第3話
その日の夜、翌日に提出しなければならない課題をこなしていると、優奈先輩から電話がかかってきた。
「もしもし、優奈先輩どうしたんですか?」
「夜遅くにごめんなさい。幸隆くんに確認しておきたいことがあって」
「大丈夫ですよ。誰かと話してる時は辛いことを忘れられますし、その相手が優奈先輩だったら他の誰よりも落ち着けるから、むしろ嬉しいです」
「ふふ、そう言ってもらえるのは嬉しいけど、少し照れるわね」
そう言われて、思ったことを正直に言っただけのつもりが、口説き文句のようなことを言っていたことに気づいた。
あわわわ、なにちゃっかり優奈先輩を口説こうとしてるんだ僕は!
「あ、いや、別に優奈先輩を口説こうとしてた訳じゃなくて、ただ――」
「ふふふ、幸隆くん慌て過ぎ。ちゃんと分かってるから大丈夫よ」
優奈先輩は僕のあまりの慌てっぷりに笑いを堪え切れない様子だった。
うぅ、恥ずかしい……。
僕の顔は少し赤くなっているに違いない。
このことを早く流したくて、優奈先輩に話の続きを促した。
「そ、それで僕に確認しておきたいことってなんですか?」
「いじめっ子たちに復讐することで、色々考えた結果、生徒会に協力してもらうことにしたの。今回の件は明らかにいじめで、生徒会としても対処すべき問題だから、私個人だけではなく生徒会の方でも動いてもらおうと思って。それで、そのためには生徒会役員のみんなに幸隆くんのことを報告しないといけないから、その許可が欲しくて」
最初復讐すると聞いたときは半ば冗談で言っているのだと思っていたけど、優奈先輩は本気で、感情的にではなく理性的に実行しようとしているのだと分かった。
「生徒会役員にだったら話しても大丈夫ですよ。それよりも、生徒会と協力するってことは、復讐する件で優奈先輩に何か処分が下されることはないってことですよね?」
「ええ、そうよ。それに、部活の時にも言ったけれど、法律や校則を破るようなことはしないから大丈夫」
「なら安心です」
僕としては、優奈先輩にあまり無茶をして欲しくはない。でも、それと同時に吉田さんたちや陽キャ男子グループには痛い目に遭って欲しいとも思っている。だから、僕は優奈先輩が不利益を被らない範囲で復讐してくれたら嬉しいし、心から応援したい。
「私が決行するまで、いじめっ子たちはきっと幸隆くんをいじめ続けると思う。でも、幸隆くんへのいじめが私が絶対に止めてみせるから、それまで本当に辛いだろうけど、頑張って耐えて!」
「はい! 優奈先輩も頑張ってください!」
「うん。じゃあおやすみ、幸隆くん」
「おやすみなさい、優奈先輩」
***
翌日、教室に入って自分の席に着くと、優奈先輩の予想通りに高橋が僕をからかいに来た。もちろん陽キャ男子グループも共に来て、僕の席を囲むようにして立っている。
「よぉシマリス。朝飯はひまわりの種だったか?」
「ち、違うよ。普通に白飯とみそ汁だよ」
「あ、そっか。お前あだ名がシマリスってだけで人間だもんな」
『ハハハハ』
陽キャ男子グループはみな背が高く、特に高橋は180センチ近くもあるから、そんな人たちに囲まれるだけでも恐怖を覚えるというのに、からかわれ、いつ手を出されてもおかしくないこの状況、油断したらガタガタと震えだしてしまいそうだった。
結局手を出されることはなく、チャイムが鳴って朝のSTの時間になり、彼らが自分の席に戻ったことで僕は解放された。
ちなみに僕が陽キャ男子グループに包囲されている時、誰も助けに来てはくれなかった。吉田さんのグループは加わってくることはあっても助けてくれることはないだろうし、他のクラスメイトは極力近づかないようにしている感じだった。
そもそもこの陽キャ男子グループのそれぞれに色々と黒い噂があって、関わりたくないという人が多い。
