第5話

 うちの高校には4つ校舎があって、生徒会室は体育館から最も離れた校舎の最上階(4階)の、体育館とは反対側の端にある。そのため放送が流れたすぐ後に生徒会室を出たにも関わらず、体育館に着いた時には既に多くの生徒が集まっていて、クラスごとに縦一列で女子を前にして名簿番号順で並んでいた。


 体育館後方中央の入り口から入り、右端の方にある自分のクラスの列の後ろに着くと、別の入り口から入ってきた陽キャ男子グループと鉢合わせた。そして僕に気づくやいなや陽キャ男子グループは高橋をさきがけとして僕に絡んできた。



「おぉ、シマリスじゃねーか。お前荷物置いといて教室にいなかったけど、朝飯食ってなくて校庭に虫でも食いに行ってたのか?」

「うっわ、ダッセぇし引くわ」

「いや、人の多い教室が怖くてトイレにでも閉じこもってたんじゃね?」

『あはははは』


 慣れて来たとはいえ、こうして馬鹿にされると嫌な気分になっていたものだが、今はもう何と言われようと僕の心に波風一つ立つことはない。


 今のうちにいくらでも言っておけばいい。優奈先輩に断罪されて何も言えなくなるのだから。


 僕はそういう思いになっていた。だから僕は陽キャ男子グループを無視して列に並ぶことにした。

 そうした結果、「無視かよ、つれねぇな~」とか言ってきたけれど、それも適当に聞き流した。


 それから少しして、体育館前方下手に設けられた講演台の前に司会を務める放送部の女子生徒が現れ、「朝礼を始めます」と言って朝礼が始まった。


***


 真夏の猛暑の中、無駄に長くてつまらない校長の話や生活指導、学習指導の教師の話を聞くのは辛かった。けれど、早く優奈先輩による復讐劇が見たくてうずうずしていたから、時間が経つにつれてテンションが下がるのではなくむしろ上がっていた。


 そしてついに――。


「では、続いて生徒会からのお知らせです。生徒会の方、よろしくお願いします」


 司会のアナウンスを受けて、マイクを持った優奈先輩が上手から舞台上に出てきて、中央に立つと一礼した。

 舞台中央に立った優奈先輩に視線を向けると、司会に代わって羽場先輩が講演台の前に立ち、パソコンをプロジェクターに繋げているのも見えた。


「生徒会長の藤宮です。今回はみなさんにある映像を見ていただきたいと思います。では早速流します」


 優奈先輩が舞台中央から上手側に移動したのを確認すると、羽場先輩がパソコンを操作して、映像が舞台中央のスクリーンに映し出された。

 

 最初に映し出されたのは廊下の風景だった。それもうちのクラスの前の廊下。

 画面左に映っているクラスの様子からして昼休みに撮られたもののようだ。

 

 撮影者は廊下を進んでいき、立ち止まって左を向いたことで教室の中の様子がメインで写るようになった。それはうちのクラスで、続いて陽キャ男子グループと、彼らに囲まれた僕がズームされ、同時に音声のボリュームが大きくなった。


「シマリス君よぉ、全然紗季と話そうとしねぇじゃねぇか。そんなんじゃいつまで経っても紗季と付き合えないぞ~」

「シマリスは臆病だから、ビビッて話せないのかなぁ~?」

「紗季と話せるようにまた俺たちが手助けしてやろっか?」

「いや、いいよ」

「ちょっと高橋たち、またこいつをあたしに近づけようとしてんの? こいつまたセクハラすんじゃないの!」

「そ、それは吉田さんが自分から……」

「うるさい変態! これ以上紗季をエロい目で見るのやめてくれる!」


 この映像を見て、体育館中がざわつき始めた。が、優奈先輩は気にせず流し続けた。

 それから僕が吉田さんにスキンシップを取られ、変態と叫ばれているシーンや、高橋が僕の下駄箱にリスのおもちゃを入れるシーン、そして教室移動の時に陽キャ男子グループと吉田さんのグループ双方に僕が絡まれているシーンが流れた。


 映像が終わった時には体育館内が騒然としていて、教員もかなり動揺していた。ただ、教員の中でも校長・教頭は落ち着いていて、校長は生徒会の顧問を務めているから、事前にこのことが伝えられていたのかもしれない。


「ご覧いただいたのはいじめの映像です」


 優奈先輩がそう言うと、やはり陽キャ男子グループや吉田さんのグループはそれに反応して叫んだ。


「違う‼ これはいじめじゃなくてダチとしてのイジリだ‼」

「俺たちはそういうことが気軽に言い合えるくらい仲がいいんだよ!」

「大島君だって喜んでたじゃない⁉」


 それに対して優奈先輩が一言、「もしそうならこんなにざわついてないわよ」と言うと、彼らは黙った。


「これを見て、大島君は君たちと仲がいいって思う人はいないはずだわ。大島君の表情を見れば彼が嫌がってるのは明白だもの。それはさておき、生徒会は役員全員の賛成をもってこれをいじめと認定したことを、この場を借りて先生方に報告します」


