第一章 ①
「時間には十分だな……」
男はそう言った。すれ違う人々が自分を見てくる。俺の服装を見ているのか……?男はコンビニのガラスドアに映った自分の姿を見た。確かに見られてもおかしくない服装をしているのかもしれない。この真夏日の中、全身を黒で統一し、長そでに帽子を被っている自分を周りの人間はおかしいと思うのだろう。
「バレるわけにはいかない。何とかしないと……」
男はこの目立つ服装を何とかしようと、急いで目の前にある古着店に入った。
「いらっしゃいませ~」
静かな店内に店員の声が響く。
男はメンズコーナーへ向かい、ジーパンや半そでを手に、慌ててレジへと向かった。早く会計してくれと言わんばかりの威圧感を店員に与え、レシートも貰わず店内のトイレへと駆け込んだ。そしてしばらくし、購入したばかりの服を身に纏い、陽気に古着店を出て行った。
当初の目的を果たすため、男は時間を気にしながら目的地へと向かう。
男の目的は「有名になること」だった。そのために選んだ手段は模倣犯になること。計画は完璧。何回も何回も計画を立て直し、頭の中でシミュレーションしたんだ。失敗することはない。
向かった先は小学校。この七吉町には有名な公立小学校があった。
十五年前、立て続けに三人の小学生が失踪した「七吉北小学校」だ。
男は学校や生徒誘拐の下見に、七吉北小学校へと向かった。
「こうちょうせんせい、おはようございます!」
「あ、直人君、おはよう。今日も元気な挨拶をありがとう」
教師と生徒の明るい挨拶が交わされるのをじっと見る。あの“直人君”を一番最初に連れ去ろうか。校長と毎朝挨拶を交わしているようだし、あの子がいなくなれば校長が不審に思うはずだ。男の頭の中はそんな言葉がぐるぐると駆け巡っていた。
実行は下校時だ。彼が一人になったところを狙う。彼を連れ去る状況を頭の中でシミュレーションした。完璧だ。男はその場から去った。
♢ ♢ ♢
「ちょっと、美咲!こっちに戻っておいで!そろそろ帰るよ!?」
「え~もうちょっとだけ~!ここにきれいな石があるんだもん!きいろにひかってるんだよ!もしかしたらシトリンかも!」
「もうっ……砂場にパワーストーンがあるわけないでしょうに……」
公園で遊ぶ子供たち。それを見守る母親たちの姿。
「ねえ、荻原さん聞いた?隣町で不審者が発見されたんですって」
「不審者?それはどんな?」
「それが、何もしないでただそこに立ってるだけなんですって。ただ、子供しか見てないらしいの。それが一番怖いけどね……」
「不審者か……最近は安全だと思ってたけど、ついに出たか~、美咲に新しい防犯ベル持たせとかなきゃ。あの子“お菓子あげるからおいで”なんて言われたら、絶対にわ~いってついて行くわよ」
母親たちは冗談を交えながら談笑していた。
「おかあさん見て!ダンゴムシ!」
美咲は両手にいっぱいのダンゴムシを抱え、母親の方へ駆けてきた。
「も、ちょっと~虫は嫌だって何度も言ってるでしょ。ほら返してきなさい!ったく、嫌だって言ってるのに持ってくる辺りはお父さんそっくりなんだから」
「確かに、そうかもしれないな」
母親は声のするほうを見た。自分の後ろに立っていたのは
「春名、それ貸しな。荷物重いだろ」
母親は
「あ、おかえりなさい!ごめんね、こんな時間なのにまだ公園にいて」
「全然いいさ。美咲、帰りたがらないんだろ?仕方ないって。それに明日は休みだしさ。のんびりいこうよ」
涼はそう言った。そんな涼に気付いたのか美咲は一目散にかけてくる。
「パパ〜おかえりなさ~い!」
涼は美咲を抱きかかえ、頬に擦り寄った。春名はそんな父娘の様子を微笑ましく見ていた。
けれど見ていたのは春名だけではないことに涼一家は気付いていなかった。
“あの男”も見ていたのだ。じっと家族の様子を窺っている。
「ん……?」
「どうしたの?」
「いや、何か見られてる気がしたんだけど……気のせいか。よし……美咲、そろそろ帰ろうか!パパ、お腹空いたなぁ」
「みさきもおなかすいた~」
