第2話
本題に入る前に、
赤務市は人口十五万人の中規模な地方都市で、中心部に当たる赤務駅周辺は大型商業施設や盛り場があったりと、地元民の私がひいき目に見ても栄えていると言えるでしょう。
しかし、車で十分も走れば、周囲には
赤務で最も有名なものといえば、やはり
本来仏教の教えである護摩祈祷を神道の神社で行う事に不思議と思われるかもしれませんが、これはもともと九頭龍神社で行われていた火祭が大陸の影響を受けて江戸時代にアレンジされた経緯があるのです。全国的に見ても、護摩祈祷を行う神社というのは珍しいですが、寺に神社の分社が有ったり、古墳の前に鳥居を立てたりと、昔から宗教におおらかな日本人の事ですから不思議ではありません。数える程度ではありますが、護摩祈祷を行う神社は他にも日本各地に存在しています。
梅雨の季節に重なる事もあり、火を焚く為に巨大なやぐらが立てられ、その周囲では氏子たちによって笛や太鼓などでお囃子が奏でられます。そして、夏至の夜にそのやぐらに火を放ち、翌朝にやぐらごと祈祷の火が燃え尽きる事で祭りは終わります。その規模の大きさと迫力から、市は九頭祈祷を観光資源として活用し、六月になると国内のみならず海外からも奇祭を見ようと多くの人々が訪れます。
不思議な事に、梅雨時にも関わらず赤務市の夏至の夜は必ず晴れており、私の知る限りやぐらが雨のせいで燃やせなかった年はありませんでした。
九頭祈祷の元となった火祭については記録が殆ど無く、火祭について記された書物は二冊しか現存しておりません。
一つは万葉仮名で書かれた奈良時代のものと思われる書物です。九頭龍神社に奉納されているその書物には、九頭祈祷の原型となった火祭の手筈と九頭龍について記されています。
火祭の手筈は、護摩祈祷に置き換えられた以外は、現在の内容とさほど変わりはありませんでした。ただ、気になる点としては「火仁人型遠久部留部之」の一行です。
これは、現代語訳すると「火で人の形をしたものを燃やしなさい」という意味になるそうです。
九頭龍については、簡単な記述しかありませんでした。曰く、「黒幾九頭之龍尓祀利大平乃世止寸留」。つまり、黒い九頭の龍を祀り平和な世の中になると記されています。
日本各地に九頭竜伝説は残されておりますが、やはり有名なところでは
問題はもう一つの書物です。
これは赤務市の郊外にある、
残された屋敷は引き取り手も無く、雨風に晒され続けていました。しかし、地元の素行が悪い若者たちが屋敷を溜まり場にし始めた為、市は屋敷の取り壊しを決定します。
工事は順調に進みました。何もない部屋の壁一面に
ただ、土蔵の中身を検めていた際に、奇妙な書物が発見されます。
タイトルは無く、ただ古紙を束ねて作られたような書物でしたが、劣化はそこまで激しくなく、素手でページをめくっても紙が崩れる事はありませんでした。しかし、不思議な事にその書物は炭素年代測定を用いても、いつ頃の紙なのか判別がつかなかったそうです。
何より奇妙なのは、その文字です。発見された書物はヲシテと呼ばれる古代日本で使われていた神代文字で書かれていました。ヲシテで書かれた書物は日本書紀よりも以前の書物とされておりますが、それらは江戸時代に偽装されたモノとも考えられており、歴史学や日本語学の間では度々議論されているそうです
書かれている文字については眉唾な噂が絶えませんが、黄依家で見つかったその書物は黄依文献と呼ばれ、九頭龍や火祭についての詳細を紐解く重要な書物として扱われていました。
まず九頭龍についてですが、これは海に何かしらの謂れを持つ存在である事が仄めかされておりました。ただ、火祭の項目では「海から来たものがよく似ている」と書かれている為、九頭龍が海から来たのではなく土着の何かと海から来た何かが同一視され、九頭龍となったと考えられます。
また、黄依文献における九頭龍は黒い影法師の様な姿で描写されております。どうやら、災いをもたらす者の象徴として龍をあてがわれたらしく、元々それは人型の何かだったのです。
そして、九頭が現す意味が私たちの感覚とは大きくかけ離れている事が分かりました。というのも、九の頭というのが無限を意味していたのです。
とにかく、黄依文献における九頭龍というのは、災いを振りまく非常に数の多い影法師だと記されていたのです。
さて。ここまでが私の調べた赤務市にまつわる事件を紐解く前提知識になります。
一度にお伝えして、いささか疲れてしまいました。貴方もこんな時間に小難しい話を聞かされて、お疲れでしょう。喉も乾いたことですし、一旦小休憩を挟むことにいたしましょう。
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