 そう言って優奈先輩が教員の方を向くと、校長が大きく頷いた後に、生徒指導の教員を呼び寄せていた。


 これにて生徒会としての対処は終わりで、今からは優奈先輩による復讐だ。


 再びうちのクラスの方を向くと、高橋の名前を呼んだ。


「な、何だよ」


 高橋はいじめを報告され、面倒なことになったと思っているのがまるわかりな態度だった。


「あなた、恐喝の常習犯よね?」

「は? 何言ってんだよ!」

「じゃあこれは何?」


 スクリーンが一瞬暗転した後、別の映像が映し出された。

 路地裏で高橋が中学生らしき男の子を壁際に追い詰め、何か怒鳴っている。二人のやりとりをはっきりと聞き取ることはできないが、金を要求しているのは分かった。そして、その子が財布を出すと、高橋はそれを奪って逃げた。


「この被害者の子、被害届を出してるみたいなの。こうして事件の全容が明るみになったことで、あなたはどうなっちゃうんでしょうね。他にも似たような事件がいくつかあって、それらも被害届が出されてるみたいだけど、それもあなたなんじゃないの?」


 後ろを向くと、高橋が口をあんぐりと開けて、顔を真っ青にしていた。その表情があまりにも滑稽で、僕は思わず吹き出してしまった。

 ――どれも自業自得なんだから、せいぜい少年院の中で反省してろ!


「最後にこれも公開しておくわ。バレー部の部室で録音された音声よ」

「この高校ってマジでブスしかいねぇよな。ブスとヤッてもつまんねぇんだよ!」


 この音声が流れた結果、高橋は女子の鋭い視線を集めることとなり、「最低!」、「このヤリチン!」などと罵声が至る所から発せられた。

 恐喝の件で下される処分に関係なく、彼がこの高校で学生生活を送るのはもはや不可能だろう。


「さて、次は吉田さん。あなたよ」


 優奈先輩は続いて吉田さんに照準を定めた。


「あ、あたし⁈ あたし何もしてないし!」

「じゃあこの写真は何なの?」


 スクリーンに写真が3枚、順に映し出された。それらは夜に私服姿の吉田さんがスーツ姿の男性と共にラブホテルへ入っていく様子を写したもので、写真ごとに相手の男性が違っていた。


「そ、それはあたしが被害者よ! 騙されてラブホに連れてかれたの!」

「この写真を見てもそう言えるかしら?」


 それから映し出されたのは、先ほどの写真の男性と吉田さんが駅前で落ち合う様子を写した写真で、吉田さんから声を掛けていることが分かる。


「遊ぼって声を掛けただけで、ラブホに連れてかれるとは思ってなかった!」

「往生際が悪いわね。じゃあこれでどう?」


 今度は動画が再生され、出て来たのは相手の男性の内の一人。駅前で吉田さんに声を掛けられ、お金をくれればヤらせてあげると言われたからお金を払ってラブホに行ったと彼は証言した。

 これを聞いてついに吉田さんは黙った。


「これであなたが売春をしたことが確定したわね。それじゃああなたにも高橋君と同じようにおまけをつけておくわ」


 また新たな写真が公開され、それも吉田さんが男性とラブホに入るところだった。けれど、さっきまでと違って相手の男性がスーツ姿の社会人ではなかった。


「な! 柴田、お前紗季とヤってたのか⁈」


 吉田さんの相手はまさかの陽キャ男子グループの一人だった。しかも、それがフリーの男子だったら大した問題ではなかったのだが――。


「ねぇ、他人の彼氏寝取んないでよ‼ 竜司も最低‼」


 隣のクラスの女子がそう叫び、そして泣き崩れた。

 吉田さんはキレ気味で彼女に何か言い返そうとしたが、その前に周りから「クソビッチ!」などと野次られると、そちらに色々言い返していた。唐突に浮気を暴露された柴田は顔を青くして固まっている。


 それからも優奈先輩は、陽キャ男子グループや吉田さんのグループのメンバーの、喫煙やらいじめやらバイクでの暴走といった悪事を次々と暴露した。

 一通り暴露を終えた時には野次と怒号が飛び交う惨状となっていて、教員も暴露された内容への対処のことを考えて頭を抱えてしまっている。


 体育館内が混乱に陥る中、校長が立ち上がって羽場先輩からマイクを受け取り、大きな咳払いをした。それによって場が一気に静まり、校長に注目が集まった。


「藤宮さん、話は以上で終わりですか?」

「はい」

「では、これで朝礼を終わりとします。藤宮さんが名前を出した者はこの後校長室に来るように。解散!」


 解散となって、多くの生徒はぞろぞろと各自の教室へ戻っていこうとした。

 僕は優奈先輩のところへ行きたかったけれど、陽キャ男子グループや吉田さんのグループに詰め寄る人でもみくちゃになって見動きが取れなくなってしまったので、場が落ち着くのを待つことにした。


 そんな時、舞台を見ると大仕事を終えた優奈先輩が上手に去っていこうとしていた。が、急に足元がおぼつかなくなり、足がもつれて転ぶとそのまま立ち上がれなくなってしまった。


「優奈先輩‼」


 

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