「よしっ、じゃあ美味しいご飯を作ろうかな。今日のメニューはなんでしょう~」
涼一家の楽し気な会話を、男は木の陰から静かに聞いていた。
「楽しいのも今日だけだ……明日からは苦痛が始まるからな。今のうちに楽しい思い出を作ってろ……」
男は前歯で下唇を噛みながらじっと家族を睨んだ。踵を返し、隠れ家として用意していたマンスリーマンションへと戻る。
「ゔーっ……ゔっゔっ」
「静かにしろよっ!おいっ、聞いてんのかっ!?」
男は部屋を隔てている扉を勢いよく開けた。硬いフローリングの上には今朝、学校で見た“直人君”の姿があった。
口にはガムテープが貼られ両手足は縛られ、涙で濡れた顔を男に向けていた。
「いいか?静かにしないといお前を殺す羽目になるんだ。俺は人殺しがしたいんじゃない。ただ誘拐して何日かした後にお前たちを解放する。それだけなんだ。ただそれがしたいんだ。俺の計画をお前に邪魔されたくないんだよ。いいな?分かったら、声を出すんじゃねえぞ!?」
うんうん……直人君は静かに頷いた。男は「よし。なら声は出すなよ」といい立ち去った。
「確か……ここにあったような……あ、あったあった!」
床下収納の重い扉を持ち上げ、何かを取り出した。手にはボイスチェンジャー。そしてスマホの録画機能を準備し、男は覆面を被り、イスに座った。
「子どもを誘拐した。子どもの詳細は敢えて出さない。自分たちで考えろ。あの日を再び……」
録画を切った。その瞬間、男は高笑いを上げた。
「よしっ、これで俺は有名になるな!そうだろ!?」
男は録画を念入りに確認し、それを持って郵便局へ向かった。警察へ郵送するためだ。もちろん自分の居場所がバレてしまうことのないように最新の注意を払う。自分に関することを警察に知られないようにするなど、男には簡単なことだった。
もし知られてしまっても、疑われることなんてない。男は余裕だった。
♢ ♢ ♢
「
女性はドアをノックする。
「もうっ……また寝てるんだ……」
女性は腕時計を確認する。針は午前十時半だと言うことを告げていた。
「四十住さんっ!もういい加減起きてくださいよ!何時だと思ってるんですか!?一体いつまで寝る気なんですか!!起きてくださいっ!つーばーきーさ~ん!」
すると部屋の中からどたばたと音がした。
「あ、起きた……」
ドアが勢いよく開いた。中から椿が出てくる。まるで冬眠から醒めたばかりのような動物だ。目は眠そうで焦点があっておらず、髪だってぼさぼさ。おまけにパジャマは乱れすぎているほどだ。
「……起きてる……」
「今起きたんですよね?ほら、早く中に入れてくださいよ。渡さなきゃいけないものと話があります。ほら、さっさと顔を洗ってきてください」
女性はぐいぐいと部屋の中に入った。
部屋は意外と綺麗にされていた。物はまるで自分の居場所を知っているかのように納まっている。キッチンも汚れていない。書籍の冊数は多いが乱れていることはなく、きちんと本棚に収まっていた。
「で、笹倉さん、話ってなんだ……」
椿は大きなあくびをしながら女性に聞いた。
「四十住さん、話は三つあります。まず一つ目、週刊BOOKの連載期限が今日の昼までです。書き終えてます?そして二つ目、月刊Memoriesの連載ですが、これも今日までです」
「あ……いや~BOOKはあと少しで……Memoriesは手つかずっていうか……」
「うん。そうだろうと思ってました。大丈夫です、いつものことですから。どうせそうだろうと思って、Memoriesの題材になりそうな資料持ってきましたから、ここから選んでください」
笹倉は「おお、さすが笹倉さん。どうもMemoriesだけは、なかなか進まなくて。あ、それで三つ目は……」
「四十住さん、色々とお世話になりました。実は異動になりまして、雑誌担当から小説の方に。なので四十住さんとお会いするのもこれが最後なんです。あ、次の担当者は私よりもうんと優しいですから、安心してください。それと四十住さんのこと、よろしくと伝えていますから、これに関しても安心してください」
