探偵・四十住椿の事件〜事件と出逢いは紙一重〜
文月ゆら
プロローグ
「ねえねえ、今日もまた都市伝説の話しようよ!」
「うんっ!私ね、また新しいのみつけてきたんだよ」
最近、子どもたちの間では都市伝説やらオカルト話やらUMAやらの話で溢れていた。もちろん、こういう類の話はいつの時代にも存在し、尾ひれがつきながら語られるのだが今回は違った。
「あのね……きさらぎ駅って知ってる……?」
「きさらぎ駅……?ううん、知らない……それどういう話?」
「あのね、二〇〇四年にインターネットに投稿された話で、深夜に電車に乗ってたらいつもと違って様子がおかしかったんだって。いつもならちゃんと駅に停まるのに、この日はどこの駅にも停まらなくて、やっと停まったと思ったら知らない駅に着いてしまったらしいの。その駅がきさらぎ駅って名前なんだけど、そんな駅は実際には存在していないんだってさ。駅には誰もいなくて奇妙なことばかり起きてしまって、携帯電話で助けを求めてるのに助けてもらえなくて。すごく困ってたら車が来て、それに乗せてもらったあとから消息不明らしいよ……」
「……うわ……なんだか怖いね……そんな話聞いたら電車に乗るのも嫌になるよ」
二人がそう話していると、いつものメンバーが集まってきた。
「また都市伝説の話してんのか?いい加減やめておけって。何か起きても知らねえかんな」
そう言うのはメンバーのリーダー的存在である
「もうっ!せっかくいいムードで話してたのに椿君が来たらムードが無くなったじゃないっ!せっかく怖い感じだったのにさ」
春名は頬を膨らませながらそう言い放った。
「お前らな、オカルトとかホラーとか怖がるくせに話してんの意味わかんね。怖いんならやめとけって。中途半端に話すと変なもの集まってくるぜ……」
「え……変なものって……?」
風花が顔を強張らせながら椿に聞いた。
「幽霊……とか」
椿が言うとなぜか本当に幽霊が来そうな雰囲気だった。
「そ……それは怖いかも……うん、やめとこ……」
椿がその場を離れたの見て、涼が近づいてきた。
「なあなあ、あいつさいつも何を言っても怖がったりしないじゃんか。で、あいつの怖がった顔、見てみたくない?俺に良い考えあるんだけど、どう?」
「確かに。椿とは幼馴染だけど、あいつが怖がってるところ、俺は見たことないかも。ちょっと見てみたい気もするけど、また椿に怒られんじゃない?」
「ねえねえ、怒られるのを覚悟で椿君のこと怖がらせようよ!私、涼君の案に賛成!」
「よしっ!じゃあ決まり。風花ちゃんもそれでいい?」
「え、私……?う、うん。良いよ」
風花だけは乗り気ではなかった。けれどこの雰囲気を壊すのが怖くて、反対できなかった。このとき反対していれば……あとから何度も後悔した。
そして彼らは椿を怖がらせるために、必死に案を出し知恵を絞り「怖い話」を作った。
〈決行は今日の放課後。クラブ活動の時の前の休み時間な〉
涼から手紙が回ってきた。皆で頷く。
終業の合図であるチャイムが教室に鳴り響く。子どもたちは「終わった~!」と声を揃える。
「はい、みなさんお疲れさまでした。今日はクラブ活動の日なのでそれぞれ水分補給をしっかりしながら楽しく、クラブ活動を行ってくださいね。じゃあ終わりの挨拶をお願いします。日直さんは前に……」
担任の先生の合図で日直と呼ばれるその日の担当が教壇の前に立つ。挨拶を済ませ、各々が荷物を持ちクラブ活動の場へと向かって行った。
「なあ椿!俺さ、昨日怖い話を調べてて面白そうなのみつけたんだ。皆にも話したいんだけど、聞いてくれね?」
「お前もか……なんでみんな怖い話にはまってんのさ」
「まあ細かいことはいいからさ。聞いてよ。ほら鷹斗、風花ちゃん、春名ちゃんこっちこっち!聞いてほしい話があるんだ!」
涼はみんなを呼び集め、一つの机に五つの椅子を用意し「怖い話」をし始めた。
「ある日の夜、肝試しに行った五人のメンバーがいたんだ。向かった先は自分たちが通う小学校だった。理科室の歩く人体模型、音楽室の泣くピアノ、笑うベートーヴェン、そういうのを自分たちの目で見たくて夜の学校に忍び込んだんだ。そして職員室の前にある小さな池へ向かった。そこは昔、池の近くで遊んでいた生徒が足を滑らせて中に落ちた池だったんだ。メンバーの男が肝試しだって言って一人ずつ池の中に足を入れていった。皆が入れたのを確認して、肝試しは終わった。それぞれが家に帰っていったんだけど、次の日の朝、メンバーの一人が学校を休んだ。心配になったからみんなでお見舞いに行ったんだけど、お母さんは会わせてくれなかった。次の日もその子は学校を休んでて、先生の様子もおかしかった。休んだ理由を聞いても教えてくれなくて、その日もお見舞いに行ったら、警察の人がいたんだ。どうやら失踪したらしい。そしてまたメンバーの一人が消えて、同じことが繰り返されていったんだ。結局、メンバー全員が失踪扱いになって未解決事件のまま何年も経った……って話なんだ。この話、怖くない?」
涼は自信満々に話した。不思議そうな顔をしている椿を見て、鷹斗、春名、風花も「よしっ、いけそう」と期待を寄せた。しかし、彼の反応は予想を裏切るものだった。
「その話、必死に作ったのは聞いてて分かるんだけど、どうしてそうなったのかが知りたいな。あと……」
「だーっ、もういいっ!やっぱり椿は怖がらないよな~なんで?」
「あ、ごめん。でも、何でって聞かれてもなんか怖くないんだよ。話を聞いてもお化け屋敷に入っても、ホラー映画とか夏の怖いホラー特集とか見ても、怖さってのを感じなくてさ。俺たぶん……おかしいんだきっと」
椿がそう言うと風花はくすくすと笑った。
涼たちは椿を怖がらせることを諦め、クラブへと向かった。
風花は涼が話していた「怖い話」が頭から離れず、軽く身震いをした。何せ、自分のクラブは音楽クラブで今ちょうどピアノを弾いていたからだ。
「大丈夫、大丈夫。あれは涼君が創った偽物だもん。怖くない怖くない……」
そう自分に言い聞かせ、鍵盤に手を置いた。
クラブを終え、それぞれが家へと帰った後、奇妙なことが起きていた。
それは全員が同じ夢を見ていたこと。夢の中で皆で話していた。
「うわっ、これ俺の夢なのに何でお前たちがいるんだよ」
涼がそういうと「それはこっちのセリフだ」と鷹斗が言った。
「でもほんとに不思議。夢の中で五人が集まって、しかもこうやって話してるなんて。まるで私たち、会って話してるみたいだね」
春名がそう言う。彼女の視線は椿に注がれていた。椿は腕を組み、何か考えている。そんな椿の様子を見て、彼女は「ねえ椿君、なんだかそうやってると、あの有名な探偵のアニメ?みたいだね」と笑った。しかし椿はそんな春名の言葉に耳を貸すことなく、ただ何かを必死に考えていた。
しかし、答えが出ることなく夢は終わった。
朝を迎え、いつも通りに通学路を通り、学校へと向かう。
チャイムが鳴り、先生が教室へ入ってくる。
「春名ちゃんが来てない……」
風花は教室を見回す。いつもならいるはずの春名の席、今日は寂しかった。風花が彼女を見るといつも微笑みかけてくれたのに、今日はそこに春名はいなかった。
一限目が終わり、二限目が終わり……終業時間になっても春名は来なかった。先生いわく、保護者からも欠席の連絡はないとのことだった。
「無断欠席と言うことだな……」椿が呟く。
「先生……春名ちゃん、明日は学校に来れますか?」風花がそう聞いた。先生は「どうだろう……今日のお休みの連絡、お母さんから電話とかなかったのよ。いつもは必ず連絡くれるんだけどね。本当にどうしちゃったのかしらね……」と困っていた。
風花は嫌な予感がしていた。もしかしたらあの「怖い話」のようになっちゃうんじゃないか、もしかしたらみんな、いなくなっちゃうんじゃないかと。
「大丈夫だ。みんなのことは守るからさ」と椿がそう言った。風花は不思議な顔で彼を見る。「俺さ、みんなには言ってないけど、なんとなく人の心が分かるんだ。何がしたいのか、何を言いたいのか、何を思ってるのか分かるみたいなんだ。でも外れるときもあるよ。いつも正解してるわけじゃない。ほら、まだ五年生だしさ分からないこともあるけど、今、風花ちゃんが思ったことは分かったよ。みんな消えたりはしない。大丈夫だよ。もし、何かあったときは俺が何とかする。風花ちゃんのこと守るからさ」
椿の目はまっすぐ、風花を見ていた。
椿がそう言ってる。なら大丈夫だ。そう思った。
けれどそれからはおかしなことばかりが続いた。
春名が消えた翌週、今度は涼が消えた。無断欠席が二日続き、警察が捜査を始めた。同じ学校の同じクラスの生徒が二人、立て続けに失踪したと刑事たちが学校の中を捜査していた。もちろん、教師や生徒関係なく事情聴取を受けた。
「じゃあ、春名ちゃんや涼君がいなくなった理由は分からないんだね?」
「は、はい……」
左足を引きずる刑事は風花に二人が消えた原因に心当たりがないかを聞いた。
彼女だけでなく、もちろん鷹斗や椿にも聞いた。
「君は二人が消えてしまった理由を知っている?」
「心当たりですか……俺には分かりません。でも刑事さんは都市伝説とか神隠しって信じます……?」
「都市伝説に神隠しか……そういう
刑事が意味を説明しようといた瞬間、椿はすらすらと言葉の意味を喋り始めた。
「
刑事は驚き、目を見開いていた。最近の小学生は言葉の意味まで理解しているのかと納得したが、この後の椿の説明で、この子の賢さは学校や親から習ったものではなく、生まれつきの才能なのだと身をもって知ることになる。
「ねえねえ刑事さん、刑事さんの名前を教えてよ」
椿は隣に立つ刑事にそう聞いた。彼はまじめな様子で聴取のメモを取っている。大槌とペアを組んでいるのか。彼の様子をじっと見ていた。
「俺の名前か?俺は吉川だよ。それがどうかしたの?」
「ううん。お兄さんってもしかして僕の仲間……?」
椿はそう言って吉川を見つめる。その瞬間、吉川は身震いした。何かを感じたのか。
「あ、吉川刑事。二人を見つけられる確率ってどれくらいなんですか?涼はいなくなって三日目だけど、春名ちゃんはもう八日目だ。もし誘拐だったら、事件や事故に巻き込まれてたら……。刑事さんは二人がいなくなった原因、なにか分かったりしませんか?」
「へ?あ、いや……それはまだ捜査中で……ただ、事件に巻き込まれてるような感じは僕はしないんだけど、君はどう思う?」
「俺は……神隠しの方がしっくりくる。そう思う……」
こうして学校に突如として現れた刑事たちの事情聴取は終わった。
警察署に戻った刑事は、椿のことが頭から離れないでいた。
「なあ、今日事情聴取したあの男の子覚えてるか?」
大槌はそう聞いた。
「あ、はい、あのやたら賢い子ですよね」
「そうだ。何だかあの子、友達がいなくなったのにやけに冷静だと思わないか?しかもいつも一緒にいる仲間だと言っていた。普通の小学生があんな冷静でいられるか?それに話し方も何というか……大人びている。あの子は……俺の名前も……どうやって知ったんだ……」
「確かに気にすれば気になるところばかり目が行きますけど、それは先輩の気にしすぎじゃないですか?俺には普通の小学生にしか見えませんでしたよ」
吉川はそうあえて言った。そうでもしないと、椿のことが頭から離れなかったからだ。
刑事たちが学校へ来た翌日、校内はぴりぴりとしたムードに包まれていた。二人がいなくなった原因は誘拐だ。いや、神隠しだよ。この学校にはなにかあるんだ。保護者が学校へ押しかけ、二人が消えた詳細の説明を求めた。
「ですから、まだ何も分かっていないんですっ!ご説明したいところですが、我々も詳しいことは何も分かっていないんですよっ!」
校長が説明するも、保護者は納得がいかないのか、この日の授業はとても受けられる状況ではなかった。
「椿君、鷹斗君……私、明日から学校へ来られないんだ……。お母さんがね、事件なのかそうなのか分かるまで学校へは行かないでって。先生にも明日から休むこと連絡帳に書いたんだって。だからしばらく会えないの。また学校へ来たときはお喋りしたり、遊んだりしてくれる?」
「もちろんだよ!僕、待ってるよ!風花ちゃんが学校にくるまで。それに家にも遊びに行く。だから気にしないで大丈夫だよ。椿もそうだろ?」
「もちろんさ。風花ちゃん、大丈夫だから安心して……」
二人にそう言われ、風花は笑顔で頷いた。
