第2話

 次の日の朝、登校して教室に入ると声を掛けられた。


「あ、大島! 聞いたよ~、紗季に告ったんだって?」


 声の主は吉田さんのグループにいる女子で、その子の他に女子3人が吉田さんの席に集まって談笑しているところだった。


「う、うん」

「どんな風に告白したの~?」

「え、どんな風に?」


 なんて答えればいいんだろう。まさか告白を再現しろと言ってるんじゃないよね?

 

「ごほんっ! 『吉田さんのことが好きです。僕と付き合ってください!』」


 僕が黙っていると、やれやれといった様子で吉田さんが代わりに僕のモノマネをして答えた。それも動きの真似を入れて。

 それを見て、吉田さんのグループはみんな一斉に吹き出した。


「あはは、マジうける! 紗季全然声似てないし、動きもなんか変!」

「完コピとか無理だし! 奈美あんたもやってみればいいじゃん」

「えー! 仕方ないなー、『吉田さんのことが好きです。僕と付き合ってください!』」

「奈美も似てない!」

「じゃあさ、紗季を審査員にして、一番似せれた人にはパフェ奢るとかどう?」

「それ面白そー! やろやろ!」


 彼女らは僕そっちのけで盛り上がりだした。僕が勇気を振り絞って敢行した告白をネタにして。


 自分が馬鹿にされているのもそうだけど、それと同等、あるいはそれ以上に吉田さんがこんな冷たい人だったことに僕は悲しくなった。

 吉田さんは見た目はギャルで僕みたいな陰キャには冷たそうでも、友達への接し方や、これまで僕にぶっきらぼうにでも対応してくれたところから優しいと思っていたのに……。僕が吉田さんに惚れていたことで補正がかかってそう見えていただけで、実際に優しくするのは自分の仲間に対してだけだったのかもしれない。


 昨日振られたことでできた心の傷口がさらに広がった気がした。


「おー、なになに。なんか盛り上がってんじゃん」


 吉田さんのグループが僕のモノマネをして盛り上がっていると、その笑い声を聞いた陽キャ男子のグループが寄ってきた。


「ねー、高橋聞いてよ。昨日大島が紗季に告って振られたんだって。それで今その大島の告白のモノマネをして、誰が一番似てるか競ってんの。ちょっと奈美やってみてよ」

「『吉田さんのことが好きです。僕と付き合ってください!』」


 そのモノマネを見て、陽キャ男子のグループも腹を抱えて笑いだした。そしてひとしきり笑ったところで、高橋は僕を見て言った。


「大島、お前紗季に告るなんて『シマリス』のくせに勇気あんな!」セ

「な、なんでそれを……」


 「シマリス」という言葉を聞いて、背筋がゾクッとした。

 「シマリス」というのは、僕の中学時代のあだ名だ。僕の身長が低い(152センチ)のと、体育の授業でドッジボールをした時に、捕食者から必死に逃げる小動物のように、ボールを当てられないようひたすら逃げ回っていたことから、僕の苗字の大島のシマと掛け合わせて付けられた。


 僕と同じ中学出身ではない高橋がどうしてこのあだ名のことを知っているんだ⁈


「ああ、部活の時に内田から聞いた」


 あ、そうか! 高橋は内田と同じバレーボール部か!


 内田というのは、僕以外で唯一この高校に通っている、同じ中学出身の男子だ。そして、内田は僕を最もいじっていたグループのメンバーだった。


「え、大島がシマリス?」

「ああ、大島の中学の時のあだ名がシマリスでさ、こいつ伸長が低いのと――」


 早速陽キャ男子のグループは僕のあだ名のことを話し始めた。


 あぁ、僕はまたシマリスと呼ばれていじられるようになるのかな……。

 中学時代、散々いじられて、それが嫌で同じ中学出身の人がそう多くは行かないこの高校に進学して平穏な日々を送っていたのに、もうそれが崩れようとしていると考えると、とても辛い。


 僕はこれ以上絡まれたくなくて、声を掛けられる前に自分の席へ逃げた。


 ***


 結局この日は一日中陽キャ男子のグループや吉田さんのグループに絡まれてシマリスと呼ばれ、中学時代のことや、吉田さんに告白したことでいじられた。そうして放課後にはもう僕の心はボロボロになり、悲しい、辛いという感情に支配されていた。


