第一章 ②

「あ~美味かった~」

 椿は由衣と共に自宅近くの喫茶店へ来ていた。

「あ、あの……」

「ん?どうした?」

「いや、こんな時間にそんなしっかり食べて夜ご飯食べられなくなりますよ?」

 時間は午後四時になっていた。

「あ、それに関しては大丈夫だ。なぜかすぐに腹が減るんだよ。特に頭を使いすぎた日は常に空腹なんだ。ほら、ポケットに……げっ……ない……」

「何がですか?」

「チョコだよ……いつも持ってるのに今日に限って忘れてる。あとで買い物行かないとな……そろそろ備蓄食料が……」

 椿はぶつぶつ言いながら何かをメモし始めた。

 そして一通りメモを終えたのか、椿は何かを思い出したように由衣に言った。

「あ、そう言えばいつものメンバーとかサークルについて教えてくれ。前もって情報を集めておきたいんだ。俺が質問をするからそれに答えてくれればいい」

 そう言って彼はポケットからボイスレコーダーを取り出した。そして電源を入れ録音機能をオンにする。合図を由衣に出し、話すよう促す。呆気に取られながらも彼女は椿の質問に少しずつ話し始めた。

「じゃあまず、大学名と学年、専攻を教えてくれ」

「あ、はい……神代大学みしろだいがく四年、専攻は歴史学です」

「君について教えてくれ」

「はい?わ、私について……ですか……」

「そうだ。君の性格、好きなもの、好きなこと、とにかく何でもいい」

 由衣は戸惑いながらも思いつくことを話し始める。

「私の性格は……負けず嫌いで頑固です。あと人の感情に敏感というか……。好きなものは歴史の本を読むこと……かな。あとは歴史人物をノートにまとめるのも好きです。好きなこと……?あ、料理ですね!一人暮らししてるんで一通りの家事は出来ます。あの……他には?」

「家族構成は?」

「……いません。家族はいないんです……ちょっと訳あって家族は亡くなりました……」

「そうか。じゃあ、俺と同じだな。仲間が増えた」

 椿はまっすぐ由衣を見ていた。思わず彼女は目を逸らす。しかし再び二人は見つめ合っていた。

「ん?どうかしたか?」

「あ、いえ……。あの、質問は終わりでいいですか……?」

「ああ。じゃあ、君が言う“いつものメンバー”を教えてくれ」

「はい……。えっと、全員同じサークルで、有川尚、元木剛士、早瀬薫、岡野健一、松島楓、この六人がいつものメンバーです」

「なるほど。じゃあ、サークルの名前と活動内容、メンバーについて教えてくれ。そうだな……性格や趣味なんかも教えてくれると助かる。わかる範囲や君からみた彼らって感じでいいから」

「分かりました。あの……メモとか取らなくて大丈夫ですか。録音してるとは言え、すぐには見返せませんよね……?」

「ああ、それについてなら大丈夫だ。昔から記憶力が良くてな。聞いたり見たりしたものはすぐに覚えられるんだ。気にしなくていい。じゃあ、続きを頼む」

 こうして椿の質問攻めが一時間ほど続いた。

 すべての質問を終えた椿は「なるほどな……良く分かったぞ」と一言。そして「じゃあ、今からそのメンバーを集めてくれ。そうだな……俺の家にしよう。そこなら何かあっても安全だし、外に“何か”が漏れだすことも無いだろ」

「何かって……?」

「それは見てのお楽しみだ。君は“視える人”なのか?」

 椿がそう言うも、由衣はきょとんとした顔だった。この人は何を言ってるのという顔を椿に見せている由衣。

「まあ、いいか。そのうち分かりそうだしな」

 彼はそう言うとそそくさと会計へと向かった。もちろん、持ち帰り分のケーキと紅茶を何種類かも忘れずに……。


 自宅に戻った椿は何かの用意をしはじめ、由衣は彼に言われた通り、メンバーに連絡していた。

「うん、これくらいってところか……連絡したか?」

「あ、はい。あの……今回私たちに起こったこと、分かったんですか?」

「ん?もちろんだ。こんなの謎にもならないくらい簡単なものだぞ」

 そうこうしている間に自宅インターホンが鳴り、メンバーが続々と集まってきた。そして五人が自宅に集まったのを確認し、椿は口を開いた。

「話をする前に、各自名前を教えてくれ」

 訝しげな表情を浮かべるメンバーを見て、由衣は慌てて友達を紹介し始めた。

「左から、元木剛士君、早瀬薫さん、岡野健一君、松島楓さんです。そして今も入院しているのが有川尚君です」

「ふ~ん……なるほど……じゃあ、本題に入るか」

 椿は手をぽんと叩き、彼らを椅子へと座らせた。そして、前もって用意しておいた材料を彼らの目の前へと持っていく。

「俺は長々とした推理は嫌いだし、いかにも探偵っぽいってのも嫌いだ。だから全て直球に言うし、回りくどい話の持っていき方なんてのはしない。だから単刀直入に言うぞ。今、君たちの身に起こっているもの、それは霊障だ」