正直それが賢明だと僕も思う。集団に対して個で挑んで勝てるはずがないし、下手に関われば自分だって被害に遭う危険性が高いのだから。
それからの授業と授業の間の休憩には、時間が短いこともあって絡みに来ることはなかった。ただ例外があって、それは移動教室の時だった。
次の教室に移動している最中に、たまたま吉田さんの近くを歩いていると、誰かに背中を強く押された。
「わっ!」
「きゃっ!」
その結果僕は吉田さんにぶつかってしまい、僕たちは転倒した。
「おいおいシマリスくん、いくら紗季のことが好きだからって、抱きつこうとしたらダメでしょ」
僕を押したのは陽キャ男子グループの一人だった。他のメンバーも押してはいなさそうだったが、行動を共にしていた。
「うわっ、シマリスくん最低!」
「シマリスくんエッチ!」
「紗季が可哀そう!」
状況を見れば僕が押されたのだと分かるのに、吉田さんのグループは僕を非難してきた。
「痛たた……吉田さん大丈夫?」
「シマリスくん、君案外攻めてくるね~」
そう言うと吉田さんは左手で僕の右手を掴み、そのまま自分の胸に押し付けた。それを見て陽キャ男子グループがヒューッと、吉田さんのグループがキャーッと、僕を茶化すような歓声を上げていた。
「ちょっと、吉田さん放してよ!」
「どの口が言ってんのよ、この変態」
さらに吉田さんは右手で僕のお腹の辺りをまさぐってきた。そのまさぐり方は、くすぐったくなるものというより、体を反応させるものだった。
「うわ、シマリスくん勃ってる~」
「うぉ、ほんとだ。こいつ興奮してやがる」
「紗季気を付けて!」
そうして僕は変態キャラに仕立て上げられることになった。
昼休みは捕まる前に教室を離れて、人のいないところで弁当を食べたり本を読んでやり過ごし、放課後はすぐに家に帰ったことで難を逃れることが出来た。
そして深夜になり、寝ようとしたところで、優奈先輩から電話がかかってきた。さすがにびっくりしたけれど、僕のことが心配で思わずかけてしまったのだろうと予想がついた。
「もしもし」
「もしもし、幸隆くん。今日はどうだった?」
「優奈先輩の予想通り、絡んできました。それに、変態キャラに仕立て上げられました」
「へ、変態キャラ? それはどういうことかしら?」
「……それは言いたくないです」
優奈先輩に、無理やり勃たされました、なんて言いたくない。
「まぁいいわ。それより暴力は振るわれてない?」
「暴力は振るわれてないです。というより、暴力を振るう気はないんじゃないかな、って思うんですよ。だって、暴力振るったら痕が残っていじめがばれちゃいますから」
「確かにそうね。でも、ある意味暴力を振るうよりもっと悪質だわ。すぐに解決してあげられなくて本当にごめんね」
「そんな、謝らないでください。僕、優奈先輩があいつらを止めてくれるって信じてるんで、それまでならいくらでも我慢できます」
「無理はしないでね。本当にきつかったら適当な理由をつけて学校休んでもいいのだから」
「ありがとうございます。でも、まだ大丈夫です」
「分かった。私も早く彼らを止められるように頑張るわ。じゃあ、夜も遅いし、そろそろ電話切るね」
この時、寝る直前で思考が停止しかけていたからなのか、はたまた自分でも気づいていない隠れた想いがあふれ出したのか、僕はふとこんなことを口走った。
「あ、優奈先輩、ちょっと待ってください」
「ん、どうかしたの?」
「もし、優奈先輩さえ良ければ、こうして毎日電話をかけてきてくれませんか? どんなに辛いことがあっても、一日の最後に優奈先輩の声を聞いたら乗り越えられそうな気がするんです」
「……いいわよ。じゃあまた明日ね。おやすみ」
「優奈先輩、おやすみなさい」
電話を切ってスマホを放すと、僕はそのまま眠りに落ちた。
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