後編
*
夏休みが終わった。
9月1日、学園祭実行委員会が学園祭開催の許諾を教師陣から得た。これによって正式に学園祭が開催できることになった。
お化け屋敷は、Kと企画責任者のおかげで7割方は完成していた。あとはどれだけ完成度を100パーセントに近付けられるかだった。ほかのクラスは良くて半分できているくらいで、まったく手つかずのままのクラスもあった。本番まで2週間を切っていたが、どのクラスも焦っている気配はない。やはり2週間足らずで準備はできるのだ。
学校が始まると、クラスメートが全員登校してくるので、準備にも活気が出てくる。中にはまったく準備に参加せず、学校のどこかに消えてさぼってしまうものもいたが、大した問題ではなかった。
準備の最中、クラスメートの1人が、〈学園祭廃止案に賛成します〉の話をはじめた。
「まじめに準備している奴は彼女が欲しいだけなんだとよ」
と言って、笑い話にしていた。
「あれはマジでイタいよ」
と別の奴が言う。
「それな、マジでイタい。てゆうか、学園祭を廃止にしようとか言ってんのもむかつくし」
「やりたくなきゃ一生サボってればいいのにな。勉強でもしてればって感じ」
「それは、そう」
「キモイからサボってくれてたほうがましだわ」
「ははっ、きちぃー」
「でも、あのアカウント、マジで今からでも中止にしようとしてるぜ」
「無理だろ。もう開催は決まってんだから」
「フォロワーは100人超えてるし」
この学校の生徒数は300人だ。
「どうせサブアカだろ」
「とにかく学園祭の粗探しをして、教師の気を変えるつもりらしい」
「バカだろ」
「俺たちも運動すればいいんじゃね? 学園祭中止に反対しますとか」
「反対の反対は賛成なのだってか」
「古い」
「そんなことしなくても一発ぶん殴ればいいんだよ。中身特定できたらいいのにな」
「それはヤバいだろ(笑)」
「いや絶対に陰キャの雑魚だから大丈夫」
「そういう問題じゃねーわ」
「いやー、悪い癖が出ちゃったわ。中学のときはこれでクラス回してたから」
「ヤベー」
若者特有の共感ありきの会話、とでも言えばいいのだろうか(ぼくだって人のことを言えたわけではないけれど)、それと訳のわからない武勇伝によるマウント――そういうものを交わしながら、男子の集団があまりにもかんたんな作業に時間をかけて取り組んでいた。
その集団の陰で、ぼくは段ボールの隅の方に色を塗っている。お化け屋敷の中は暗くなってしまうので、こんなことをしても大した意味はない。だが、やらないよりはましなのだ。クラスのためではなく、自分のために。
一日中準備をしたあと、雑然とした教室で放課のホームルームをする。担任のNが進捗の速さをかんたんに褒めた。
しかしそのあと、がらっと顔色を変えて、
「だが、あまりはしゃぎすぎるなよ」
と言った。
驚いたのが、その口調に、まるで小さな子どもに言うようなニュアンスがあったことだ。ふだん生徒の行動をいちいち腐すようなことはしない人だったので、ぼくたちが何かをやらかしたのではないかと一瞬不安になった。しかし、ぼくたちはしっかりやっていたのだ。
「よそのクラスでは、馬鹿をやって迷惑ばかりかけている奴もいるからな」
あとから付け加えて、そう言った。
よそのクラスというのがどのクラスなのかはわからない。そんなことがあったとは噂にも聞かない。「馬鹿をやって迷惑ばかりかけている」というのが具体的にどういうことなのかもわからない。
ただその言葉の印象だけをぽつんと置きざりにして、Nはホームルームを終わらしてしまう。
胃酸が喉をせり上がってくるような気持ち悪さだけが、教室に残った。
学園祭の開催が決定したにもかかわらずツイッターΩで学園祭廃止案の話題が尽きなかったのは、ほかでもなく新聞部のせいだった。
夏休みを過ぎても新聞部の記事の更新頻度が衰えることはなかった。しかし、それだけの頻度を保つために学園祭廃止案の話題が何度となく使われたのだ。ツイッターΩに投稿された廃止案への賛成意見や反対意見、論争の流れなどをまとめた記事が多く出された。中には、学園祭の準備中に誤って窓ガラスを割った奴がいるだとか、隣りのクラスから段ボールを盗んできてトラブルを起こした奴がいるだとかいう、くだらない内容のものもあった。
そういう内容のニュースが自分のタイムラインに次々と流れてくれば、否が応にもその話題にならざるを得なかったのだ。ある意味で、われわれが何について考えるべきかを定めているのは新聞部だったのだ。しかし当の新聞部は閲覧数が増えやすいからとかネタに事欠かないからとか、その程度の理由で記事を選んでいるのかもしれなかった。
「学園祭がどれだけ迷惑で、興味もなくて関係もない人間に不利益を与えているかがこれでわかったな。やりたい奴らだけが集まって多数派であるかのように見せて、内輪で盛り上げて、内輪でしか通じないネタで落ちをつける。ままごと遊びみたいな真似を一年に一回やって、作り出すのは汚い色をしたゴミだけ。それを自慢げにパパやママに見せる。ご家庭でやってください」
こういうツイートが、ある匿名アカウントからなされた。新聞部のニュースに対する反応であった。
〈学園祭廃止案に賛成します〉以外のアカウントでこういう発言がなされたのは初めてだったかもしれない。このツイートが、先に言ったような学園祭の話題で独占された状況でなされたので、爆発的なリアクションが起こった。
これを機に、学園祭に疑問を持っていた人が一斉に意見を言いはじめていた。彼らはきっと、自分たちがマイノリティだと自覚して、その上で――というかそれゆえに――意見を言わずに我慢していたのだろう。そのすべてが匿名アカウントだったが、数は50を超えていた。
しかし、リアクションとしては、廃止に反対する意見の方が圧倒的に多かった。例の学園祭を頑張る人を馬鹿にするようなツイートのリプライ欄は大炎上と言っていいくらいに荒れ、人格否定のようなコメントで溢れた。それらのコメントは、マイルドに言い換えれば「陰キャ」や「オタク」や「スクールカースト最底辺」や「ロリコン」や「社会不適合者」や「ギーク」や「犯罪者予備軍」などを意味していた。
しかし、廃止反対派がこれらの言葉を使って煽ったことにより、これまで可視化されなかった陽キャと陰キャの対立がツイッターΩ上に現われた。まるで学園祭廃止に賛成している側が陰キャで、反対している側が陽キャであるような印象がついたのだ。これによって賛成派と反対派は、これまで陰キャ対陽キャのあいだで繰り広げられていた冷戦の代理戦争を行うことになった。
この図式のわかりやすさから、賛成・反対を明確に主張しない生徒もこの争いに注目するようになった。つまり、ツイッターΩをやっているほとんど全員がこの争いに興味を持っていた。
たぶん、学校生活の中で、誰もが陽キャと陰キャの二項対立の存在を実感していたのだろう。その中で、日々自分の立ち位置を模索して、苦しんだり、不安に思ったり、溜飲を下げたり、全能感を抱いたりしているのだ。
この争いは、陰キャにとっては陽キャに意趣返しができる唯一の状況だったのかもしれない。だからこそ大きな騒ぎになった。だが、その対立とはまったく無縁な存在も確かにいて――その一人がKだった――、彼らにとってこの争いは、学園祭を台無しにした、はた迷惑な台風としか思えなかったに違いない。
学園祭本番の一週間前になって、ある短い動画がバズった。
それは、舞台上に立っている男が高齢者に対する文句や悪口を言っている動画だった。発言の内容は、ありきたりなもので誰もが一度は聞いたことがあるようなものだった。男は早口でまくしたてたあと、「姥捨て山に捨ててきてまうぞ」と言ったのだった。すると、その男の隣にいつのまにか立っていた男がツッコミを入れた。それで、(なぜかわからないが)笑いが起こった。そのときになってやっと、これが漫才の動画なのだと気付いた。
それは去年の学園祭で行われた漫才の一部であった。ぼくがKに話して「面白かった」と言ったやつだ。しかし、ぼくは最後まで観て、やっとそれだと気付けたのだった。細部まで覚えていたわけではなかったから。
この動画がどこから掘り起こされたのかはわからない。たぶんたまたま動画を取っていた生徒からデータをもらい切り出したのだろう。
動画を拡散していたのは、学園祭廃止賛成派だった。学園祭の場で高齢者に対するこれだけの罵倒の言葉を言うなんて非常識だ、という理屈で、この漫才と発言主であるDを批判していた。その批判に同調するものも多く、生徒の両親や祖父母が見に来る学園祭でこのような内容の漫才をやったのか、という驚きの意見が主だった。
その批判はわからなくはないが、そもそも漫才としてやっていたものの一部を取り出して、あたかも個人の主張であるかのように扱おうとしている向きがあった。
発言者であるD本人も、すぐにツイッターΩ上で弁明をした。
「これはそもそも、『俺、学校の先生になりたいんだけど、生徒に飛んでもなく不謹慎な奴が来たらどう指導する?』というアイデアから生まれたネタで、俺は〈不謹慎な奴〉を演じていたにすぎないんです。ぼくは高齢者に対して、発言したようなことを思ったことはないんです。だから、別に高齢者の方を傷つけたかったわけではないです。」
これ対しては賛同する意見も多く寄せられた。高齢者への悪口はよくないが、漫才という文脈から切り離して、発言単体で考えるのはおかしい、と。
しかし、そういう意見を上書きするように「言い訳乙」とか「火消しに必死だな」という発言が出てきた。
ぼくはDの発言を言い訳だとは思わなかったが、数十件に及ぶ「言い訳乙」というリプライは、あたかもその発言が言い訳であるかのように見せていたのだ。
多くの人が「言い訳乙」と言えば、それが言い訳ということになってしまうという不思議な現象がそこにはあった。
この話題も、廃止賛成派と反対派との闘争の中に吸収されていくことになった。そのため、その後に行われたDによる純粋な自己分析や自省は意味をなさなかった。このときから、廃止賛成派の当面の目標は、Dを学園祭の舞台から引きずり下ろすことになった。
しばらくして新聞部が記事を出した。
これは誰もが想像した展開だった。だが問題は、新聞部がこの出来事をどのように捉えて記事にするかだった。Dを擁護する記事を出すか、Dを非難する記事を出すか、それだけで大きく情勢が変わるのではないかという直感が両陣営にはあった。
しかし新聞部はどちらの肩も持たなかった。去年の学園祭でのDの漫才について、現在議論が紛糾していること、擁護する声と批判する声があること、D自身は高齢者に対して悪意はなかったと言っていることなど、一通り話題になっているのが何であるかを整理していた。また、この問題における論点を幾つか挙げ、擁護する意見と批判する意見を偏りなく伝えようとしていた。
記事は、最後の方でツイッターΩ上に投稿された意見(と言っていいのかわからないものも含まれているが)をいくつか紹介していた。
匿名アカウント
「あのときの雰囲気は完全に不謹慎なことを言う俺カッケーみたいな感じになっていたよ。会場全体がね。あれを冷静に観ていた人はほとんどいなかったし、いたとしても早々に退場してたんじゃないかな。俺は最後まで観てたけど、ずっとイタいなーって思ってたよ、笑ってる観客も」
匿名アカウント
「まじで、今年も不謹慎ネタをやろうとしてるなら面白くねーし、観ててこっちが恥ずかしくなるだけだから、やめてくれ。まじでつまんねーんだよ」
匿名アカウント
「不謹慎な奴を演じようという魂胆自体気に入らない。それって不謹慎なことに笑える奴だけついて来てねってことじゃん」
匿名アカウント
「こんなんで目くじら立ててる奴はバカすぎるわ。ジョークが通じねえ奴は見んじゃねーよ」
匿名アカウント
「一部分だけで判断されちゃうのはかわいそう。漫才の全部を見れば違う意見になるかもしれないのに」
匿名アカウント
「大体、自分が陽キャだと思っている奴の発言とか、全部イタいよ。録音して1年後に聞かせてやりてーわ。恥ずかしくて死にたくなればいいのに」
匿名アカウント
「去年漫才を全部みていた人間として言わせてもらうけど、『俺たちこういう知的なブラックジョーク言えるんだよ』みたいなノリは確かにあった。それ自体は寒かったけど、若手のあいだではよくある話で、通過儀礼としか言いようがない。全体の構成はまとまっていたし、ツッコミの人の技量が高くて安定感があった。M-1の1回戦は突破できるんじゃないかな」
匿名アカウント
「この問題は結局、学園祭廃止賛成派と反対派の対立に吸収されるから、議論するだけ無駄。批判してる人は、学園祭を終わらせるために動いてるだけ。騒動に乗っかる奴はバカ」
匿名アカウント
「いや、これは真摯に扱うべき問題だよ。家族に来てもらってお金を取ったりする学園祭で、こういうネタは適切じゃないんじゃないかとか普通は考えないといけないでしょ」
匿名アカウント
「仮にこのネタが悪かったにしても、会場にいたぼくたちも笑っていたんだから他人事じゃないよね」
などなど。
いささか批判的な意見が多いように感じたが、バランスは取れていたように思う。
新聞部としてはかなり無難な記事を書いたつもりだろうが、そのために議論が長引き、収拾がつかなくなった、という見方もできる。この状況の裁き手が誰もいなかったことが、結果的にDを苦しめることになったのだ。
ツイッターΩでは、時間が経つほどに、複雑な状況を指摘する発言は減っていった。その代わりにわかりやすくて記憶に残りやすい発言ばかりが目立つようになった。そういう意見の多くは、どちらの陣営のものであれ、荒っぽい言葉で現実を解釈し状況の解像度を無限に下げていく力があった。状況が単純化していくにしたがって、Dへの批判的な意見はどんどん先鋭化してゆき、どれだけ過激にDを攻撃できるかという大喜利大会のようになった。誹謗中傷のフリースタイルバトルである。
学園祭本番の3日前になって、Dは、今年は漫才をやらないし学園祭にも参加しない、とツイッターΩで宣言した。おそらく誹謗中傷の嵐に耐えかねたのだろう。宣言の1時間後、DはツイッターΩのアカウントを削除した。
それは、廃止賛成派にとっては勝利そのものだった。また、それと同時に、Dの漫才は学園祭の場にとって適切なものであったか、という議論は、空中分解して消え失せた。廃止賛成派に残された議論の余地は、〈学園祭が陽キャ中心に作られているものだ〉ということだけだった。要するに、陰キャ(を自覚するもの)による陽キャへの復讐である。
このころのツイッターΩでは、一つの流れが支配していた。同調圧力とでも呼べばいいのだろうか。両陣営の意見には必ずと言っていいほど、同調しろという暗黙の命令が隠されているかに思えた。そしてその吸引力に抗えなかったものはあまりに多かった。
お前はどちらの側につくのかと執拗に問われ続けるような、そんな雰囲気だった。「どちらの側にもつかない、ぼくはそういう運動には加担しない、そっちで勝手にやってくれ」という態度が、無意味な行為であると言わんばかりに。
DはツイッターΩをやめてから、学校にも来ていなかった。匿名の何者かに悪口を言われ続けている学校にいたいとは思わないだろう。
Dは学園祭の前日に、自宅の洗面所でリストカットをした。たまたま近くにいた母親が気づいて、すぐに処置をしたため大事には至らなかった。最近Dが学校に行っていない理由を、そのときまで両親は知らなかった。
リストカット自体は、自殺を図ったものではなく単なる自傷行為と判断されたが、その原因が学校とツイッターΩにあることがわかると、両親はPTAと学校に直訴した。教師陣は事態を重く受け止めて、原因を追究すると言った。しかし、直訴を受ける前からツイッターΩの現状を知っていたにもかかわらす、何も対処しなかったことについてはなかったことにしていた。
教師陣は会議を行い、Dの自傷行為を無視したまま学園祭を開催するべきではないと判断した。その判断をしたのは学園祭本番の前日の夜だった。
ぼくたちのクラスは早々にお化け屋敷を完成させて、その日は早めに帰宅していた。お風呂から上がって夕飯を食べようという夜の七時ごろ、タブレットに学校からの一斉送信のメールが届いた。明日明後日の学園祭は中止、と。
不思議とぼくは悲しく思わなかった。その理由がツイッターΩにあることは言われなくてもわかっていたし、ある意味妥当な結末だなと思っていたのだ。あれだけDが叩かれて、逃げるようにツイッターΩを去っていったのに、ぼくたちだけで学園祭を楽しむというのがおかしなことのように感じられたからだ。ちなみにこのとき、Dが自傷行為をしていたことは生徒たちには知らされていない。ただ単に、「あまりにも見過ごせない問題がある」として中止の判断をしたということだけが書いてあった。