椿はどこか不安そうな顔をしていた。
「そんな不安そうな顔をされたら、私、笑顔で去れないじゃないですか。大丈夫ですって。椿さん、ちゃんと仕事は出来る人ですし、まあ期限はなかなか守れないですけど。でも、文章は素敵ですよ。椿さんが紹介している書籍、私も買ったりしてるくらいなんですから。それに最後に一つだけいいですか?」
「なんだ……?」
「私はあくまで編集者としてお仕事してきて、四十住さんの担当をさせて頂いているんです。身の回りのお世話や買い出しなんかはお手伝いさんでも雇ってください!それと、あの扉の向こう、一度も見たことがありませんけどたまには空気抜きして掃除しないと、絶対空気悪いですって。いいですか?身の回りのこと、買い出し、期限、資料や題材、これからは自分でしてくださいよ?できますか?」
「それ全部俺が!?いや、無理だ。俺にはそんなことまでできないな」
「できないじゃなくて、するんです。あとで紹介しますけど、次に担当になるのはまだ今年入社したばかりの新人ちゃんなんです。あくまでも、雑誌の担当者であって四十住さんのお手伝いさんじゃないですからね?」
椿は少し不満そうな顔を死ながら、三回頷いた。
「はい、じゃあ期限が迫ってるんで先に週刊BOOKからお願いします。ここで待ってますから」
笹倉のそれを合図に、椿はデスクへと向かいパソコンを起動させた。そして物凄いスピードでキーボードをたたく。
「相変わらずの速さ……。仕事も出来てイケメンで頭も良くて……何で彼女いないんだろ。あ、性格か……うん、多分性格の問題なんだろうな……」
彼女は椿が執筆している姿を眺めながら、彼が書き終えるのをずっと静かに待っている。そして一時間ほど経った時、椿は笹倉が待っているリビングへとやってきた。
「遅くなって悪かった……これ、書き終えたんで渡しておくよ」
ダブルクリップで閉じられた、印刷したての数枚の原稿を丁寧に彼女に見せ、茶封筒へとしまう。それを笹倉に手渡す。
「はい。確かに預かりました。四十住さん、あと一つ残ってますが……大丈夫そうですか?もし間に合わなそうなら相手に連絡を取りますが……」
「あ……大丈夫だ。今日の17時までに仕上げる。17時にまた来てくれるか?絶対、間に合わせるからさ……」
椿の目はまっすぐ笹倉を見ていた。
「分かりました。では17時に来ますので、あ、水分と糖分はしっかり摂りながら執筆してくださいよ?また前みたいに倒れられたら困りますから」
笹倉は微笑みながら言った。
一年前の夏、椿は倒れた。だが、本人は病院へは行きたがらず、自宅療養を三日ほど続けた。幸いにも体調はすぐに戻り、季節がら熱中症だろうと笹倉が判断したが、実はそうではなかった。熱中症なんかでこうなったのではないと椿はよく知っていた。ある日を境に椿の体は変わってしまったのだ……。
椿を襲った体調不良の原因、それは霊障だった。
霊障とは、俗にいうと、霊が憑いたり、霊気にあたることにより、心や身体に不調を来すことを指す意味で使用される言葉だ。回復のためには除霊や浄霊などが試みられることが多いが、椿の場合は自分で除霊ができるため、この時は他人の力は必要なかった。ただ残念なことに、この霊障は医学的・科学的な根拠には基づいていない。よって、説明も立証もしにくいのが玉に瑕だ。本人にしか分からない苦しみと言うことだ。
「ああ。もう大丈夫さ。あの時は寝不足だったし、水分も摂れてなかったから。君に言われた通り、ちゃんとしてるから安心してくれよ」
彼女は椿のその言葉を聞き「では、またあとで。その時に新しい担当者も紹介しますから」と出版社へと向かって行った。
「よしっ……残りの分、書くか……」
椿はそう言って再びパソコンへと向かう。
彼は“週間BOOK”“月刊科学”“月刊Memories”と、三つの連載を担当していた。
週刊BOOKとは、本好きの為におすすめの書籍を紹介するという雑誌だった。椿はこの雑誌の一ページを担当している。椿が主に紹介するのはホラーやミステリーなどの書籍。これがまた人気であった。
