秋暁の霧、地を治む〜人を殺さなければ戦争は終わらないのだろうか

カイ.智水

プロローグ

ミゲル中隊、起死回生を図る

 敵右翼騎馬中隊が戦場を離脱したのち、わが王国軍の死角から現れた。


 ここは四方に林もなく見晴らしのよいテルミナ平原だ。

 そのため、視認距離をはずれてもある程度近づいてくればすぐに発見できる。


「タリエリ将軍、帝国軍騎馬中隊が右翼ウヨク側背ソクハイからこちらへ突進してまいります」


 遠目が利くため、愛馬で周囲を警戒していた俺の声に、後詰ゴづめを指揮するタリエリ将軍は振り仰ぐ。


「ミゲル中隊長、それは確かか? あの土煙つちけむりの下にいるんだな。今は本営ホンエイを含めて後詰ゴづめのわれら以外の全軍が敵前衛にかかりきりだ。あの角度から強襲キョウシュウを受けたらわが軍は瓦解ガカイしかねんな」


 将軍は特徴的な角刈カクがりの黒髪を特注のかぶとに収め、麾下キカの中隊長ガリウスへ伝令を走らせた。

 いったい誰が指揮する騎馬中隊なのか。見極められるまで向かってくる騎馬の中隊旗に目を凝らす。嫌な予感がしていた。


 馬を飛ばしてやってきた、俺より頭ひとつ背の高いガリウスがとなりで制止する。


「お呼びですか?」

「ガリウス中隊長。お前の部隊は私とともにアマム軍務長官閣下カッカをお守りするぞ」

 将軍の口ひげがよどみなく動く。

「はい、タリエリ将軍」


 迫りくる騎馬中隊の旗幟キシをギリギリまで観察していると、先頭を切る巨体が目にとまった。

 剃髪テイハツで筋肉が押し上げる甲冑カッチュウ姿すがたは間違いない。ヤツだ。旗幟キシの印も合致した。


「タリエリ将軍、ガリウス中隊長。どうやらあれはクレイドの騎馬中隊のようです。中隊長でありながら帝国軍では無類ムルイの強さをほこります。じゅうぶん用心してください」

 わかったと応じた将軍は、さらに指示を発した。


「ミゲル中隊長。われらがクレイドを食い止めている間、お前は“切りふだ”で敵大将エビーナをち取ってこい。それまでは持ちこたえてみせる」

 承知の意を伝えると、ただちにかたわらに控える副官のラフェルに中隊へ作戦行動の準備をさせるよう指示した。

 そしてガリウスへ声をかける。


「クレイド隊は他と違い男ぞろいだ。女と戦う心配はないが、そのぶん暴力でははるかにまさっている。とくにクレイドの武はうちの“切りふだ”やアダマス将軍同等とヒョウされている。絶対に一対一では戦うなよ」


「わかっているよ、ミゲル中隊長。帝国軍は数をそろえるために女性も徴兵チョウヘイしているからね。どこかに必ず弱点が存在する。でもクレイド隊はわが軍同様に男性ぞろいだから弱点を見つけづらい。しかもあの巨体と一対一で決闘なんて怖くてとてもできやしないさ」


 その言葉で自分を納得させたのち、すぐに副官のラフェルが整えた五百名の麾下キカ中隊を率いて後詰ゴづめから左に展開し、遊撃の位置についた。

 同時にかの帝国軍騎馬中隊から猛々たけだけしい声があがる。


「ワタシはボッサム帝国軍騎馬中隊長クレイドである! 王国諸将軍の首をもらい受けに参った!」

 すぐにときの声と激しい衝突音が響く。

 王国軍みぎ側背ソクハイへ向けて突撃してくるクレイド騎馬中隊と呼応コオウするように、帝国軍の前衛を任せられていた重装歩兵大隊が一気にわが軍前衛を圧迫アッパクし始めたようだ。



 こちらもうかうかしてはいられない。帝国軍の布陣フジンで最も手薄な場所を探した。

 クレイドの突撃に活気づいている帝国軍左翼サヨク前衛の重装歩兵大隊を支援する動きに参加できていない敵右翼ウヨクの軽装歩兵大隊に油断が見て取れる。軽装歩兵は防御力でも劣っているため、ここがねらい目だろう。


