最終話

 僕は力ずくで周りの人を押しのけて人だかりから抜け出すと、全力で優奈先輩の下へ走った。


「大丈夫ですか、優奈先輩?」

「ちょっと立ち眩みがしただけだから大丈夫」


 そう言う優奈先輩は目の下の隈がひどく、顔色がかなり悪かった。

 すると、パソコンを片付けていた羽場先輩も優奈先輩の異変に気付き、駆け寄ってきた。


「藤宮、大丈夫か?」

「えぇ、幸隆くんも羽場君もありがとう」

「やはり無理をし過ぎたツケが回ってきたな。この1週間半ろくに睡眠も取ってなかったんだろ?」

「え、そうなんですか⁈」

「……実はそうなの」


 まさかそこまでして復讐を成し遂げようとしていたとは知らなくて、僕は衝撃を受けた。僕なんかのために優奈先輩が身を削る必要なんてないのに……。


「優奈先輩、一回保健室で休憩しましょう。保健室まで僕が付き添いますから」

「そうだな。そうした方がいい」

「……じゃあお言葉に甘えさせてもらうわ」


 僕は手を貸して優奈先輩が立ちあがるのを補助し、それから途中でまた立ち眩みを起こしても大丈夫なよう、優奈先輩には僕の左肩を掴んでもらって、ゆっくりと歩きだした。


 現在教室に戻る生徒で混雑しているので廊下は通らずに、後でしっかり靴底を拭けばいいということにして上履きのまま外を歩いて保健室に向かうことにした。


「迷惑かけてしまってごめんなさい」


 歩きながら、優奈先輩はそう言った。


「僕のために色々頑張ってくれたのは嬉しいですけど、何も体調を崩すまでしてくれなくても良かったのに……」 

「確かに無茶をし過ぎたっていう自覚はあったの。でも、私の好きな幸隆くんが馬鹿にされたのがどうしても許せなくて」

「え、それって?」


 僕は驚いて立ち止まった。


 僕の聞き間違いじゃないよね? ってどういうこと? 

 まさか――。


 優奈先輩も立ち止まると、僕の目をじっと見つめて言った。


「文字通りよ。最初は部活で孤立してた幸隆くんが心配で話し掛けただけだったけど、色々話してるうちに弟みたいで可愛いなって思って、それからは姉のような気分で接してた。でも、清掃活動の時にすごくかっこいい姿を見せられて、幸隆くんって可愛いだけじゃなくてかっこいいとこもあるんだなって思ったらドキドキするようになってしまって、気づいたら幸隆くんのことが好きになってたの」


 優奈先輩は一呼吸置くと、決定的な一言を放った。


「幸隆くん、こんな私で良ければ付き合ってください」


 優奈先輩から告白されて、様々な思いが溢れ出てきた。前から持っていた思い、最近になって持った思い、そして今新たに湧き出てきた思い。


 僕は優奈先輩の告白を受け入れる。でも、ただ受け入れるだけではダメだ。

 優奈先輩は僕への愛情を言葉と行動で伝えてくれた。だから、それに応えるにはせめて僕の優奈先輩への思いは全部言葉にして伝えないとフェアじゃない。


 僕は優奈先輩への思いを言語化して、ゆっくり丁寧に優奈先輩に伝えた。


「優奈先輩と話すのは楽しいし、なんだか穏やかな気持ちになれて、だから僕も優奈先輩のことは姉のような存在に思ってました。だけど、いや、だからこそ恋愛の相手とは違うかなって思ってたんです。恋愛ってもっと緊張するっていうか激しいものだと思ってたから。それで吉田さんのことが気になって、誰かに相談しようと思った時に真っ先に思いついたのが優奈先輩で、相談したら優奈先輩はアドバイスをくれましたよね。実はそれがすごく嬉しくて、優奈先輩が励ましてくれたおかげで告白することが出来たんです。今になって考えるとちょっと変な話ですよね。で、まぁ僕は振られた訳で、しかも笑いものにされてすごく辛かったんですけど、優奈先輩が慰めてくれて、いじめてきた奴らに激怒してくれて、毎日電話してくれたから僕は再起不能にならずに済みました。それで最近優奈先輩と話してると、ただ落ち着くだけじゃなくて胸の奥が温かくなるようになって、今まではなかった、もしくはあっても僕自身気づけてなかった思いを抱くようになったんです」


