第5話


 ある日。私が赤務駅のホームで電車を待っていると、ホームの隅に例の黒い影法師を見かけました。

 

 私は例の吐き気に襲われましたが、何とか堪えてその影法師を見続けました。というのも、普段と様子が違い、複数の影法師が一人の人間を取り囲む様に存在していたのです。


 取り囲まれていた人間は、どこにでもいるようなスーツ姿のサラリーマンでした。彼に何か変わった様子は無く、イヤホンを耳に付けたまま手元の携帯端末を弄っています。


 これは何か影法師に関する情報が得られるかもしれない。


 駅のホームと謎の怪異という、あまりにも出来過ぎたシチュエーションに悪い予感を感じつつも、私は吐き気を堪え平気な振りをして、彼らの様子を覗っていました。


 電車が駅に入って来た時、事件は起こりました。サラリーマンの左右の影法師が彼の腕を引いて飛び降りたのです。


 悪い予感はしていました。しかしそれ以上に、予想通りの出来事が起こったという妙な安心感を感じていました。


 黄依文献に書かれていた通り、あの影法師は人の形をした災いそのものだったのでした。

 

 影法師の近くに長時間いた事と、陰惨な現場を目撃してしまったショックで、私はその場に嘔吐してその場に崩れ落ちるように気を失ってしまいました。


 後日、その事件をインターネットで確認すると、亡くなったのはそのサラリーマン一人という事でした。


 私以外の人たちには、あの黒い影法師がどのように見えていたのでしょうね?

 ただの霊感が少しだけある一般人の私には、あの場を目撃した人たちを見つけ出して聞き込みを行う事は出来ませんので、その答えを知る事はできません。


 その日を皮切りに、様々な事件が赤務市で起こり始めます。


 自殺、事故、失踪。全ての事件を目の当たりにした訳ではありませんが、少なくとも私が目撃した現場では、必ずあの黒い影法師が複数存在していました。


 黒い影法師たちが蠢く屋上からの飛び降り。黒い影法師の乗った車が歩道に乗り上げる。その後の事など考えたくありませんが、二十人ほどの子供たちが黒い影法師の集団に手を引かれ、九頭龍神社の方向へ向かっている所を目撃した事もあります。


 一体この影法師たちの正体とは何なのでしょうか?


 そのヒントは黄依文献に有りました。


 先ほどはお話しておりませんでしたが、九頭龍神社の書物では人の形をしたものを燃やすように書かれていた部分が、黄依文献では人を燃やすように書かれていたのです。


 これは私の仮説ですが、赤務ではかつて人身御供ひとみごくうの風習があったのかもしれません。何かを恐れ、生贄として人々を炎に捧げていたのです。


 そして、江戸に入ると儀式は大きく様変わりし、護摩祈祷でかつて生贄に捧げられた人々を供養していたのではないでしょうか。


 あの黒い影法師たちが現れるようになったのは、祭りが中止になった去年からというのも、彼らが炭のような黒色であることも、何となく説明がつきそうではありませんか?


 これは私の勝手な仮説……というよりも、妄想の域を出ません。きっと科学の及ばない相手でしょうから、この仮説が立証される事も無いでしょう。


 しかし、どうかお気をつけください。この黒い影法師は今や赤務市内では溢れかえっています。私もあの町に居ては、いつ命を落とすか分かりませんでした。だから逃げ出したのですが……あの影法師は街の外にも広がっています。先ほども赤務駅の隣の○○駅で人身事故があったようですし。きっとこの事故も、あの黒い影法師が関わっているに違いありません。


 それに、赤務市の黒い影法師だけではありません。今や全国、いや世界中で何かを祀ったり、鎮めたりする祭りが執り行われない状況が続いています。


 きっと九頭龍神社以外にも、儀式が中止された事で姿を現し始めた怪異がいるはずです。それらが世界中で、表の世界へと這い出して来て、一体どんな影響が出てくるのでしょうか? 目の前の即物的な危機に対して警戒するのも大切ですが、私には怪異が広まった世界で人類が生き残ることが出来るのか、それが心配なのです。


 この世界には、怪異の脅威に対して意識を持っている人間が少なすぎるのです。だからこの場であなたにお話しさせていただきました。


 近いうちに私は、この話を小説という体裁に仕立て、ネット上で公開しようと考えております。


 真面目に警笛を鳴らしても、だれも取り合ってはくれないでしょう。それならば、三文文士さんもんぶんしの戯言としてでも世の中に広まってくれることを願うのです。


 あの黒い影法師は、怪異の存在を意識している人間には認識する事が出来ました。


 それならば、私の話を読んだ人間が、街中やお店、駅などの人混みの中で、あの黒い影法師やそれに近い存在を見つけることが出来るでしょう。


 その瞬間に、私の話が戯言ではなかったと理解してくれることを期待しています。

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