「……れいしょう……?」

「ああ。漢字は“霊”に“障る”って書く。つまりだな、幽霊の仕業なんだ」

 目の前に座る六人は、お互いを見合っていた。

 それもそのはず。突然集められ、自己紹介もなかった男が“幽霊の仕業だ”なんて話してる。不審人物もいいところだ。

「あ、あの……何のことでしょうか……」

 早瀬薫がそう聞いた。

「確かに。突然集められてあんたのことも分からないのに、何変なこと言ってんだよ」

 元木剛士もそう言った。

「確かに。剛士の言う通りだ。そもそもあんたは誰なんだよ」

 岡野健一までそう言い始めた。椿は大きいため息を吐くと「わかった。君たちが求めてるのは自己紹介ってことか……」と言った。そして手に持っていたものをテーブルに置くと、自己紹介を始めた。

「時間がないんだ。簡単に済ませるぞ。俺の名前は四十住椿。雑誌のライターをしている。で、こうやって依頼が来たときは今みたいに対応することもある。これでいいか?」

「依頼ってなんだよ……」

 岡野健一は少し顔をしかめながらそう聞いた。松島楓と薫は不思議そうに椿を見ている。それを見かねた椿は説明し始めた。

「そこの七海由衣が俺に頼んできたんだよ。助けてくれって。しかも昼飯だって食ってないのにだぞ?今からちょうど……ってときに、インターホン鳴らして、突然助けてくれって言いだすんだ。まあ、その後腹いっぱい食ったけどな。七海由衣が来たとき、彼女震えててさ、俺には彼女が濡れているように見えたんだが、全く濡れてなくて。多分、のせいだな。何でも、君たちのサークル仲間が意識不明らしいじゃないか。海に行ってからなんだろ?確かもう一人いたっけ……七海由衣以外にそれを見た奴誰だっけな……教えてもらったんだけど……確か……まあいいや。それよりも、こんな時に海なんかに行くからだぞ。この時期の海ほど危険なことはないぞ。あいつらがうよ……」

 椿が延々と一人で話し始めた。その時、それを遮るように薫が話しはじめた。

「あ、あの……実はそれ私です。私、見たんです……尚君が女に引っ張られてるの……怖くて誰にも言えなくて……その後旅館に戻って寝てたら尚君、水を垂らしてる女に首を絞められてて……」

 由衣は薫に「そうだったんだ……怖かったよね……」といいながら彼女の背中をさすっていた。

「……掛かったな」

「へ?」

 由衣は椿を見た。彼は右口角をわずかに上げ、少し笑っているように見えた。

「四十住さん、それってどういう……」

「簡単なことだ。今回のこの事件、最初から最後まで人間が仕組んだことだ」

 一同はつばきをじっと見る。

「今回の事態を招いたのはそこにいる早瀬薫さ。彼女が有川尚を意識不明にし、ここにいる全員に霊障が起こるよう仕向けたんだ。証拠に彼女だけ、霊障がない。違うか?」

「え……何で私……?私だって由衣と同じように尚君の状態を……」

「そこがおかしいところなんだ。俺が彼女から聞いた話だと、今回の“事件”が起きた“一番最初”を見たのは七海由衣しかいないはずなんだ。ちなみに今俺が言った“もう一人いた”は嘘だ。今、適当に言った。それに君の今の話にはおかしいところが三つある。由衣、録音したの流すぞ。構わないか?」

 突然、椿から呼び捨てにされた由衣は驚き、うなずくしかできなかった。

『みんなで旅館に泊まった日の夜中、誰かのうめき声で目が覚めました。誰かの具合が悪いのかと思って、まっさきに私の両隣にいる女性二人の状態を確認しました。でも、疲れているのか二人とも爆睡していて……』

 録音された音声はそこでいったん止められた。

「ここがおかしいところ“その一”だ。彼女はうめき声が聞こえてすぐ目が覚めている。そして自分の両隣にいる君と松島楓を確認している。そのとき君たちは爆睡していたと。由衣、二人は本当に爆睡していたのか?暗闇だったろ?どうやって、爆睡しているかどうか確認したんだ?」