 ここからは時間との戦いだ。躊躇チュウチョなどしていたら敗戦は免れない。

「ナラージャ筆頭小隊長! 目指すは敵大将エビーナただひとり。敵右翼ウヨク後方から突入してひと息に勝敗を決するぞ。道案内を頼む!」

「大将、了解しました!」

 俺は中隊長だ、しかも王国軍なら大将ではなく軍務長官だ、と言い返すのにも飽きているので聞かなかったふりをする。


「このいくさもわれらナラージャ小隊が敵大将の御首みしるしを頂戴する。ミゲル中隊はわれに続け!」

 ナラージャと彼の指揮する小隊を先導に、わが中隊はエビーナ大将ただひとりを目指して帝国軍の布陣の最も手薄な一角へ突き込んだ。

 女性兵が多い第二軽装歩兵大隊の存在する帝国軍右翼ウヨク側背ソクハイである。


 不思議なもので、ナラージャにかかればどんなに堅固ケンゴな守備陣をかれようと、いともたやすく突入できてしまう。とくに女性兵が多くてなめしがわよろいを着ている帝国軍軽装歩兵大隊はまるで一頭の虎に恐れをなす子兎こうさぎの群れだ。


「ひとーり!」


 先ほどのまるで銅鑼ドラのような野太く力強い声が耳につく。

 どうやら王国将軍を倒して数えあげようとしているのだろう。

 もしクレイドに一騎討ちを挑まれても、それに将軍が応じなければさして問題はない。しかしあの軍務長官子飼こがいの将軍たちは、手柄てがら欲しさに応じてしまうだろう。そうなったら前線を維持する大隊が次々とくずれ去りかねない。


 そもそも今の軍務長官は好きになれないが、だからといって死んでくれとまでは思えない。どんなに嫌いでも、俺のせいで死者が増えるのだけは御免ゴメンこうむりたい。


 好きでもない軍務長官の手柄てがらになるかもしれないが、今は帝国軍大将エビーナを一刻も早くち取るべく行動するときだ。


 わが中隊は“無敵”のナラージャを先頭に、帝国軍の右翼ウヨク側背ソクハイから突入していく。

 戦場でいえば帝国軍クレイド騎馬中隊の突撃とはちょうど正反対に位置する。


「それ、ふたーり!」


 それでも戦場を満たしている剣と槍が相手の盾にぶつかる音や馬のいななきをかき消してしまうほど、クレイドの声は大きい。


「われこそは王国軍にその人ありと名高い、“無敵”のナラージャ様だ。死にたくなければ道を開けるんだな!」

 無理やり突入しておいて今さら言うものではないとは思うが、彼にもあの大声が届いていたのだろう。


 中隊はナラージャ小隊を孤立コリツさせないよう、密な隊列で歩調を合わせる。

 かの小隊はつねに戦場で危険な先鋒センポウを任される。しかし生還率は他の小隊を上まわる。それだけ、敵味方双方に名が知れわたっていた。


 帝国軍の軽装歩兵大隊はナラージャの突撃に直接歯向かわず、帝国騎士団が守護し、本隊の重装歩兵大隊が存在する本営へとわざわざ道を開けていく。

 おそらくはナラージャを含めたわが中隊を半包囲下で圧迫アッパクさせるつもりだろう。


「三にーん!」


 ナラージャにもその意図はわかりきっていたはずだが、いささかもひるまず小隊をねじ込ませていく。

 そしてナラージャ小隊がもうすぐ帝国大将直属の重装歩兵本隊に突き当たり、反撃が想定される段となった。

 仕掛けるならここだ。


「ラフェル副官。ナラージャ小隊が孤立コリツしないように周囲をさらにこじ開けよ!」

「ミゲル中隊長、了解しました!」

 かぶとからのぞくブラウンの瞳が激戦の熱気にあてられているのか、血走っている。

 中隊長副官のラフェルは俺同様、防御陣に定評がある。

 突進しているナラージャ小隊の退路を確保するべく突入路を侵食し、戦場で無人地帯を作り出す手腕を有していた。

 ナラージャ小隊がいくら武を誇ろうとも、敵指揮官を倒したのち安全に退却できるのはラフェル分隊により退路を確保しているからである。


「ふん、あまいわ! 四にーん!」


 王国軍はアマム軍務長官の指揮下で、七名の将軍が付き従っていた。そのうちすでに四名が倒されたのだ。まさに鬼神のごとき進撃である。


 間に合うか?


 またたく間にナラージャが大将直属の重装歩兵本隊に大きな穴を穿うがった。

「大将、本営への道が開いた! 突撃命令をくれ!」

 速い。やはり“無敵”の異名は伊達だてではないな。

「よし。ミゲル中隊総員、ナラージャ小隊を先頭に突撃せよ!」


 おう!


