第4話
来る日も来る日も陽キャ男子グループと吉田さんのグループのいじりは続いた。しかも、徐々にいじりのバリエーションが増えていった。
陽キャ男子グループからは下駄箱の中にリス関連のグッズを入れられたり、机の中にエロ本を仕込まれたり、体育の授業でバスケをした時に、ドッジボールをしているのかと言いたくなるようなキラーパスが送られてきて、それを怖がって避けたら、「逃げてんじゃねーよシマリス!」と罵られたり笑われたり――。
ちなみにリス関連のグッズというのは、市販のリスの餌やおもちゃのことで、毎日のように何か一つ下駄箱に入れられていた。小さな巣箱が入っていたこともあった。
たとえ一日一個と言っても毎日のように用意していれば結構な金額になっただろうし、巣箱なんて千円は下らないんじゃないか? いくら僕をいじるのが楽しいからといっても、僕をいじることによくお金を使う気になったな、と思う。
吉田さんのグループからはグループの誰かがというより、吉田さんが仕掛けて、それに対する僕の反応をグループで笑ったり、僕を変態扱いするというのがセオリーだった。僕が変態キャラ扱いされるようになった移動教室の時の一件で味を占めたのか、吉田さんは不意打ちでスキンシップを取ってきた。移動教室の時みたくお腹をまさぐることをはじめとして、胸を押し付けてきたり、耳に息を吹きかけてきたり、耳元で艶めかしい声を出してきたり――。
そうして僕を興奮させておいて、変態! ってグループで言ってくるのだから本当に質が悪い。それを誰も真に受けてないのがせめてもの救いだ。
それにしても吉田さんはやけに色気があるというか、男の弱いポイントをよく知っている。告白したことをあっさりバラされた上に茶化され、果てには変態キャラに仕立て上げられたことで、吉田さんへの好意はすっかり失せているから、吉田さんにそういうことをされても何とも思わないのに、体は反射的に反応してしまう。
こんな風に執拗にいじられ続けるとうんざりしたし、辛くもなった。それでも夜になれば優奈先輩と電話出来ると思うと、告白した日の翌日ほどは気が重くならなかった。
やっぱり優奈先輩の声を聞くと穏やかな気持ちになれて、優奈先輩と他愛もない話をするのは楽しかった。それに毎日電話をするようになって、優奈先輩の声って透き通っていてすごく綺麗だなと改めて思ったのと、そんな優奈先輩の声を可愛いと感じるようになってきて――。
***
こうしていじめに耐える日々を送ること約1週間半、待ちに待ったその瞬間が訪れようとしていた。
日曜日の夜、僕はいつも通り優奈先輩と電話していて、気づくと日付がまもなく変わろうとしていたから、そろそろ電話を切り上げることにした。
「明日は朝礼があっていつもより早く学校に行かないといけませんし、今日はこの辺で終わりにしませんか?」
「あら、もう0時なのね。幸隆くんの言う通り、今日はもう寝た方が良さそうね」
「じゃあまた明日。おやすみ――」
「待って、幸隆くん」
優奈先輩は僕の言葉を遮ると、こう続けた。
「明日、少し早く、8時くらいには学校に来れる?」
「行けますけど、どうしたんですか?」
「ようやく準備が整ったから、明日の朝礼の時に復讐を決行することにしたの。それで幸隆くんには私と生徒会から事前に説明しておきたくて、生徒会室に来てもらえる?」
「分かりました。それより、ついに明日やるんですね⁉」
待ちわびた復讐の決行を告げられ、寝る前で静まっていた気持ちが一気に昂った。
復讐すると決めてから優奈先輩は放課後部活には顔を出さず、生徒会の通常の仕事をこなす傍らで情報収集と証拠集めに奔走しているようだった。どのようなことをしていたのか詳しくは知らないが、校内では生徒会として、校外では個人として正体を隠して行動している姿を数回見かけたことがある。
立派に生徒会長を務める才女たる優奈先輩が全血を注いで計画・準備した復讐がどんなものになるのか楽しみで仕方ない。
「ええ。すぐに準備を終えられなくて、ここまで辛い思いさせて本当にごめんね」
「そんな、むしろ優奈先輩には感謝しかないです。僕なんかのために本当にありがとうございます」
「そんなに自分を卑下しなくてのに。幸隆くんは十分魅力的な人なんだから。真面目でひたむきなところとか、私はすごくいいと思うよ」
「それは言い過ぎですよ。優奈先輩は僕を褒め殺す気ですか?」
優奈先輩にこんなにもまっすぐに褒められると気恥ずかしくなる。
でも、それ以上に嬉しくて、無意識のうちに頬が完全に緩みきってしまった。
「ううん、本当にそう思ってるから言ってるんだよ。じゃあ今度こそおやすみ、幸隆くん」
「おやすみなさい、優奈先輩」
通話を切り、枕元にスマホを置いてベッドに入った。が、寝れる気がしなかった。明らかに優奈先輩が最後、僕をべた褒めしてきたのが原因だ。
おかげさまで少し寝不足になった。
「おはようございます」
翌朝、言われた通りに生徒会室に行くと、そこには優奈先輩の他にもう一人、副会長がいた。副会長は眼鏡をかけていてインテリ風で、それでいてガタイがよく、男というより漢と言った方がしっくりくる人だ。
「おはよう幸隆くん。知っているとは思うけど一応紹介しておくと、こちらが生徒会副会長の
「初めまして、大島幸隆といいます」
「羽場直通だ。よろしく」
お互いに自己紹介をしたところで、羽場先輩と握手した。羽場先輩はガタイがいいだけあって、大きな手だった。
「藤宮から話は聞いた。今回はとんだ災難だったな、大島君」
「まさかこんな目に遭うとは思ってもいませんでした……」
「今まで大変だっただろうけど、今日を境に彼らが君に手を出すことはなくなるはずだから安心してほしい」
「はい、ありがとうございます」
羽場先輩と少し言葉を交わしたところで、羽場先輩が少しニヤリとして僕を見定めるように眺めてきた。
「な、何ですか?」
「いやぁ~、君があの藤宮がすうっ! いたたたた、藤宮痛い‼ 謝るからもうやめてくれ!」
羽場先輩が急に顔を歪めたのでどうしたのかと思ったら、優奈先輩が羽場先輩の腕を思いっきりつねっていた。
「幸隆くん気にしないで。それより時間に余裕がある訳ではないから、早速説明を始めるわ」
そう言うと優奈先輩は羽場先輩から手を放し、痛そうにしている羽場先輩を放置して説明を始めた。
その内容は、とにかく圧巻だった。
生徒会としてはいじめ問題として取り上げ、証拠を提示して罪を認めさせてから、厳正に対処するということだった。妥当な対応といったところだが、用意した証拠の量がすさまじく、逃げ道が全く残されていない。
優奈先輩による復讐は、優奈先輩が集めた情報を基に陽キャ男子グループと吉田さんのグループを徹底的に追い詰めるといったものだった。それでこの優奈先輩が集めた情報のレア度がとても高く、どこでその存在を嗅ぎつけたのか全く予想が付かない。
生徒会、とりわけ優奈先輩の行動力と能力の高さに恐れおののくばかりだった。
「すごい……すご過ぎます! これ失敗する気が一切しないですよ!」
「当然よ。これは絶対に失敗できないんだから」
優奈先輩の発言に、羽場先輩が大きく頷く。
理由は分からないが、僕をいじめた相手への対処は生徒会の中でかなり重大なミッションとなっていたみたいだ。
ここで校内放送が入り、体育館に移動して整列するようアナウンスされた。
「幸隆くんへの説明が済んだことだし、私達も体育館へ移動しましょうか」
優奈先輩がそう言うと、羽場先輩もそれに賛同した。
「そうだな。じゃあ大島君、俺と藤宮でこの部屋の戸締りをしておくから、君は先に行っていいぞ」
羽場先輩に先に行くよう言われたので、失礼しましたと言って生徒会室を出て、二人より先に体育館へと足を向けた。
いよいよいじめから解放されると思うと、自然と足取りが軽くなった。
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