 よし、長かったけどここまでしっかり言えた。あとは最後にして一番重要なことを言うだけだ。


「優奈先輩、僕も優奈先輩のことが好きです。頼りない僕ですけど、これからもよろしくお願いします」


 僕の告白を最後まで聞くと、ふふっと優奈先輩は微笑んだ。


「幸隆くんはちっとも頼りなくなんかないよ。あと、恋人同士なのだから先輩って付けないで」

「じゃあ……優奈さん」

「優奈、でもいいのよ」

「それはまだ心の準備が出来てないから無理です……」


 優奈さんの恋人になったことだけでも心のキャパシティをオーバーしてしまいそうなのに、呼び捨てで呼ぶことまでしたら緊張と恥ずかしさで倒れてしまう。


「じゃあ、保健室行きましょうか」

「そうね。私達保健室に向かう途中だったもんね」


 優奈さんが僕の方を掴んだのを確認して、再び歩きだした。


 ところが、少し歩いたところで再び優奈さんが立ち眩みを起こして倒れそうになり、慌てて僕が優奈さんの体を支えた。


「ありがとう、幸隆くん」


 さっき告白する時にずっと立っていたからか、優奈さんの顔色がさらに悪くなっていた。そこで、僕は意を決してあることを提案することにした。


「優奈さん、保健室まで僕が負ぶっていくよ」


 僕は優奈さんの前に出てしゃがんだ。


「さすがにそこまでしてもらったら幸隆くんに悪いわよ」

「でも優奈さん歩くの辛いでしょ? 僕たち恋人なんだし遠慮しないでいいよ」

「……じゃあそうする。でも、苦しくなったらすぐ言って」

「うん、分かった」


 僕は優奈さんを負ぶって立ち上がったが、優奈さんは思ったより軽かった。

 こうして負ぶっていると優奈さんの体温が直に伝わってきて、改めてカップルになったんだなと感じて嬉しくなった。


 僕が負ぶって歩いたことで、優奈さんを気遣ってゆっくり歩いていたときより早く進むことができて、保健室のある校舎にすぐ着いた。

 外を歩いていたから、校舎内に上がるにあたって上履きを脱ぐために一旦優奈さんに降りてもらうことにした。


「優奈さん、一回……あれ? 優奈さん?」


 優奈さんの反応が全くなくて不審に思っていると、すやすやと優奈さんの寝息が聞こえてきた。

 

「優奈さん、お疲れ様」


 僕は優奈さんを起こさずに、自分だけ上履きを脱いで上がり、保健室へと向かった。


 保健室に入ると、あいにく養護教諭は不在だった。

 僕は優奈さんをベッドに寝かせて布団をかけ、優奈さんの傍で養護教諭が来るのを待つことにした。


 優奈さんは穏やかで可愛い寝顔をしていて、顔にかかった髪を僕がそっと払うと、少しくすぐったそうにしていた。

 

 優奈さんの寝顔を眺めながら、僕は考えた。


 優奈さんのおかげで僕がこれ以上いじめられることはない。でも、あれほどの仕打ちをしたのだから、陽キャ男子グループや吉田さんのグループが優奈さんを恨んで、復讐しようとするかもしれない。


 その時、僕は優奈さんを守れるだろうか?


 いや、不可能だろう。今の僕はあまりにも貧弱だ。


 でも、優奈さんの笑顔が、穏やかな寝顔が脅かされるのは嫌だ。そんなことは絶対にさせない。


 ならば、僕がもっと強くなるしかない。筋トレでも何でもやってみせる。


「ん……幸隆くん……」


 優奈さんが僕の名前をボソッと呟いた。

 目を覚ましたのかと思ったけれど、どうやら寝言のようだった。


「優奈さん、大好きだよ」


 僕は優奈さんの手をそっと握った。



 


 

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クラスの女子に振られ、馬鹿にされた僕を救ってくれたのは美人な生徒会長でした 星村玲夜 @nan_8372

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