最終章②
椿が社会復帰するまで、時間を要した。体はもちろん、心の安定を取り戻すのに……。
彼の精神が不安定だと、どうしても邪が来てしまう。陽行は、椿のために病室に結界を張っていたようだ。彼の同僚神父が病室を訪れ、結界の存在を知らせた。
「四十住神父は……あなたを取り戻すために、ご自分の生命をかけて……。そして自分がいなくなっても、あなたが傷つかないよう、この部屋全体に結界を張っておられます。邪が来ても、この部屋から出さないよう、あなたを傷付けるものが現れないよう……。私なんて、四十住神父には一生かかってもたどり着けません……」
彼はそう言った。しかしそれで椿の心の闇が晴れることはなかった。
「どうも……」
その一言が、今の椿にとって精いっぱいの返事だった。
それから二週間後、椿は鷹斗、由衣とともに自宅へと戻った。
「椿さん、椿さんの好きなナポリタン作ったんです。食べませんか……?」
食事を摂れないでいる椿のために、彼女は彼の大好きなものを作った。しかし、食べる気力すら沸かず、いつも口にするのは水のみ。
「うん、うまいっ!由衣ちゃん、相変わらずうまいね!」
鷹斗はそう言って頬張る。椿の為にも、由衣の為にも、自分が何とかしなければ……。責任感の強い鷹斗は必死だった。
グラスに手を伸ばした椿。その手が止まった。
「来た……」
そう一言発すると、おもむろに玄関へと向かった。
「椿……?どうした?」
鷹斗の問いかけに反応せず、椿は玄関の前に立ちはだかる。
「椿……おま……」
「黙ってくれ。由衣をあんな目に遭わせて、俺の命を……父さんの命を奪った犯人が来るんだ……迎え入れてやらないと……」
いったい何を言うんだと、鷹斗は椿を連れ戻そうとしたその瞬間、「うわっ……!!」と頭を押さえた。
「鷹斗っ!外に出て捕まえろ!犯人だっ!」
その声でとっさに飛び出し、走る後ろ姿の人間を捕まえた。
「おい、待てっ!」
腕をつかみ、顔を覗く。「え……」鷹斗は言葉を失った。
「……吉川……さん……」
驚き、声すら出ない鷹斗。
「久しぶりだな、松風。俺がここにいてそんな驚くことか?ランニングしてるだけで捕まえられるとは、俺が去った後の警察は横暴になったな。俺は犯人じゃないぜ。それにこれ、誤認逮捕じゃ……」
「吉川さん、話なら上がってください。あなたが犯人でないなら俺の家に上がれるはずですよ」
椿にそう言われ、吉川は椿の家へと近づく。近づくにつれて表情は険しくなっていった。
「どうぞ、上がってください……どうしたんですか?」
「い、いや……」
なかなか家に入ろうとしない吉川を、鷹斗は不審に思う。
無理に連れて入ろうと、腕を引き、自宅に引き入れた。その瞬間、吉川は悲鳴を上げる。
「どうしたんです?入れませんか?」
「つ、椿……!?いったい……」
驚く鷹斗を横目に、椿は続ける。
「俺はこの家全体に結界を張っていたんです。そしてある
今まで見たことのないような顔で、椿は歩み寄ってくる。彼が纏う空気でさえ怖く、鷹斗は一歩引いた。
「あなたは俺の術にやられた。そして、のこのこと何も知らずこの家にやってきた。偶然この家を知ったかのように感じてるでしょうが、全部俺の策です。そしてインターホンを押そうとしたが、手に痛みが走り、やばいと思って逃げようとしたでしょ?でもね、人の結界に触れるから、感づかれるんですよ。俺は今日、あなたが来ることを知っていた。どうしてかわかります?」
吉川は目を合わせないでいた。思考を読まれるとでも思っているのだろうか。
「あなたが実行するためには今日でないとだめだった。だからそれに俺も合わせたんです。意味わかりますよね?」
椿は一切休むことなく、話し続ける。
「分からないようなので……答え合わせしましょうか……。全ての繋がった事件を解決するために……。どうぞ、家の中へ。安心してください。もう結界は解いてありますから……」
「……あいつに……そっくりだ……」
聞こえるかそうでないかの声で、吉川はそう呟く。
家の中へと入っていく彼の後ろ姿を見送り、彼は鷹斗の手によって自宅の中へと入れられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます