったようだ。

 しかし先の「テルミナ平原の戦い」において、アマムは数の暴力で軍務長官となったものの一軍を統率しえない有様ありさまで、帝国軍騎馬中隊長クレイドの武によって王国軍は散々さんざんに打ち減らされる。アマム軍務長官以外の七名の将軍がクレイドの槍の露と消えた。

 反カートリンク派といえば聞こえはよいが、要は「才能のない者たちの互助ゴジョカイ」なのだ。

 数を集めて指図できる立場を手に入れながら、責任を果たそうとする気概キガイが足りない。だから「反カートリンク派」の六将が戦場でたれたのである。



 ふと意識を現実に戻す。


 部屋の心地よい暖かさに体がくつろぐ。

 テーブルに用意されていた紅茶のポットに手を伸ばした。

 れられてから時をてすっかり冷めてしまっている。

 ガリウスが替わりを呼ぼうとしたがおれはかまわずカップへそそぐと一息に飲み干した。


「今回の卒業生はおれたちだけか」


 ガリウスに向かってはいつもぞんざいな話し方をしている。

 少年期の非行で心がり減っていた。

 高位になればたやすく口調が改まるというものでもない。

 同じ老将の下で育った年上のガリウスはなにかにつけておれを立ててくれた。

 それに応えるのが彼への誠意だろう。


「先月の帝国とのいくさで将軍が七名もち死になさいました。それを補うにしては少ないですね」


 ガリウスはかたわらにあるポットから冷えた紅茶をおれのカップにそそいだ。


「まぁ率いる兵もなく、将軍の頭数を増やしただけで戦争に勝てるというものでもないしな」


 それは俺たちの養い親でこのほど返り咲いた軍務長官の意見でもある。


「率いる兵士が足りない以上、将軍の頭数を増やしても各将軍の手持ちが減るだけですからから。増やしすぎれば諸将軍の不興フキョウを買うでしょうね」


 まったくだと悪態アクタイをつくしかない。



 これまで将軍職は年功序列で任命された。これまで半年に一度、農繁期ノウハンキ直後の春と秋にいくさを行なってきた。

 養父であるじいさんが軍務長官として優秀であったため、老衰ロウスイした将軍の補充も実戦指揮に乏しい中隊長が繰り上がるしかなかった。

 それにより意図せずして次第に将軍の質は低下し、近年帝国の中興チュウコウまねいたとも揶揄ヤユされている。


 先のいくさではおれ麾下キカ中隊を率いて帝国大将エビーナを倒した。引き換えに王国側は七名の将軍を戦死させ、生き残った将軍は前任の軍務長官であるアマム将軍ただひとり。

 王国にとっては失うものばかりが多かった。


 この状況を打開するには、将軍の質を重視した精鋭の軍隊を調ととのえる必要がある。

 返り咲いたじいさんは強硬にそう主張したらしい。

 だからこそ養い親は諸将軍の反対を押し切った。

 俺たちふたりの若造わかゾウを将軍の列に加えるようこだわったのだ。


「じいさんのえこひいきだと、将軍や中隊長の間では持ちきりらしいな」


 手を広げリョウてのひらを上に向け、肩をすくめて嘲笑あざわらった。


「カートリンク様はたいへん公平なお方です。僕たちが養子だからといって、それを理由に昇格させようとはなさいますまい!」


 ガリウスはうわさに対して声をあらげたつもりだったが、おれに八つ当たりしたような格好になってしまいあわてて「すまない」とびた。


 おれもちょっと言い過ぎたと思い、

「軍務長官の思惑おもワクはどうであれ、周りからはそう見られるということさ」

 と自ら心に刻みながら返す。


「俺たちが将軍になったことで、順番を飛ばされたと思っている中隊長は五指ゴシに及ぶ。戦前なら十指ジュッシを超えていたのだがな。そういう者たちのねたみが高まっているのは事実だ」


 将軍や中隊長のやっかみがうわさの火に油をそそぐ。おれとガリウスは中隊長として先の戦闘に従事した。実質的には司令部ソウくずれの大敗だが、俺たちの用兵により軍務長官を守り抜き、帝国大将をち取ったのだ。

 他をアッする用兵ヨウヘイ手腕シュワンを認められての昇格である。


 もちろん当時の軍務長官であったアマム大隊の副官中隊長も候補に挙げられてはいたのだが、なにひとつ戦果のなかった中隊長を昇進させるわけにはいかなかった。

 もしアマムが軍務長官職に留まっていたら、カートリンク派のおれたちではなく、その副官が将軍へ昇格していたことだろう。


「長官閣下カッカのためにも実績で示さねばなりませんね」


 その言葉に深くうなずいた。


 初陣ういジンで戦果を残せなければ、おれたちを推挙スイキョしたじいさんの面目メンボクが立たない。

 なによりおれたちふたりが士官学校へ入学するまでの養い手である。

 それだけに戦果を要求される重責を感じずにいられないのだ。



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