 中隊は一気に士気を高め、帝国軍本隊へとなだれ込む。

 わが中隊には新参兵が多い。しかし穿うがたれた穴になだれ込んで敵の隊列を突き崩すだけなら勇気は要らない。場の勢いに身を委ねるだけでよいのだ。


 先陣を切って馬上より大将を確認したナラージャは、名乗りをあげながら近づいていく。


「そこにおわすは帝国軍にその人ありとうたわれたエビーナ大将閣下カッカですな。わが名はナラージャ。大将のあなた様は王国軍の一介イッカイの小隊長などご存じないでしょうが、おいのち頂戴チョウダイいたす」


 かぶとに覆われているため白髪交じりかは確認できない。しかしあのりの深い特徴的な顔はまさしくエビーナ大将その人だ。八頭立て戦車に置かれている指揮台のいちばん高いところに座っている。


「五人! 王国にはワタシにかなう将軍すらおらんのか!」


 タリエリ将軍とガリウスがアマムの野郎の守備にまわっているはずだ。倒されるとしたら七人目。そうはさせるか!


 エビーナ大将はクレイドの急襲キュウシュウに合わせるよう、前衛の重装歩兵大隊を巧みに操ってしたたかに王国兵をけずり取っていく。

 一軍を率いる司令官の能力とは、躊躇チュウチョせず敵兵を殺していくところにあるのだろうか。


 いな。そんなことがあってたまるか。

 将兵の生き死にだけで戦争の勝敗が決められてしまったら、両国は次第に戦力を失ってしまう。周辺の異民族や西方の連合国家軍に付け入るすきを与えかねないではないか。

 そんな事態におちいったら、王国も帝国もただではまないだろう。


「六人!」


 エビーナ大将はその声にうなずきながら、ナラージャと俺のほうに鋭い目線を向けてきた。


「ほう、“無敵”のナラージャか。うわさでは一騎イッキちで敵なしと伝え聞くが実物を見るとそうは思えんな。あいにくと現在はわが帝国軍のほうが優勢だ。全軍を預かる大将ともあろう者が、優勢にある中で気安く一騎イッキちには応じられんな」


「おぉ! 王国にも骨のある将軍がいたようだな! しかしいつまでもつかな?」


「応じぬとあらば、是非ゼヒもなし! 野郎ども、うたげの開始だ!」


 ナラージャ小隊はかまわずエビーナ大将直属の騎士団へ三列横隊オウタイで代わる代わるいどみかかった。ひとりが騎士一名をいとも容易たやすく打ち倒すとすぐに下がり、次のひとりがさらに一名を打ち捨てる。個の戦闘力においてナラージャ小隊は帝国屈指クッシの騎士団すらをも凌駕リョウガした。


「エビーナ大将。少しはやる気になったかい?」


「七人! タリエリ将軍、なかなかの手並みだった! 残るは“肉まんじゅう”の軍務長官ただひとり!」


 クレイドのバカでかい声が伝わってきた。

 するとエビーナ大将はわずかに口のむと、ナラージャへ向き直る。


「クレイドが七名の将軍を倒しおった。じきに腰抜こしぬけ“肉まんじゅう”アマムも倒すだろうよ」


 七名。ついにタリエリ将軍まで……。まさかガリウス、お前までもが……。

 兄弟のように育てられた無二ムニの親友の死を思い、きもを冷やす。

 だが、ガリウスは中隊長にすぎない。クレイドのねらいが将軍だけであったとしたら……まだ生存の可能性はある。


「それではひとつけをしませんかい、エビーナ大将閣下カッカ

けとは?」


 ナラージャの提案に彼の小隊が静止する。


「わたしがあなたを倒すが先か、クレイドとやらがうちの軍務長官を倒すが先か」

「面白い男だ。自ら死を招きよるか」


 騎士団長になにやら指示を与えている。おそらく全軍の指揮を委ねたのだろう。

 エビーナ大将が指揮台から降りて黒毛の愛馬にまたがり、ナラージャへ近づいてくる。


 激しく金属の打撃音が響く戦場で、ラフェル隊が築きあげた無人地帯においてエビーナ大将とナラージャ筆頭小隊長の周囲だけは音も動きも止まったかのようだった。


若造わかゾウが! そこをどけ! 貴様ごときがワタシに太刀打たちうちできるものか! ええい、どかんか!」


墓碑ボヒメイを聞こうか」

「そんなものはりませんよ。負けるのはあなた様ですから」

「“無敵”の異名がいかほどのものか。クレイドほど腕が立つのか、ひとつ試させてもらおう!」

 言うが早いか、馬上で素早くやりを構えたエビーナ大将は息もつかせずけ出した。

「いざ、勝負!」


 動揺もなく愛用の矛槍ほこやりをわずかに下段へ構えたナラージャは、無言で馬を大きく跳ねさせてエビーナ大将のふところへ一気におどり込んだ。

 そのままエビーナ大将のやりを下からいともたやすくはじき上げる。無駄ムダのない矛槍ほこやりさばきで一撃のもとにがらきの胴を貫き通す。胴部の金属よろいすら突き破るほどの激しい突き込みだ。なんたる剛力ゴウリキか。

