最終章③
「お茶どうぞ……」
由衣がお盆に乗せたお茶を出す。
「由衣、お前もここに座ってな……」
いつもとは様子の違う椿に、由衣も身構える。
いつもなら、私に災厄が降り注がないよう、同じ場所にはいさせないはずなのに……と戸惑う由衣。それを読み取ったのか、椿は「これはお前にも関係あるんだ」と答える。
「悪いんだけど、俺……暇じゃないんだ」
その場を立ち去ろうとするも、鷹斗によって止められる。
「暇……ですよね?」
「暇じゃない」
「いやいや、暇でしょう。少しくらい時間くださいよ」
挑発するかの如く、椿はそう言う。
「ふざけんな!な、なんで俺が暇だってお前に分かるんだ!」
突如として怒りが爆発した吉川。それを見た椿は、「その怒りが答えですよ」と。そして、彼は話を続けた。
「俺は、今回の神隠しもあなたが原因だと思っています。違いますか?」
「今回の?俺には何のことだか」
「まあ、あなたには……できないか。言うことの聞く
椿の目は吉川を見ていた。その目はまるで獲物を狩る猛禽だ。
「はあ?俺が?能力のない同業者……?なんで決めつけるんだ!お、俺だって……やることはやった。ただあいつが……俺を認めてくれなかっただけだ!」
「なるほど。同業者ってことは認めるんですね」
吉川ははっとした。まるで、しまったとでも言いたげな顔をしている。
「それで……神隠しを起こした理由は?どうして由衣を?それにあの時、子供たちを巻き込んだ理由、そして……俺を死なせた理由は……?」
椿の声色が変わった。大地でも揺れそうなほど低い声だ。こんな声初めて聴いたと、由衣がわずかに怖がっているのが見て取れた。
「俺には何のことだか分からないな。人違いじゃないのか」
吉川は席を立つ。彼を止めようと鷹斗が立つが、椿に止められた。
「おい、あいつ逃げるぞ。犯人なら警察に……」
椿の耳元でそう呟く鷹斗。
「逃げはしないさ。俺を……殺したいからな。どうせ術を掛けてくるよ……」
彼が不敵な笑みを浮かべたその直後、椿の体が床に叩きつけられた。
「いってぇ……」
胸部をさすりながら、椿はそう言った。
「昔から変わってないんだな、その性格……。初めてお前を見たときに、こいつは俺の仲間だって思った。出来損ないの落ちこぼれだってな。でもお前は、すでにあいつに認められてた。俺が何年も練習したものを、お前はいとも簡単にやって見せた。そりゃ、あいつだってお前を手放したくないさ。お前のことは俺が殺したはずだ……。昔も、何回も殺そうとした。でもそのたびにお前は全部回避する。今回もそうだ……。いったい何をしたら……そうか、分かったぞ。お前……あいつを身代わりにしたんだな。自分が生き返りたくて、老い先短いあいつを身代わ……」
椿は右手拳で、彼の顔を思いきり殴った。
鷹斗が制止するも、意外に力が強く、吉川から椿の体を引き剝がすことができない。
「椿さんっ!やめてください!」
「謝れ!父さんに謝れよっ!父さんは……自分の命を俺にくれたんだ!いつも心配してた。俺に力があるからじゃない……父さんは……」
椿の感情ストッパーが外れた。
リビングからキッチン、洋室、そして玄関、全ての場所が暗くなっていく。
「由衣ちゃん、危ないからこっちおいで」
鷹斗は由衣を呼び、自分の背中で隠した。
「椿、吉川はもう抵抗する気ないんじゃないか?」
「そんなの知らねぇ……俺の気が済まないんだよ……」
椿は吉川に跨り、ひたすら殴っていた。しかし椿の振るう腕も、力がなく肩で呼吸し、目はうつろになっていた。
「椿……とりあえず、それは俺に任せてくれ……。だから、いったん休んで来い。な?……由衣ちゃん、こいつ……頼んでいいか?」
言葉は発さず、ただ頷き、由衣は椿の腕を取った。かるく引っ張っただけで体がよろける椿。由衣は長身の椿を支えながら、寝室へ連れて行った。
「吉川さん、今の件は……正当防衛ってことでいいですよね。あなたが先に手を出した。それに対し、椿が手を出した……これ、成立するってことで。それで……あいつの言ったように、今回の神隠し事件もあなたが関係してるんですか?」
鷹斗は彼の目をじっと見た。吉川は一瞬、目を逸らした。その瞬間を見逃さない。
「関係がある……ということですね。あなた、懲りてないんですか?あの時……桔梗が書かれた紙の話になったとき、椿はこう言った。“あれは止めて欲しかったからで良いんですよね。もう、終わりにしたいって、それでいいんですよね”って。あなたは“そうだ”って言ったじゃないですか。なのにどうして……。人を傷つけること、抵抗ないんですか?何のために警察官になったんですか!」
「……俺が警察官になったのは、いろいろと有利だからだ。それだけの理由さ」
「有利……?」
吉川は続ける。
「そうだ。自分は警察官だ、これは捜査だと言えば、何をしていても疑われない。それに……」
彼が口にした言葉、それは耳を疑うものだった。
「お前、ふざけんなっ!いいか!?お前なんかに、あいつは指一本触れさせねえからなっ!」
吉川が先輩であることなど忘れ、鷹斗は思わず怒鳴った。
その声に驚き、由衣が慌ててリビングへと戻ってきた。
「鷹斗さんっ!今の……」
「大丈夫だ……何でもない。気にしなくていいよ」
彼は吉川に向き直った。
「今までのことも、今回のことも、全て話してください。正直に全部。もちろん警察で……」
「お前が俺の取り調べをする。それが全部話す約束だ。これは取引だぞ、あいつを殺されたくなかったら……の話だが……」
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