第125話 出航
精霊王を探しに、僕たちは死の大陸を目指さなければならない。
死の大陸――名前だけでも恐ろしいところなんだろうね……。
そこには神話級の魔物や魔獣、それから高名な魔女なんかも住むと言われている。
今ではかなり数を減らしたエルフやドワーフなんかの亜人種も住んでいるらしい。
僕たちの暮らす中央大陸とは文化も生態系も、なにもかもがちがっている未知の大陸だ。
いちおう、国交や貿易はあるみたいだけど……。
王国の偉い人や、帝国の偉い人しか詳しいことは知らないらしい。
今回は一応、国の偉い人にも渡航許可証を発行してもらってきている。
偉い人、というのはグランヴェスカー王国の王様アーノルド・グランヴェスカー王のことだよ。
王様は以前のスカーレット王女の事件のこともあって、快く許可してくれた。
まあ、勇者さんの口添えも大きいだろうね。
――と、いうことで。
僕たちは今、船に乗って死の大陸を目指していた。
「うわあ……! これが海かぁ……!」
船の甲板で風を受けながら、僕は感嘆の声をもらす。
「あれ? ヒナタ君、海は初めてなのかい?」
ユーリシアさんが意外そうに言う。
「そうですね。物心ついたときから、ずっと妹の看病をしていたので……。そう遠くへはいけなかったんですよね。それに、平日はずっと働いていましたし」
僕の家は両親もいなくて貧乏だったから、医術ギルドで働き始める前からいろいろと大変だった。
さすがに子供のころは医術ギルドでは働けなかったけど、いろいろな雑用をしてお金を稼いだりしていたのだ。
薬師のおじさんの手伝いを無理を言って引き受けたり、ポーションの素材を山で集めて売ったりしていた。
そのおかげで、ポーション師としての基礎知識がみについたというのもあるけどね。
「そっかぁ……大変だったんだね。ごめん、変なことをきいて」
「いやいや、昔のことですから。大丈夫ですよ」
「でも、さすがヒナタ君だ。妹思いの優しいお兄さんなのは、ずっと昔から変わらないんだね……。ぼくはそういうところに、惹かれたんだ……」
「え…………?」
ユーリシアさんはいきなり顔を赤らめて、顔をそらした。
最後のほうは、海風にかき消されてあまり聴こえなかったけど……。
なにを言ったんだろうか……?
「な、なんでもないよ……! そ、それより……! ほら、ウミドリだよ!」
「ほ、ほんとですね……!」
ユーリシアさんが指さしたほうをみると、見たこともない種類の鳥たちが飛んでいた。
こんな寒い冬の時代でも、彼らは自由で元気そうだ。
「あれはエルシーガルというウミドリだよ」
「へぇ……ユーリシアさんはなんでも知ってるんですね。ユーリシアさんたちは、いろいろなところに行ってそうですもんね」
勇者という仕事柄、国の要請でいろいろな場所に行ってそうだ。
それこそ、もしかしたら死の大陸に行ったことあったりして……。
そういうことは、国の秘密にも関わるからこちらからはきけないけど。
少なくとも僕なんかよりは、いろんなところを旅してきたはずだ。
「いやいや。なんでもは知らないさ。知ってることだけだよ」
僕たちがそうやって甲板で話をしていると――。
「二人とも、ご飯ができたわよ!」
リシェルさんが僕たちを呼びに来た。
ケルティさんと船内で簡単な料理を作ってくれたみたいだ。
船の上とはいえ、長旅になるからね。
色々な食材を積み込んであるし、食事も普段通りに楽しみたい。
「じゃあ、行きましょうかユーリシアさん」
「そ、そうだね。ヒナタくん」
ユーリシアさんたちとは一緒に旅をして、以前より親密になれた気がする。
僕たちは御馳走のいい匂いに誘われるようにして、船内へと戻った。
この先に待ち受ける、海という場所の恐ろしさを知らずに――。
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【あとがき】
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