生徒が下校した後の校舎。教師は集まり、明日から授業をどうするか、誘拐だと仮定して生徒の安全をどう守るか、会議が開かれていた。三時間にも及ぶ会議の末、校長が出した結論は臨時休校だった。
そして次の日から、この学校から元気な子供たちの声が聞こえてくることはなかった。静まり返った校舎。聞こえるのは教師の会議の声のみ。誰もいない教室に一人、椿はいた。
「二人がいなくなった原因、もしかしたらあの作り話に関係が……でもだれがそんなことを……?誘拐、失踪、事故、事件、さすがに俺には分からないのかなぁ……」
椿が学校に侵入している最中、あの刑事たちが教師たちに事情聴取していた。
「ですから、何回聞かれても答えは同じなんですって。それとも二人がいなくなったのは担任である私が原因だとでも言うんですか?」
「いや、先生、そうではないんです。あなたが原因だとかそういう話ではなく、心当たりや何か気になることとかないですか、という話なんです。例えば、二人がいなくなる前に学校の中で気になる話を聞いたとか、不審者の話があったとか、どこかへ出かけるとか、そういう話は聞いていませんか?」
「……気になることとかないですよ。いなくなった二人はいつも五人でいて、春名ちゃんが消える前日も五人で楽しそうに怖い話で盛り上がっていましたし。問題があるような子たちじゃないんです」
椿は職員室の外でじっと黙って聞いていた。
「先生、その……怖い話って神隠しと関係あったりします?都市伝説とか……」
「神隠し?いいえ、ないと思います。まあ、最近あの五人はよく怪談話とかしてましたけど、それと何か関係が?」
「いや、確か…‥ツバキ…」
「四十住椿……ですか?」
「あ、はいそうです。その椿君が“都市伝説や神隠しを信じるか”とか“二人を見つけられる確率はどれくらい”だとか、やたらと落ち着いていて言葉遣いも大人びていることが不思議でして。普通なら怖がって話せなかったり、動揺していたり緊張して声が出にくかったりとあると思うんですけど、あの子はそう言うのがなかったので印象に残っていて。もしかしてご家族や家庭の関係で……」
「あの子は特別なんですよ。私もいつも驚かされますから。私より知っていることもありますし、十歳には見えないでしょう。ほんと椿君は天才なんですよ」
二人が話し込んでいると椿はふと思い出した。
椿が向かった先は鷹斗の自宅だった。鷹斗ならあの「怖い話」を作ったとき、春名や涼と一緒にいたからだ。鷹斗から情報を集めようと考えたのだ。
「あ、鷹斗!……あ、えっと……椿君だったわよね。今、鷹斗いないのよ……」
「もしかして、鷹斗も……」
鷹斗の母親は涙目で頷いた。それを見た椿は急いで走った。
息を切らし肩で呼吸しながらついた先は教会だった。
「父さんっ!」
「お、おう……どうした椿?うん……?」
「神隠しを起こす幽霊とか悪魔っていないの?」
「何だ突然、何があったのかゆっくり話しなさい。結論はそのあとだ」
椿の父親と呼ぶにはかなり年を取っている神父がそう言った。
椿は全部説明した。怖い話のこと、二人がいなくなる前のこと、自分が思っていること。全部を話した。
「なるほど……おまえはそう思っているんだな……確かに、神隠しのようだ。けれど、それが本当に神隠しだと決めつけるのは良くないな。どこかに事件性があるのならそれは警察の仕事だ。そうでなく本当に神隠しなら私の出番だな。椿、私はこの件……」
それから何日かして、春名、涼、鷹斗の三人はあっけなく戻ってきた。怪我もなく、体が弱っているそぶりもなく、突然各々の自宅に戻っていたという。
なにがあったのか、三人に聞いても覚えていなかった。脳に損傷はないにも関わらず、記憶が抜け落ちているようだと医師は言った。精神的なものだろうから今はそっとしておくべきだと言う医師の指示通り、三人への事情聴取は日を改められた。
そんな不可思議な事件から十五年後、五人は大人になりそれぞれの道を歩んでいた。しかし、あの不思議な事件がまたこの町で起こることになる。
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