第一章 将軍昇格式典

第1話 式典・ふたりの孤児

 士官学校の北舎ホクシャ一階回廊カイロウを、おだやかな秋の陽射ひざしが照らしている。

 緑地みどりジに銀紋様モンヨウ刺繍シシュウが施された軍衣グンイを着用し、赤いマントをまとった姿で壁にもたれたたずむ。

 士官学校を卒業する際に、卒業者のみが着用する特別なマントだ。

 色づきを深める広い中庭を見やりながら物思いにふけっていた。



 レイティス王国軍では五百名までを統率する中隊長、五十名までを従える小隊長は士官学校の生徒が直接任にあたる。

 大隊を率いる将軍となるには士官学校を卒業しなければならないのだ。


 卒業にあたう者は半年に一度開かれる任将ニンショウ会議のおりに名を挙げられる。

 それを受けて演習で諸将軍と手合わせし、実戦で通用するかを軍務長官が直々じきじき査定サテイする決まりだ。


 五千人の大隊を指揮する将軍は、平時なら軍務長官を含めて十三名で構成されている。

 欠員が出た時点で補充する人数だけ卒業して将軍に昇格できるのだ。

 ただ将軍位の欠員に昇格者の従える兵数がそろわない。これではどれほど有能であっても卒業はできない。

 士官学校に長年在籍していても昇格できないまま戦死か落伍ラクゴかする者がほとんどである。


 士官学校に通った経歴があるだけで優先して官職へける。

 後ろ盾を持たない弱小貴族はこぞってわが子を通わせた。

 入学試験を通過できなかった者、学費が払えない者は戦時に徴集チョウシュウされて兵士となる。

 たとえ兵卒であっても戦果がとくにひいでていれば五人隊の長である伍長ゴチョウ、十人隊をまとめる什長ジュウチョウを務めたのち王府オウフから奨学金ショウガクキンを受け、士官学校へ推薦スイセンされて進学できる。

 立身出世の好機コウキであるため、レイティス王国軍の士気は大陸の列国・異民族と比べてきわめて高くたもたれている。



 おれ孤児コジだった。

 今月軍務長官職に復帰したカートリンク将軍に養われたのち、十五歳で士官学校へ入学した。

 今年二十四歳で卒業し将軍の列に加わる段取りとなっている。

 将軍昇格は四十歳過ぎが多いため異例の若さといえた。

 そのぶん諸将軍の視線は氷河からただよう冷気のようにけわしいものだった。


 将軍の列に加わった日から実戦で大隊五千人の指揮をゆだねられる。

 これまでは率いる中隊の生存を優先し、倒す敵も最小限にしてきた。

 これからは戦局全般の結果つまり帝国軍の戦死者数を問われるだろう。


 昇格するための査定サテイ演習においては、信条とする速戦ソクセン強襲キョウシュウ手腕シュワンふるってみせた。

 わが軍の“切りふだ”であるナラージャ筆頭小隊を外され、自らの采配サイハイそのものを披露ヒロウせねばならなかった。

 そんな中で前任の軍務長官であるアマム将軍と、やりさばきではクレイドとも対等に渡りあうとされるアダマス将軍。ふたりの率いる大隊を鮮やかに打ち負かしてみせたのだ。

 かといって実戦で憎んでもない人を大量に殺すのには、中隊長のときでさえ心をさいなまれてきた。

 昇格有望と目されていた五十代の中隊長は「襲われたら身を守るのと同じで、悩むだけ時間のムダ」と心痛シンツウさえも感じていなかった。

 だがその中隊長は先のいくさでテルミナ平原の土に帰している。



 交易コウエキショウだった両親が早くに流行はややまいで他界し、おれを引き取る縁者エンジャはついぞ現れなかった。

 身寄りがなかったので、王都といえど治安のよろしくない裏街で悪さをして生きびたのだ。


 いつものように泥酔デイスイした男の財布サイフから有り金を巻き上げていたところ、裏組織のいかつい連中に取り囲まれる。

 自分たちの獲物えものを横取りしたと因縁インネンをつけられ、なぐるのみならず小剣の一撃を浴びせられ死にいざなわれようかとするその刹那セツナ、老将軍カートリンクに救われた。

 将軍の邸宅テイタクで傷を癒し、行くてのない身をかの将軍が引き受けてくれたのだ。


 カートリンク将軍からは剣のあつかいに始まり悪事をむこと、他人を損なえば自身の心が失われることを教わった。

 将軍が事あるごとに伝えてきた命のとうとさが身にんでいるのだ。

 大人へと成長し異例の出世で中隊長となっても、人の命を無条件に奪うことには抵抗を感じ続けている。

 それが、今や大隊五千人の命を預かる将軍になろうとしていた。



「ミゲル、やはりここにいたね」

 さわやかさを帯びた声が左側から近づいてきた。

 少し長めに切りそろえた栗色くりいろのさらりとした髪を秋風になびかせた好青年だ。

 投げた視線がガリウスの肩を捉える。栗色くりいろの青年が近づくほどにおれあごを上げて顔を注視した。

「今は宰相サイショウ殿下が段取りをとなえているころだから、じきに式典が始まるよ。僕たちも控え室で待機していないと」


 俺の返答に赤いマントをひるがえし、ガリウスが先導して控え室へと急ぐ。


 二十八歳であるが俺と同じく孤児コジである。

 名家メイカ出自シュツジで国境の城塞ジョウサイ都市スレーニアに暮らしていた。

 だが二十一年前、七歳のときに国境紛争で異民族に城邑ジョウユウを強襲された。

 そこで繰り広げられた無差別の大虐殺ギャクサツ

 家族すべてが彼を隠し部屋へかくまったのち絶命した。

 そのさまを隠し扉の隙間すきまから声を押し殺して見つめ続けなければならなかったのだ。

 声をあげて見つけられでもしたら。彼をかばった家族の遺志は無駄ムダになってしまう。

 翌夜明け前に王国軍はおくれて到着こそしたが、狼藉ロウゼキを働いていた暴兵を殲滅センメツするのに夕刻ユウコクを待たなかった。


 事が済み兵を率いていたカートリンク将軍が生存者の捜索を命じる。

 その際、ダイ邸宅テイタク一隅イチグウへ建てられた納屋ナヤの階段下にあるわずかな空間からガリウス少年は発見されたそうだ。

 住民一万五千余人のうち生き残ったのは七人のみ。

 王国軍にまもられながら「奇跡の七人」として王都へ生還するが、そのときすでにガリウスは声を失ってしまっていたという。

 身寄りもなくひとりで生きていくのも難しいと判断したカートリンク将軍は彼の身を受けた。


 心のこもった老将の庇護と四年目に俺が加わっての共同生活。

 ガリウスより若く、後から入っていったが、声の出せない彼の世話を自ら買って出た。

 始めは声を出せないことへの興味半分だったのだが、接しているうちに守るべき対象と認識するようになる。

 そして彼が十二歳のときにようやく声を取り戻した。

 そのためガリウスは俺を高く評価しており、つねに背後から援護エンゴしてくれる。

 十五歳で先に士官学校へ入り、本年に卒業する英才へと成長したのだ。


 この年長者がおれに劣らぬ逸材であると信じている。彼も今年の卒業生であることがそれを証明していた。

 卒業を鼻にかけないのがガリウスの美徳である。



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