月刊科学とは、科学に関する情報や科学展、科学の謎などを記述した学術本。この中に【霊的現象は科学で説明できるか】というコーナーが設けられていた。ここは前任の担当がいたが、その人は訳あって書けなくなってしまったため、そういうことに詳しい椿に回ってきた。
そして椿が毎回苦労する月刊Memories、これは過去に発生した事件や事故に関する情報連載の雑誌だ。例えば誘拐事件なら、いつどこで、誰が、どんな風に誘拐されたのか、そしてどういう経緯を辿ったのか、殺人事件や事故について、そして未解決事件についてなど。人気がなさそうだと思われがちだが、結構人気があり、意外にも重版されていたりする。マニアックな人もいるものだと彼はいつも思っている。椿はこの中の未解決事件を担当しているのだが、なぜか途中でいつも書けなくなる。キーボードをたたく手が、不思議と止まってしまうのだ。理由は分からない。
そんな椿を見かねて、笹倉は題材となる未解決事件の資料をいつも持ってきてくれた。しかしそんな笹倉ももういなくなる。椿はこれからどうしようかと悩むばかりだ。
「はぁ……題材かぁ……」
頭を抱える椿。彼は笹倉が持ってきた題材資料集に目をやる。ふと手に取り、ぱらぱらとページを捲った。
「これにするか……」
椿は資料集を見ながらパソコンに文字を打ち込んでいく。
「青酸チョコレート無差別殺人事件……か……。この事件、確かにあったな。記憶はかなり薄れてるけど、家ではチョコレートが消えたんだよ……」
青酸チョコレート無差別殺人事件、それは五つの事件から成り立っていた。
第一の事件、駄菓子屋でチョコレートを購入した小学一年生の男児がチョコレートを食べたところ、突然苦しみだし、病院へ緊急搬送。検査の結果、青酸中毒と診断された。当然、店主の男性が疑われ事情聴取を受けるが、確証や動機、青酸化合物も発見に至らず、男性は釈放された。
第二の事件、駅の公衆トイレにチョコレートが入った紙袋が置かれていた。包装からして誰かへのプレゼントかと思った女性は駅員に渡した。しかし駅員は空腹だったようでそのチョコレートを口にして死亡。検査、捜査の結果第一の事件と同じく青酸中毒と診断。警察は連続殺人・殺人未遂事件として捜査を開始した。
しかし、ここで第三の事件が発生する。どの事件も解決しないまま第四、第五と事件が起きてしまい、捜査の甲斐なく時効が成立し未解決事件となった。
「よし……あとはこの事件に対しての推察を書いて……」
気付いたら時間は午後三時を示していた。
「昼食べ損ねたな……」
椿は冷蔵庫を漁りにキッチンへ向かう。
「食べるもの……げっ……ハムしかない……」
カップ麺系を漁るため今度はストック置き場へ。しかし食べられそうなものはここにもなかった。何でこんなに食べるものがないんだ……それもそのはず。彼はかれこれ五日も外出していなかった。先週、笹倉が大量に買ってきてくれたものだけで五日間凌いでいたのだ。
「……仕方ない。買い物に行くか……」そう思った瞬間、インターホンが鳴った。
「……誰?」
『あ、あの……“アイズミ”さんのお宅はこちらでしょうか……』
「そうですけど……」
『あ、あの助けて欲しいんです……』
「……依頼か?とりあえず中へ入って」
椿は訪れた女性を自宅の中へと招き入れた。
女性は震えていた。雨が降っているわけでもないのに、かすかに濡れている。椿はタオルを手渡し、飲み物を用意した。
「……タオル……?」
「いや、濡れてるから。風邪ひくから拭いたほうが良い」
女性は不思議そうに椿を見る。
「どうした?早く拭かないと……」
「私、濡れたりなんかしてません……」
「え……」椿は女性に触れ、はっとした。確かに濡れていない……けれど目で見るとかすかに濡れているのだが……。
「またか……」
「へ?」
「あ、いや……。それより依頼の内容は?」
「あ、実は友達と海に遊びに行ったんです……」
「ちょ、待ってくれ、依頼内容をこれで録音したいんだが……構わないか?何かあったときの為の保証になる。もちろんお互いのだ」
