河童の話

安良巻祐介

 Yさんは、まだ若いけれど、河童の存在を信じているという。

 それと言うのも、Yさんの生家のある町には川が流れていて、そこには「河童が住んでいる」という昔話があり、実際に出ていたと言うのだ。

「雨の日によく見ました」

 川近くの道を歩いていると、雨に煙る橋の下、川草が茂り、濁って、鯉が何匹も泳いでいるような深いところに、腰から上を出して、人影が立っているのが見えるらしい。

 そういう時には、雨の匂いに混じって、何かが腐ったような匂いも鼻を刺す。

 人影は、ぼんやり光っているようだともいう。そうでないと、視界の悪い雨の日に、遠くからは目につくはずがないでしょう、と。

 地元では有名な話で、それを見ることはとかく忌まれた。遠目に見えてしまったときでも、なるべく早く目を背けるように言われていた。

 聞く限りあまりそれらしいとは思えないが、なぜ「河童」なのかと尋ねると、Yさんは、よくそのあたりで人が死んだからだと答えた。

 溺死事故。と言っても深い場所ではなく、なぜか川の、岸から入ってすぐの辺りで、動かなくなっている人が見つかるのである。夏には特に増えた。

「友達が一人、そういう目に遭って。花を手向けに行った時に、それを見てしまったのが、僕の初めての体験だったんですよ」

 橋の下、同じ場所に立つそれは、いつも遠くから見ていた時にははっきりと人型に見えたのに、はっとして近くで見てみると、まるで川の水面から、灰色の棒杭が突き出しているような、のっぺりしたものだったという。

 鼻が落ちそうなくらい、生臭い匂いが辺りには充満していた。

 Yさんは花をぶちまけ、悲鳴を上げて、その場を離れた。

「遠くから見た時の外見っていうのも、人によってまちまちで、サラリーマンみたいに見えたとか、お婆さんだったとか、ホームレスっぽかったとか色々なんですけど。僕にはその時、背の高い女の人っぽく見えてましたね」

 どの道、それが現れると、必ず近くに例の溺死者が見つかる、或いは上がった直後である。

 だから、とにかく、河童というのは、僕の中ではすごく忌まわしい存在なんです、と、Yさん。

 私は、腑に落ちないというか、疑念に思ったことをそのまま、Yさんに尋ねた。

 それは、いわゆる「河童」ではないのじゃないですか。

 そこでたくさんの人が亡くなっていること、目撃情報が見る度に違うことなどを考えても、河童などと言うより…。

 Yさんは、首を振って答えた。

「河童です」

 でなければ、下手をすると。

 小さい頃、友達だったあの子まで。

 あんなものになって、雨の日に、橋の下に、棒杭のように。

 立っていたということに、なりかねない。

 そんな事には、耐えられない。

 だからね、河童はいるんですよ、とYさんは念を押すように呟いて、話を締めくくった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

河童の話 安良巻祐介 @aramaki88

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