「明日の学園祭は中止ですが、企画・展示の片付けのため、いつもと同じ時間に登校してください。撤収作業の開始時間は9時とします」
しばらくして、ぼくはKの家にネット環境がないことを思い出した。Wi-Fiがなければメールも届かないだろう。そう思って、Kの自宅の電話番号にかけた。すぐにKの親が出て、Kに替わってもらった。Kはすでに中止の連絡を知っていた。
「担任が電話で教えてくれたんだよ」
とKは言った。
「俺だけネット環境が無いのを知ってたから」
「そうか」
「なんで中止になったんだろう」
Kは素朴に言う。最近のツイッターΩでの騒動も知らないのだろう。
「ぼくには大体想像はつくよ」
「何?」
「ツイッターΩだよ」
「ツイッターΩで何かあったの?」
「まあ……色々と。何だろうな、人間のいやな部分が全部出てくるようなことがあったんだよ」
「そうなんだ。知らないけど、それはツイッターΩのせいっていうより、人間のせいなんじゃないかな」
「それはその通りだよ。でも誰も自分のせいだとは思わないし、他人のせいにしたがっている」
「全員がそう思っているなら、この学校はごみの掃きだめだよ。一人くらい自分のせいだと思って悔やむ人間がいるでしょ」
「確かに。ぼくは自分のせいだとは思ってないけどな」
Kは笑っていた。
「なあ、学園祭が中止になって悔しくはないの?」
「別に悔しくはないね」
「それは嘘だろ。お前がいちばん思い入れがあるはずだろ」
「今まで30日くらい準備してきたんだし、本番の二日間が無くなったところで大した違いはないよ。それに準備の方がおもしろかっただろ?」
「そうか、お前が楽しかったならいいよ」
とぼくは言う。
「でもこれでツイッターΩは終わりだよ。もしかしたらタブレットもダメになるかもしれないな」
「そうなったら俺が困るよ。ツイッターΩはともかくタブレットは自分のスマホが持てない人間にとってはすごく助かる話なんだよ」
「それはそうだな」
「学校に持たせてもらってよかったと思ってるよ。中学のときはスマホを持っている者同士、連絡先を知っている人同士でどんどん仲良くなっていって、学校ではよく話すのに休日に遊びに誘われないってことがよくあったんだよ。でも今は休みの日に遊びに誘われることもあるし、メールで」
「ちょっと待てよ。お前の家、Wi-Fiないだろ」
「毎日朝と夕方にコンビニに行って、フリーWi-Fiを使ってメールを確認してんだよ」
「…………」
ぼくはそのことを初めて知って、どこか悔しい気持ちになる。
「メールを送ってくる奴が、俺がこういう風に連絡取ってるのを知ってるから、遊びに誘うときは朝か前日の夕方にメールしてくれるんだよ」
「それが本当ならこの学校はごみの掃きだめじゃないよ」
「そうかもしれない。ネットとかタブレットが悪いって言ってるのは、それにどっぷり浸かってる人たちだけなんじゃないかって思うわ。よくわかんないけど」
それから長い世間話をして、電話を切ったときにはもう11時を回っていた。
明日の朝が早いので眠ろうと思ったが、布団に入って目を瞑ると、ぼくの意志に反した思考が嵐のように頭の中を駆けめぐった。表象が現われては消え、色を変えながら流れていった。
*
問題は、Dが不謹慎なネタをやってしまったことではなくて、Dが漫才の中で高齢者の悪口を言ってしまったことでもなくて(それはまあ良くなかったが)、われわれが不謹慎なことを言ったりそれに笑ったりしてしまうことにあるのだ。
不謹慎なことを言って笑いに変えたことがある人間は結構いるだろうし、それを見て笑ったことがある人間はもっと多いだろう。この問題には、たぶん普遍性があると思う。
――なぜぼくたちは不謹慎なことを言ってしまうのだろうか。
――それは学校の構造にあるのではないか。
――陽キャ/陰キャの対立構造がそうさせたんじゃないか。
学校の中で日常的に行われる、どれだけ自分が〈おもろいこと〉〈えげつないこと〉を言えるかというマウント合戦。その裏には、陽キャ/陰キャの対立構造があり、その格付けにおびえるわれわれがいるのだ。自分が陽キャであることの周囲への証明のために、陰キャと思われないために、おもろいことを言わないといけない、ヤバいことを言わないといけない――そういう心理。われわれが陽キャ/陰キャの区別を作り出しているのではなくて、陽キャ/陰キャという対立構造がわれわれの行動原理を定めているんじゃないか。陽キャと見なされるための行動様式、マウント、武勇伝、不謹慎、etc……。
この構図を見ていたのは、おそらくぼくだけではない。
ツイッターΩはわれわれにこの構図を見せてくれたのだ。しかし、そのせいでわれわれは混乱し、対立を深め、学園祭を潰し、ツイッターΩそのものも消し去ることとなった。
もしもこの物語が社会風刺やブラックジョーク、パロディを取り入れたアメリカのアニメーションであったなら、突然主人公格のキャラクターが真実に気づき自省をし、周囲の人間に訴えかけ改心させ、何事もなかったかのように日常に戻るところだろう。しかしそんなことは起きなかった。紛れもなくこれが現実だったからだ。
*
翌朝、学校に行くと、しめやかなムードに包まれていた。展示物が教室を占めていたので、入りきれなかった生徒が廊下に溢れ出していた。そういう状況で、担任が現われホームルームをはじめた。担任が何か大切なことを言っていた気がするが、覚えていない。ホームルームが終わると、お化け屋敷の破壊が始まった。
もともとごみであったものから、ぼくたちはお化け屋敷を作ったのだ。それは「汚い色をしたゴミ」などとはかけ離れた完成度だった。なぜごみがお化け屋敷になったのか、よくわからなかった。ぼくたちが、それを一度もお化け屋敷として活用することはなかった。ぼくたちは、それを黙々とごみに戻していった。
でも、その光景は、われわれが便所の落書きのような発言の数々から、大きな騒動を引き起こしたこと、騒動が過ぎてしまえばわれわれの発言は便所の落書きに戻ること、この流れに似ていると思った。
50キロばかりの段ボールと小道具一式、あとはどこから出てきたのかもわからない屑を教室の後ろに集め、自分たちの机と椅子を元に戻す。それだけ済ませると、ふたたびホームルームが始まった。
担任がまた何かを言いはじめる。しかしぼくの頭には入ってこない。
「ツイッターΩは当分のあいだ閉鎖になる」
そのワンフレーズが聞こえてきた。
それはそうだろうな、と思う。〈当分〉の部分も、そのうち〈永遠〉に置き換わるだろう。
生徒はみんな下を向いている。彼らのうち誰が賛成派で誰が反対派だったのか、もはやわからないのだということに気づくと、すこしぞっとした。ツイッターΩが終わったらぼくたちは現実の中で生きなければいけないのに、現実にいるこの人たちを信じられるのかな、と。
担任に気づかれないようにタブレットを取り出して、ツイッターΩを開く。タイムラインはほとんど更新されない。たまにバカみたいなアカウントがバカみたいなツイートをしていくだけだった。「担任のE、今日は鼻毛出てるな」とか。そのあまりにも能天気な態度に、ぼくはすこし感動した。
ぼくも今のうちにツイッターΩでやり残したことをやっておかなくては、という気持ちになったが何をやればいいのかよくわからなかった。すこし考えたすえに、Kのアカウントのところに行って『みんな、うるさい』というツイートにいいねを押しておいた。それだけでぼくは満足してタブレットをしまった。
ホームルームが終わると、時間も与えられずさっさと帰らされた。そのとき企画責任者の女の子がすすり泣いているのに気づいたが、声をかけるものはいなかった。誰も、誰かのせいだとは言えないし、自分のせいだとも言えなかったからだ。
そのようにして、ぼくたちの学園祭は開かれることなく幕を閉じることとなった。
その翌日には、ツイッターΩはサービスを終了していた。すべてのアカウント、すべての発言、すべての対立が消え失せたのだった。しかし学校がもとの状態に戻るには、かなりの時間がかかった。それは人が信用を失い信用を取り戻すまでにかかる時間と同じくらいだった。
とはいえその話はあまり関係がないので割愛することにする。
(おわり)
ツイッターΩ興亡史 小原光将=mitsumasa obara @lalalaland
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