それに同意した女性は椿にゆっくりと話し始めた。
依頼内容はこうだった。
彼女の名前は
大学のサークル仲間である
しかし、旅館に泊まった日の夜中、誰かのうめき声で目が覚めた。誰かの具合が悪いのかと思い、まっさきに自分の両隣にいる女性二人の状態を確認した。けれど、疲れているのか二人とも爆睡している。まさか男性三人の誰かが……と思い、部屋を隔てていたふすまを少し開けると、全身が濡れた女性が男性一人の首を絞めていた。「何をしているの!?やめて!」と声をあげると、女性は消えた。その声で目が覚めたメンバーは彼女にどうしたのかと尋ねるが、由衣は夢を見たとしか言えなかった。首を絞められていた男性は尚だった。彼の体を揺すっても起きず、呼吸は深くゆっくりで、耳元で大声を出しても起きなかった。不審に思ったメンバーは彼の体を起こした。すると体から大量の水が流れ出し、彼の体は痙攣を起こした。慌てて救急車を呼び病院へと搬送する。しかし、原因が分からない。彼は今もずっと眠ったままだという。
ある日、彼女がメンバーと共に彼のお見舞いへ行こうとした際、鏡越しで部屋の中に彼が立っているのを見た。驚いて振り返ると姿はない。その日から、彼女の体には様々な異変が起こり始めた。
「……という感じなんですけど……四十住さん……これって何か分かりますか……?私の具合が悪くなった原因って……」
「要するに、君たちに起こっていることは霊的なものだ。そうだな……幽霊の仕業ってところだな」
「あ、あの、今君たちって言いましたよね。でも友達は私と同じことが起こっていないんです。そういう話、聞いてなくて……」
「聞いてなくて当然だな。君の友達は自分に起こっていることを隠してるんだ。こんな話をしたら不審に思われる。そう思って隠してるのさ。現に、君も友達には話してないんだろう?それに、友達に自分と同じことが起こっていると感じたことがあるんじゃないか?」
椿の言う通り、由衣には心当たりがあった。
ある日の朝、大学へ行くと薫がベンチに座っていた。心配になり声を掛けようとしたとき、彼女が持っている紐に気づいた。何で紐……?由衣は「薫、おはよう。それどした?」と声を掛けるが彼女は聞こえていないのか反応がなかった。肩を軽く叩いた由衣。すると突然「もうっ、何で失敗したのっ!」と薫は声をあげた。
『……薫……』
『あ、由衣……ごめん。気にしないで……』
この会話を最後に薫とは会っていない。由衣はそう椿に伝えた。
「なるほど……紐か……」
たったこの会話だけで椿は何かを感じ取ったようだった。
「なあ、今からその“いつものメンバー”に会えないか?」
「え、今からですか!?」
「ああ。あ、もちろんお昼を食べてからな。腹が減っては戦は出来ぬというだろ。と、その前に……ちょっと頼みたいことがあるんだ。海に行く前日と当日、その時のことをできるだけ鮮明に思い出してほしい。で……記憶、見せてもらっても良いか?」
由衣は目を見開いて椿を見ていた。
何なんだ……この人は……
きっと由衣の椿に対する第一印象はこうだったに違いない。
「ほら、早く!じゃないと昼飯に行けないだろ」
椿は由衣にそう言うと、そっと頭に手を置いた。
驚く彼女には構わず、椿は目を閉じる。しかし突然目を開け「何してるんだ?ほら、早く」と急かす。由衣は言われるがまま、目を閉じ、思い出した。出来るだけ鮮明に。
由衣が思い出すたびに、椿の中に映像が流れ込む。
時々目を開ける由衣。自分の目の前には、目を閉じ自分の頭に手を置く高身長の男性が……しかもまつげの長い……そんなことを思った瞬間、椿に「余計なことは考えるな」と注意が。
そして二十分ほど経ったとき「もうこれ以上は思い出せません……」と由衣。
「十分だ。じゃあ、飯に行こうか」
椿は財布とスマホだけを手に、玄関へと向かう。由衣も慌てて荷物を持ち彼の後を追った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます