秋暁の霧、地を治む〜人を殺さなければ戦争は終わらないのだろうか
カイ艦長
プロローグ
ミゲル中隊、起死回生を図る
敵右翼騎馬中隊が戦場を離脱したのち、わが王国軍の死角から現れた。
ここは四方に林もなく見晴らしのよいテルミナ平原だ。
そのため、視認距離を
「タリエリ将軍、帝国軍騎馬中隊が
遠目が利くため、愛馬で周囲を警戒していた俺の声に、
「ミゲル中隊長、それは確かか? あの
将軍は特徴的な
いったい誰が指揮する騎馬中隊なのか。見極められるまで向かってくる騎馬の中隊旗に目を凝らす。嫌な予感がしていた。
馬を飛ばしてやってきた、俺より頭ひとつ背の高いガリウスが
「お呼びですか?」
「ガリウス中隊長。お前の部隊は私とともにアマム軍務長官
将軍の口
「はい、タリエリ将軍」
迫りくる騎馬中隊の
「タリエリ将軍、ガリウス中隊長。どうやらあれはクレイドの騎馬中隊のようです。中隊長でありながら帝国軍では
わかったと応じた将軍は、さらに指示を発した。
「ミゲル中隊長。われらがクレイドを食い止めている間、お前は“切り
承知の意を伝えると、ただちに
そしてガリウスへ声をかける。
「クレイド隊は他と違い男
「わかっているよ、ミゲル中隊長。帝国軍は数を
その言葉で自分を納得させたのち、すぐに副官のラフェルが整えた五百名の
同時にかの帝国軍騎馬中隊から
「ワタシはボッサム帝国軍騎馬中隊長クレイドである! 王国諸将軍の首をもらい受けに参った!」
すぐに
王国軍
こちらもうかうかしてはいられない。帝国軍の
クレイドの突撃に活気づいている帝国軍
ここからは時間との戦いだ。
「ナラージャ筆頭小隊長! 目指すは敵大将エビーナただひとり。敵
「大将、了解しました!」
俺は中隊長だ、しかも王国軍なら大将ではなく軍務長官だ、と言い返すのにも飽きているので聞かなかったふりをする。
「この
ナラージャと彼の指揮する小隊を先導に、わが中隊はエビーナ大将ただひとりを目指して帝国軍の布陣の最も手薄な一角へ突き込んだ。
女性兵が多い第二軽装歩兵大隊の存在する帝国軍
不思議なもので、ナラージャにかかればどんなに
「ひとーり!」
先ほどのまるで
どうやら王国将軍を倒して数えあげようとしているのだろう。
もしクレイドに一騎討ちを挑まれても、それに将軍が応じなければさして問題はない。しかしあの軍務長官
そもそも今の軍務長官は好きになれないが、だからといって死んでくれとまでは思えない。どんなに嫌いでも、俺のせいで死者が増えるのだけは
好きでもない軍務長官の
わが中隊は“無敵”のナラージャを先頭に、帝国軍の
戦場でいえば帝国軍クレイド騎馬中隊の突撃とはちょうど正反対に位置する。
「それ、ふたーり!」
それでも戦場を満たしている剣と槍が相手の盾にぶつかる音や馬のいななきをかき消してしまうほど、クレイドの声は大きい。
「われこそは王国軍にその人ありと名高い、“無敵”のナラージャ様だ。死にたくなければ道を開けるんだな!」
無理やり突入しておいて今さら言うものではないとは思うが、彼にもあの大声が届いていたのだろう。
中隊はナラージャ小隊を
かの小隊はつねに戦場で危険な
帝国軍の軽装歩兵大隊はナラージャの突撃に直接歯向かわず、帝国騎士団が守護し、本隊の重装歩兵大隊が存在する本営へとわざわざ道を開けていく。
おそらくはナラージャを含めたわが中隊を半包囲下で
「三にーん!」
ナラージャにもその意図はわかりきっていたはずだが、いささかも
そしてナラージャ小隊がもうすぐ帝国大将直属の重装歩兵本隊に突き当たり、反撃が想定される段となった。
仕掛けるならここだ。
「ラフェル副官。ナラージャ小隊が
「ミゲル中隊長、了解しました!」
中隊長副官のラフェルは俺同様、防御陣に定評がある。
突進しているナラージャ小隊の退路を確保するべく突入路を侵食し、戦場で無人地帯を作り出す手腕を有していた。
ナラージャ小隊がいくら武を誇ろうとも、敵指揮官を倒したのち安全に退却できるのはラフェル分隊により退路を確保しているからである。
「ふん、
王国軍はアマム軍務長官の指揮下で、七名の将軍が付き従っていた。そのうちすでに四名が倒されたのだ。まさに鬼神のごとき進撃である。
間に合うか?
「大将、本営への道が開いた! 突撃命令をくれ!」
速い。やはり“無敵”の異名は
「よし。ミゲル中隊総員、ナラージャ小隊を先頭に突撃せよ!」
おう!
中隊は一気に士気を高め、帝国軍本隊へとなだれ込む。
わが中隊には新参兵が多い。しかし
先陣を切って馬上より大将
「そこにおわすは帝国軍にその人ありと
「五人! 王国にはワタシに
タリエリ将軍とガリウスがアマムの野郎の守備にまわっているはずだ。倒されるとしたら七人目。そうはさせるか!
エビーナ大将はクレイドの
一軍を率いる司令官の能力とは、
将兵の生き死にだけで戦争の勝敗が決められてしまったら、両国は次第に戦力を失ってしまう。周辺の異民族や西方の連合国家軍に付け入る
そんな事態に
「六人!」
エビーナ大将はその声に
「ほう、“無敵”のナラージャか。
「おぉ! 王国にも骨のある将軍がいたようだな! しかしいつまでもつかな?」
「応じぬとあらば、
ナラージャ小隊はかまわずエビーナ大将直属の騎士団へ三列
「エビーナ大将。少しはやる気になったかい?」
「七人! タリエリ将軍、なかなかの手並みだった! 残るは“肉まんじゅう”の軍務長官ただひとり!」
クレイドのバカでかい声が伝わってきた。
するとエビーナ大将はわずかに口の
「クレイドが七名の将軍を倒しおった。じきに
七名。ついにタリエリ将軍まで……。まさかガリウス、お前までもが……。
兄弟のように育てられた
だが、ガリウスは中隊長にすぎない。クレイドの
「それではひとつ
「
ナラージャの提案に彼の小隊が静止する。
「わたしがあなたを倒すが先か、クレイドとやらがうちの軍務長官を倒すが先か」
「面白い男だ。自ら死を招きよるか」
騎士団長になにやら指示を与えている。おそらく全軍の指揮を委ねたのだろう。
エビーナ大将が指揮台から降りて黒毛の愛馬に
激しく金属の打撃音が響く戦場で、ラフェル隊が築きあげた無人地帯においてエビーナ大将とナラージャ筆頭小隊長の周囲だけは音も動きも止まったかのようだった。
「
「
「そんなものは
「“無敵”の異名がいかほどのものか。クレイドほど腕が立つのか、ひとつ試させてもらおう!」
言うが早いか、馬上で素早く
「いざ、勝負!」
動揺もなく愛用の
そのままエビーナ大将の
反動で馬から放り出されたエビーナ大将は、腹部にナラージャの
腰から長剣を抜いたナラージャが
「エビーナ大将、
両軍がぶつかる激しい
一定のリズムで全戦場に伝わるよう、
「くそっ! この
クレイド独特の野太くよく響く怒声が雷のように
帝国との戦いでは、最高司令官である王国軍務長官または帝国大将のいずれかが
その間どんなに
ともかく、
王国と帝国の決まりでは王国軍の勝ちが決定したのだ。
ラフェルに味方の損失の確認と生存者の救出を命令すると、すぐ彼の分隊が戦場へ散っていった。
今回の戦いでエビーナ大将とクレイド騎馬中隊が
クレイドの大声によれば、王国軍は七名の将軍すべてが彼に
指揮官の将軍を失った兵も、混乱の中で敵
それでもこの
通常なら、
そうなれば、軍務長官は将軍へ格下げされ、新たな軍務長官が就任するだろう。
ナラージャは愛用の
両軍ほとんどの部隊では、
しかしわが中隊は、すべて敵の五体を
目の前で人が死ぬのは好きになれない。
しかし
中隊本隊の編成を整え、ラフェル分隊が帰還すると、今回の
公的文書では「勝ち
帰国後の戦勝報告に際して、国王ランドル陛下はおびただしい戦死者を出したアマムの野郎を
これで最高司令官である軍務長官の交代は避けられない。
しかし失われた将兵が多数にのぼるため、春までに満足な将兵が
ラフェル分隊は統制された本隊の隣りで整列する。全隊員が落ちついたところで、俺は中隊各位の健闘を
そばで声がかかるのを待っていたナラージャが、中隊員に引き上げる旨を伝えた。
「ミゲル中隊、軍務長官
ナラージャの硬質の声が、終戦後に組織を再編している両軍に響いた。
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