テンプレート・コメディー

詩人

馬鹿にされてきたお前らの話。

「そんなんここに小説家様がおるやんか!」


 突然の大声に体を震わせていたのはどうやら僕だけだったみたいだ。

 教室中のクラスメイト全員がどっと笑い声に包まれ、やがて拍手と歓声に変化した。


 大声を出した男は、僕を指差していた。名前は――覚えていない。


「何ボーっとしてんねん。劇の脚本、お前がやれや。それでええやろ?」


 男は今度は、『脚本』や『監督』など役職名が書かれた黒板を指差してそう言った。

 あまりにそちらに集中していなかったが、なんとなく彼の言っている意味が分かった。

 現状と、このクラスの雰囲気も。


「わ、分かった……」


 自信無さげにそう宣言すると、ニヤついた視線と嘲笑が湿っぽく僕にまとわり付くだけだった。

 先程の歓声と拍手は、もうなかった。



 僕が犯したは二つ。


 一つ目は、小説を投稿・宣伝しているツイッターのアカウントに電話番号を連携してしまっていたことだった。

 クラス替えによって離れ離れになってしまった親友が、僕のアカウントに偶然――今思えばそれは必然だったかもしれない――気付き、それを面白半分で拡散したのが悲劇の始まりだった。


 そのアカウントでは、僕が趣味で書いている小説の執筆を完全にオープンにしていた。

 どうせバレないだろうと思っていたから、かなりイタい小説だらけで、すぐさま学年中に噂が広まってしまったのだ。


 フォロワーなど154人しかおらず、投稿サイトのプレビュー数は毎日30もなかったほど。

 小説家などと名乗っていいほど、僕は人気でもなんでもなかった。


 そして二つ目。

 恥ずかしさを隠すために小説家であることを誇らしげに語ることに決めた、ということ。


 受験や将来のことを現実的に考える他のクラスメイトにとって、僕のような現実を見れていない、芸術を生業にしようとしている者は煩わしくて仕方なかったようだ。


 見事に僕の作戦は失敗し、「小説家様」と揶揄されて虐め――とまではいかない「弄り」の範疇で収まるような仕打ちを受けることになってしまった。



「嫌なら嫌って言えばええのに」

 放課後、かれこれ十年来の幼馴染みになる加弥子かやこが、僕の前を先導しながら言ってきた。


 加弥子は他クラスにも顔が広い、所謂いわゆる陽キャだが、僕がを受けていることを逐一気にしてくれている。

 そんな加弥子に恋愛感情がないわけなく、しかし自分の立場が分かっているから、結果として何のアクションも起こしたことはない。


「そうもいかへんから。俺の立場分かってないくせに」

「ふーん、そんなもん? まぁ、脚本出来たら読ましてや。楽しみにしてる」


 加弥子は僕の作品を良いと言ってくれた、唯一の人間だ。

 僕ですら、自分の作品を愛したことがないというのに。


 異能を持つ探偵が華麗に犯人を捕まえる、最初に書いた長編は「カッコいいね」。

 病気で死んでしまう女の子との短編は、涙を溜めて読んでいた。

 人が消えるホラーでは、「どんでん返しが最高やったわ」、と。


 今思えば、そんなもの全部ぜんぶ、量産型テンプレートの作品なのに。


 だから僕は思ってしまった。


 君も偽物テンプレートの感想なんじゃない?