「あ、まず最初に楓のほっぺをつんつんして、その後に薫のほっぺを同じようにつんつんしました。でも二人とも起きなくて。そのあと、乱れていた洋服を直してふすまを……」

 楓は服の裾を軽く掴むと、少し恥ずかしそうに下を向いた。

「ということだ。確かに、頬を突かれても寝たふりを続けられるかもしれない。けど、乱れた服を直されては、寝たふりは続けられないと思うぞ。洋服とはいえ、体に触れられるというのはパーソナルスペースの問題があるからな。触れられると、嫌でも目が開いたり、手が動くはずだ」

 椿はそう説明を続ける。

 剛士は「パーソナルスペースって……?」と問いかける。

「パーソナルスペースと言うのは、他人に近づかれると不快に感じてしまう空間のことを言うんだ。いわゆる“自分のテリトリー”ってことだな。親密な相手ほどスペースは狭く、敵対視している相手ほど広いんだ。稀にだが、距離は関係なく視認しただけで不快感を感じる場合もある。じゃあ、さっきの続きに戻るぞ……。もし仮に有川尚がそんな状態になっているならば、由衣より先か、それと同時に起きていたことになる。その証拠に……」

 椿は再びボイスレコーダーを手に、再生スイッチを押した。

『疲れているのか二人とも爆睡していて、何をしても起きなくて。それで男性三人の方に体調が悪い人がいるのかと思って、ふすまを開けたんです。そしたら全身濡れている女性が男性の、尚くんの……有川尚くんの首を絞めていて……』

 レコーダーから聞こえてくる由衣の声は、しっかりとその時の状況を説明しつつも、どこか震えているように思った。

『私は思わず“何をしているの!?やめて!”と叫んだんです。そしたら首を絞めていた女性は消えて……。私のその声でみんなを起こしてしまって、でもみんなはやさしいから、どうしたのって。私は信じてもらえなかったらと思って夢を見たとしか……』

『なるほどな。その時、その有川尚の状態はどうだったんだ?』

 椿の声が聞こえてくる。その質問に答えようと、由衣の震えた声も聞こえてきた。

『尚くん、首を絞められたからなのか、その前からなのかは分からないですけど、みんなが起きた後、尚くんの体を揺すったり声を掛けたりしたんですがもうすでに意識がなくて。剛士くんと健一くんが彼の体を起こしてくれたんですけど、ぐったりした彼の体から急に大量の水が……おまけに体を思い切り震わせて……』

『震わせた?それはどんな風に?痙攣って感じか?』

『そうです……痙攣してるみたいに全身を震わせて……』

 由衣の声がボイスレコーダーから消えた。

 椿はボイスレコーダーを置き、そこにいるメンバーに一瞥をくれた。

「つまりだ、由衣が女を見た時には、全員寝ていたことになる。そして叫び、女が消えた後に全員が目を覚ました。と言うことは、君はいつ、どこでその女を見たんだ?」

「……由衣が私の服を直してくれたあと、触られた感じがして目を覚ましたんです。ほら、さっきあなたが言ったじゃないですか。パーソナルスペースが……って。それです。それで目が覚めていて、でもなんか金縛りみたいになっていて動けなくて。由衣が動いてくれて良かった……」

 そう話す薫の横で、由衣はどこか腑に落ちない顔をしていた。それを見た椿は彼女に尋ねる。

「由衣、乱れていた服を直したって言ってたが……それはどっちの服だったか覚えてるか?」

「……楓です。あの時、私が直したのは楓の服でした……」

「うん。だろうな。だからさっき、松島楓は自分の服の裾を掴んで下を向いたんだ。何となく、直してもらった記憶があったのか?」

 椿が楓に聞くと、彼女は遠慮がちに頷いた。

「そ、そんなの後付けじゃない!私を犯人にしたくて手を組んでるんじゃないの!?第一、何で私が尚くんやみんなを呪わなきゃいけないの?」

「え、呪い……?」

 剛士が言った。

 椿はまた、右口角を上げる。

「なるほど……呪ったのか。有川尚とここにいるメンバーを」

「ち、ちがっ……あなたが最初に言ったのよ、これは呪いだって」

「俺が?呪いって?俺が言ったのは霊障だ。呪いじゃない」

「同じようなものじゃない!」

 椿と薫のやり取りをじっと見ている由衣たち。

「あのな、俺にはあんたが呪いをかけたことくらい、最初からわかってんだよ。あんたがここにきたとき、確信に変わった。けど、それを敢えて言わなかったんだ。自分から言えば何とかしてやろうと思ったが……やめた。俺はなにもしない。自分で蒔いた種なんだ。自分で回収しろ」