 本当はこのまま家に帰って自室に籠っていたいところだが、今日は花のみずやりをする日だから部活に行かないといけない。残っていた気力を使い果たして部室へ足を向けたが、その足取りは重く、また、帰りのSTが長引いていたために部室へ着くのが遅くなった。


 ドアを開けると部員はみな出ていて、優奈先輩だけが残っていた。僕がまだ来ないことを心配して待ってくれていたのだろうか。


「幸隆くん、珍しく遅かったわね……って、どうしたの⁈」


 どうやら感情が顔に出ていたようで、それを見た優奈先輩が今までに見たことがないくらい動揺していた。


「優奈先輩……っ…………うぅ……」


 優奈先輩を見た途端、張り詰めていた緊張の糸が解けて、涙が溢れてきた。


「い、一旦落ち着きましょ。ここに座って」


 優奈先輩は僕を椅子までエスコートすると、ティッシュを差し出してくれた。それから椅子を僕の隣に持ってきて、そこに座った。僕はティッシュを受け取って、涙を拭いた。


 優奈先輩は何も言わずにただ僕の隣にいてくれて、そうして少しすると涙が止まり、落ち着いてきた。


「幸隆くん、一体何があったの?」


 僕が落ち着いたのを確認してから、優奈先輩は僕に尋ねた。


「実は――」


 僕は今日あったことをすべて話した。優奈先輩は驚いた様子で、最後まで真剣に話を聞いてくれた。


「そんなことがあったのね。幸隆くん、よく頑張って耐えたね」


 優奈先輩は僕を労わるように優しい笑顔で言った。

 その笑顔と優しい言葉は、僕の傷んだ心に染み渡り、嬉しさでまた涙が出そうになった。


「あまり人のことを悪く言いたくはないのだけど、下劣で最低な人たちね。告白を馬鹿にするなんてどうかしてるわ」


 先ほどとは打って変わって、優奈先輩は怒りの感情を露わにして吐き捨てるように言った。ここまで負の感情を露わにする優奈先輩を見たことのある人はほんの一握り、もしくは一人もいないかもしれない。


「それに、幸隆くんは決して臆病なんかじゃない」

「いや、これは関しては自分でも臆病だと思うんですけど……」

「幸隆くんは臆病じゃないよ。だって、本当に臆病だったら五月にあった地域の清掃活動の時、あんな行動取れないわよ」


 優奈先輩が言っているのは、清掃活動をしていた時に、あるおじさんが優奈先輩にセクハラまがいの行動をしようとして、それを僕が止めたことだ。


「でもあれは、優奈先輩が嫌がってるのを見て、自然と体が動いただけで――」

「それが出来るのが臆病でない証よ。あの時はすごく嬉しかったし、幸隆君すごくかっこよかったよ。だから自分に自信を持って」

「優奈先輩……」


 優奈先輩に目が合った状態でかっこいいなんて言われて僕は少し照れてしまい、目線を外した。でも、そう言ってもらえて誇らしい気持ちになった。


「ありがとうございます。ちょっと元気出ました」


 そう言って僕は今見せられる最高の笑顔を見せた。


「じゃあ、遅くなりましたけど僕たちも水やりに加わりましょうか」

「そうね」


 僕は立ち上がり、使ったティッシュをゴミ箱に捨てて、部室から出ようとした。が、優奈先輩に呼び止められた。


「あ、幸隆くんちょっと待って」

「何です?」

「その、今日あなたを馬鹿にした人たちの名前をここに書いてくれないかしら?」


 そう言うと優奈先輩はメモ帳の1ページをちぎり、ペンと一緒に僕に渡した。


「いいですけど、何をするんですか?」

「ちょっとした復讐よ。やっぱりその人たちを野放しにするのは我慢できないわ。でも安心して。幸隆くんに迷惑はかけないし、法律も校則も破りはしない。ただ、彼らが二度と幸隆くんを馬鹿に出来ないようにするだけだから」

「……分かりました」


 僕は言われた通りに全員の名前を書き出し、メモとペンを優奈先輩に返した。


「ありがとう。なるべく早いうちに復讐を果たすから、幸隆くんは楽しみに待ってて。じゃあ行きましょ」


 優奈先輩も立ち上がり、二人で部室を出て校庭へ向かった。


 それにしても、復讐っていったい何をするつもりなんだろう?

 





 

 



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