 


『自分の立場が分かっているから、結果として何のアクションも起こしたことはない』


 そんなの嘘だ。

 加弥子に彼氏がいることを知ってしまったあの日から、フラれるのが怖くて行動を起こせなかっただけだ。

 それでも加弥子への愛情は変わることなく、何度性欲のはけ口にしたか分からない。

 「加弥子に捧げる」と言いながら、執筆することで快楽を得ていたんだ。


 ――ようやくキリがついた。もう量産型はやめにしよう。


 自室のベッドで梶井基次郎の『檸檬』を読む。

 その間、耳にはイヤホンからヨルシカの『爆弾魔』が流れていた。

 リピート三周目の二番サビで読了した。


 僕には檸檬や爆弾のように、簡単に自己と乖離させて吹っ切れるようなものなんてない。

 だけど必死にそれを探している。

 それを探すことが目的の人生だったから、こうしてタガが外れてしまっておかしくなってしまったのだ。


 自分がイジメられていることは分かっていた。

 でも、自分がそう認めてしまえば本当になってしまうから。だから詭弁を吐いて生きてきた。


 僕の人生──小説を否定したくなかったんだ。


 原稿用紙を開いて、0.5mmの黒鉛を叩きつける。笑えるくらいに汚い文字で、俺は文字を紡いでいった。書き直し、何度も書き直して紙を千切り、丸めて棄て、書き繕って、時に叫んだりした。


 イカレてる奴の真似をしたかった。

 そう思っていたら本当にイカレた奴になってしまった。



 脚本が書き終わり、それを学校へ持って行く。

 これから行われる「反抗犯行」を思うと、自分の口角が上がって仕方なかった。


 教壇に立ったのは本当に初めてだったかもしれない。

 誰もが俺に注目するのは初めてではなかったし、侮蔑の目を向けてくるような体験ももうこれで何回目だ。


 原稿用紙、約二十枚。

 おぉっ、とわざとらしい歓声が起こる。


 文章で救える命など、ない。


 そもそも人が人の命など救えない。

 人は、自分で救うしかない。

 だから、救わない選択をした俺には救われる価値などない。


「加弥子、まずは君に読んで欲しい」


 おぉっ、とわざとらしい歓声が起こる。


 加弥子が私? と陽気な笑顔を咲かせた。

 吐き気をもよおすほど美しかった。


 加弥子テンプレート笑顔テンプレート


「俺と手を繋いでた方が長く続いたのに。早く彼氏とセックスして死んじまえよ」


 俺の遺言ことばに、加弥子は顔を真っ赤にして俺の頬を叩いた。

 の巧妙な言葉遊び、気付いたかなぁ。


 そして、隠し持ったナイフで俺は俺を殺した。


 加害者、俺。

 被害者、俺。

 まさに完全犯罪だ。


 最期の心臓ばくだんが弾け飛ぶ。




 ――彼の作品は、文化祭で最優秀賞を取ったのはもちろんのこと、短編小説コンクールでも賞を受賞した。


 私の心が動かされたのはいわずもがなだった。

 私は、彼のことが嫌いだった。

 いつもうじうじしていて、私のことが好きなくせに変な言葉でごまかして、それが「恋」だと分かっているくせに、アイツは最後まで伝えなかった。


 そう、最後までは。


 最後の文を読んだ時、私の心は壊れた。彼に壊された。


『僕は加弥子のことが、本当にずっと、好きだった。今まで嘘吐いててごめん』


 ずっと伝えてくれないもどかしい気持ちに耐えられなくなった私が弱かった。

 自分を慰めるために、彼の気持ちを待たずに他の適当な男に縋った。


 文化祭で決められたモットーは「明日を生きる希望」だった。

 しかし、彼は間違いなく「今日、死ぬ覚悟」を書いていた。

 彼が死に、私には壊れた心が残った。


 だけど。


 だけど、彼のおかげで、永遠に生きようと思った。

 彼の分までは生きられない。

 私は自分を慰めることしか出来ない小心者だから。自分の心が治るまで、生きてみようと思えた。


 これは、これこそが彼が本当に伝えたかったことなんじゃないか。

 私は彼じゃないから、卑屈な考え方は性に合わない。


 青春、か。青い春だなんて馬鹿げている。


 ふと空を見上げると、酷い鬱蒼が広がっている。

 私はこの中で生きて行くことを決めた。


 その時の空は、やけに蒼く見えた。


 こんな文章も、アイツが言うなら──テンプレート、か。

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テンプレート・コメディー 詩人 @oro37

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