 椿はそう言うと、キッチンへ向かってしまった。

 取り残された由衣、楓、剛士、健一、そして薫。彼女らは突然の椿の対応にどうしていいか分からず、戸惑っていた。

「あの……薫ちゃん、本当に薫ちゃんが私たちを……その、呪った……の?」

 おどおどしながらも、楓はそう聞いた。

「ふん……もし、私が呪ったって言うならその証拠は?それに呪う理由は?何もないでしょ?証拠もないのに、あの男が変なこと言うから、友達に疑われてんじゃん私。元はと言えば、こんなところに集まるように言った由衣が怪しいんじゃない?」

「私は……」

「ほんっとに血の気が多いな君は……」

 キッチンからグラスを手に戻ってきた椿。それを見てほっとする由衣がいた。

「さっき、証拠はとか理由はとか言ってたな。どっちもあるぞ。教えてやろうか……」

 彼はグラスに注がれている水を飲み干し、メンバーの前へと戻った。

「まず、理由から行こう。君が有川尚とその仲間を呪った原因。それは七海由衣だ。そうだろ?」

「え、私!?」

「ちょ、待てよ……それってどういう……」

 剛士が驚いて言った。

「君は、由衣のことが嫌いだ。君の、由衣に対する視線と空気感で分かる。それに由衣が、有川尚に好かれているのも気に食わない。だから君は、ネットか何かで嫌いな相手を呪う方法でも調べたんじゃないのか?そして実行した。しかし、不運にも由衣ではなく有川に呪いが行ってしまった。それはどうしてか。ここからが証拠編だ」

 椿はそう言って右手人差し指を薫に向けた。

「証拠一、君の左ポケットに入っている紐。証拠二、全員が同じ霊障を経験していること。証拠三、君だけが霊障を経験していないこと。この三つだ。じゃあ、一つずつ行こうか。まず、君の左ポケットに入っている紐、それは由衣のカバンに入っているチャームの紐だ」

 由衣はカバンの中に入っているチャームを探した。そしてそれを手に、椿に見せた。

「そう、それだ。それと同じものがそいつのポケットに入ってる。由衣、手を入れてみろ」

 彼に言われた通り、由衣は彼女のポケットに手を入れた。すると、何かが指先に触れる。掴んで引き出すと、椿の言う通り紐が入っていた。それを手に、自分のカバンの中から出てきたチャームと見比べてみると、紐が一致した。

「その紐は由衣を呪うのに必要だった。だから、一本だけ奪った。けど、それは由衣のものではなく、有川のものだった。由衣、違うか?」

「そ、そうです。これ、私のチャームじゃなくて尚くんのです」

「尚くんは男の子じゃない。そんな女性もののチャームなんか持つわけがないでしょ」

 薫が言う。けれど剛士が反論した。

「いや、それは間違いなく尚のチャームだよ。姉ちゃんにもらったんだってさ。でも女の子っぽくてカバンの外に着けるのは恥ずかしいから、中のポケットのところに着けてたんだ。間違いないよ……。でも、海に行く前日に失くしたって言ってた……何でそれを由衣ちゃんが?」

「これ、尚くんが落としたのを私が拾ったんです。ほら、サークルで集まったとき明日の旅館の費用、前もって集めておこうって話になったの覚えてますか?その時に落ちちゃったのかして、最後に私が部屋を出るとき床にあったんです。見た目からして女の子っぽかったから薫か楓かと思ったんですけど、当日の朝、みんなで集まった時に尚くんのだって分かって……。返そうにもタイミングがなくて。私が持ってたんです。そしたらこんなことに……」

 椿は「なるほどな。じゃあ、いつその紐を取ったのかってことになるが……恐らくは海の更衣室……」と言いながら薫の様子をじっと見ている。そして「うん、当たりだな。そしてその時に取った紐を使って……」と説明を続けていった。

「呪いを掛けたのは旅館に着いてからか?」

「だから、私じゃないって!」

「その反応で十分だ。それに君が言葉を話さなくても俺には分かる。旅館に着いたときに呪いをかけた……そして由衣ではなく、有川が代わりに呪いに掛かったってことか……。なぜ、他のメンバーにもかけたんだ?」

 ここまで椿が行った時、薫がぼそっと言った。

「……かけたくて、みんなにもかけたんじゃない……頭に皆の顔が浮かんでしまったの……事故だったってことよ……」

「やっと落ちたか。ここで真犯人と証拠三が繋がったな。証拠三、君だけが霊障を経験していないこと。それはなぜか、犯人だからだ。相手を呪った犯人だけは霊障を経験しない……と、まあ、ネットにそう書いてあったんじゃないのか?……うん、答えないな。でもまあそんなところだろ。ほら、ここまでお膳立てしてやったんだから、あとは自分で話すんだ」

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