 反動で馬から放り出されたエビーナ大将は、腹部にナラージャの矛槍ほこやりが突き刺さったまま大地へと倒れ落ちた。


 腰から長剣を抜いたナラージャが勝鬨かちどきをあげる。


「エビーナ大将、ち取ったり! 全軍行動をやめよ! 繰り返す! エビーナ大将、ち取ったり! 全軍行動をやめよ!」


 両軍がぶつかる激しい応酬オウシュウの間を、ナラージャの硬質な声が隅々すみずみまでみとおった。


 一定のリズムで全戦場に伝わるよう、銅鑼ドラ金鼓キンコを打ち鳴らす。


「くそっ! この若造わかゾウ手間てまっているうちに!」


 クレイド独特の野太くよく響く怒声が雷のようにとどろいている。



 帝国との戦いでは、最高司令官である王国軍務長官または帝国大将のいずれかがち取られたらその場で戦闘終了となる。

 その間どんなに手柄てがらを立てようとも、勝敗は最高司令官の死か撤退で決まるのだ。


 ともかく、いくさは終わった。王国軍務長官は生き残り、帝国大将はち取られた。

 王国と帝国の決まりでは王国軍の勝ちが決定したのだ。


 ラフェルに味方の損失の確認と生存者の救出を命令すると、すぐ彼の分隊が戦場へ散っていった。



 騎乗キジョウしたままでエビーナ大将へ近寄ると、そのかたわらで馬を降り、亡骸なきがらに敬礼と黙祷モクトウささげた。


 今回の戦いでエビーナ大将とクレイド騎馬中隊がった戦術はきわめて有効に機能した。

 クレイドの大声によれば、王国軍は七名の将軍すべてが彼にち取られたようだ。

 指揮官の将軍を失った兵も、混乱の中で敵左翼サヨク重装歩兵大隊とクレイド騎馬中隊との挟撃キョウゲキってその多くを失ったと見られる。


 それでもこのいくさの勝者は、最高司令官である軍務長官が生き残ったレイティス王国なのだ。


 通常なら、いくさに勝った軍務長官は留任するが、今回の戦死者を考えれば実質的に敗北の評価は論をまたない。

 そうなれば、軍務長官は将軍へ格下げされ、新たな軍務長官が就任するだろう。


 ナラージャは愛用の矛槍ほこやりを回収するとともにエビーナ大将のかぶとを手に取り、その遺骸イガイを帝国軍にゆだねた。

 両軍ほとんどの部隊では、ち取った指揮官の首をねて軍の論功ロンコウ行賞コウショウを待つものだ。

 しかしわが中隊は、すべて敵の五体をそろえて帝国軍に引き渡している。

 目の前で人が死ぬのは好きになれない。

 しかし遺骸イガイ御首みしるしを挙げるような死者への冒涜ボウトクは、それ以上にゆるせないのだ。


 勲功クンコウ第一である敢闘カントウのナラージャ筆頭小隊長もそこはわきまえてくれている。

 一騎イッキちでは負け知らずのゴウの者だが、俺の意志を尊重してくれるのである。


 中隊本隊の編成を整え、ラフェル分隊が帰還すると、今回のいくさがいかに失敗だったかが数字で判明した。

 公的文書では「勝ちいくさ」に分類されるのだろうが、戦死者を考えれば「負けいくさ」でしかない。


 帰国後の戦勝報告に際して、国王ランドル陛下はおびただしい戦死者を出したアマムの野郎をゆるさないはずだ。

 これで最高司令官である軍務長官の交代は避けられない。

 来春ライシュンの定期戦においては、よりすぐれた軍務長官が指揮をとるだろう。

 しかし失われた将兵が多数にのぼるため、春までに満足な将兵がそろうのかは微妙なところである。


 ラフェル分隊は統制された本隊の隣りで整列する。全隊員が落ちついたところで、俺は中隊各位の健闘をたたえた。

 そばで声がかかるのを待っていたナラージャが、中隊員に引き上げる旨を伝えた。


「ミゲル中隊、軍務長官閣下カッカに戦果を報告のうえ王都へ帰還する」


 ナラージャの硬質の声が、終戦後に組織を再編している両軍に響いた。



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