クラスの女子に振られ、馬鹿にされた僕を救ってくれたのは美人な生徒会長でした

星村玲夜

第1話

 セミが鬱陶しいくらい元気に鳴いている7月の初めの放課後、校舎裏にて僕は緊張の瞬間を迎えていた。心臓はバクバクと激しく脈打っていて、顔は真っ赤になっているに違いない。

 僕の目の前にいるのは同じクラスの金髪ギャル、吉田紗季さん。

 今日この時間にここへ来るよう、前もって昨日LINEでお願いしてあったのだ。そして、この状況ですることはただ一つ――。


「吉田さんのことが好きです。僕と付き合ってください!」


 緊張で声が震えたが、途中で噛むことなく僕は言いきった。それから頭を下げ、右手を差し出した。


 吉田さんに伝えたかった思いはすべて言えた。だからあとは吉田さんがこの手を握ってくれることを祈りながら待つのみ――。


 緊張と暑さで今にも汗が噴き出しそうだったが、汗が噴き出すよりも早くに吉田さんから告白の返事が来た。


「あーごめん。あたし大島を異性として見れないから付き合うとか無理」


 振られた。何のためらいもなく、あっさりと、突き放すように振られた。

 振られる可能性が高いと分かっていたから、覚悟はしていたけれど、吉田さんの言葉は鋭く、僕の心にグサッと突き刺さった。


 振られたショックで頭がボーっとするけれど、返事に対して何か反応しないと、と思い、ひとまず「そっか」と言おうとしたが、その前に吉田さんが口を開いた。


「んじゃ、あたし帰るわ。バイバイ」


 そう言うと吉田さんはくるっと後ろを向き、そのまますたすたと歩いていってしまった。


「え、あ……」


 こんなすぐに帰られてしまうとは考えてなくて、僕は啞然としてただ吉田さんの後ろ姿を眺めることしか出来なかった。

 そうして一人残され、そのうち吉田さんの姿も見えなくなった。


「はぁ…………帰るか」


 地面に置いていたバッグを持ち上げると、心なしか地面に置く前より重く感じた。


 帰ると口に出したものの、家に帰ろうという気になれない。なんとなく外で一人になっていたい気分だ。

 だから、とりあえず吉田さんが向かったのとは別の校門に向かうことにした。


***


 吉田さんは僕が初めて出会ったギャルだった。髪は金色に染めて腰の少し上くらいまで伸ばし、厚化粧をして、指には派手なネイルをしている。

 入学式の日にクラスで初めて吉田さんの姿を見た時は、これが本物のギャルか! と衝撃を受けた。うちの高校は私立だから校則が緩く、ほとんどのオシャレが可能だから、女子の多くが髪を染めたり化粧をしているが、吉田さんほど派手にやっている人はそう多くない。


 ギャルは危なくて怖い存在だという偏見を持っていたから、最初のうちは吉田さんには近づかないようにしていた。けれど、同じクラスで過ごしているうちに、彼女のとても明るい性格や、時折見せる優しさに段々惹かれていって、気づいたら彼女のことが好きになっていた。


 僕は臆病で引っ込み思案で友達が少なく、吉田さんとは対称的な人間だから、吉田さんと付き合えたとして上手くやっていけるか不安ではあった。それでも、吉田さんと遊ぶのは楽しそうだし、彼女につられて僕も明るく、前向きになれるかもしれないという期待の方が大きかった。


 こうして高校1年の夏、僕の初恋の相手はまさかのギャルとなった訳だけれども……。


「はぁ……」


 いつの間にか吉田さんのことを考えてしまっていて、自然とため息が零れる。ああいう振られ方をしても、やっぱり未練は残るものだった。


 そうしてトボトボと歩いていると、声を掛けられた。

 

「あ、幸隆くん」


 声のした方を見ると、そこには僕より少し背が高く、長くてきれいな黒髪の美人が経っていた。


「優奈先輩⁈」


 僕に声を掛けて来たのは、優奈先輩こと藤宮優奈先輩だった。

 優奈先輩は僕と同じくボランティア活動部に所属している3年生の先輩で、入部したものの、唯一の男子部員となって孤立していた僕のことをずっと気にかけてくれて、話し相手になったり、勉強を教えてくれる、優しい先輩だ。

 そして、何より優奈先輩は生徒会役員、それも生徒会長だ。


 ちなみに僕と優奈先輩が所属しているボランティア活動部というのは、校庭に植えてある花の水やりをしたり、定期的に募金活動や地域の清掃活動をしている部活だ。

 こう言うと慈善活動に熱意を持った人の集まりのように聞こえるかもしれないが、実際は花の水やりが主な活動なのでほぼ園芸部で、しかも水まきをしない日や水やりを終えた後はただ部室で駄弁っているだけだ。

 僕だって帰宅部になるのを回避するために、ろくに見学もせずに入部して、唯一の男子部員となってしまった訳だから。


「今日は生徒会の活動はないんですか?」

「ええ、今日中にやらないといけないことはそんなになくて、昼休みにすべて終えているから。それより幸隆くん、その様子だと……」

「はい、振られちゃいました」


 優奈先輩には、吉田さんと仲良くなるにはどうしたらいいか相談していて、今日告白することも伝えていた。優奈先輩のアドバイスは的確だったけれど、僕が意気地なしだったために、その通りに行動しようとしても失敗したり、中途半端になったり、そもそも動けなかったりして活かせなかった。


「そう、それは残念だったね」

「せっかく色々アドバイスしてもらったのに、すみません」

「幸隆くんが謝る必要なんて全くないのだから謝らないで。そもそも人間関係の築き方に正解は無いのだから、私のアドバイスが間違ってたのかもしれないし」

「いや、優奈先輩のアドバイスはきっと間違ってません」


 優奈先輩は美人だから恋愛の一つや二つあってもおかしくはないし、それに頭もいい。だから、そんな優奈先輩のアドバイスが間違っているはずがない。


「それに、もし間違っていたとしても僕は優奈先輩に応援してもらえたことが嬉しいし、優奈先輩のおかげで告白することが出来たんです」

「幸隆くん……」

「ところで、優奈先輩はこのまま帰るんですか? それとも部活に顔出しますか?」

「私はこれから部室に行くつもりだけど、幸隆くんはどうする?」

「僕は帰ります」


 今頃部室ではみんなが恋バナやら教師への愚痴やらで盛り上がっているだろう。今はそんなところへ行く気になれない。


「分かったわ」

「じゃあ、また明日部活で」

「あ、ちょっと待って」


 帰ろうとした僕を呼び止めると、優奈先輩はバッグから何やら小袋を取り出した。


「はい、これ幸隆くんにあげる」


 そう言って手渡された小袋には、クッキーがいくつか入っていた。


「今朝作って、昼に生徒会のメンバーに配ったんだけど、一人休んでて一袋余ったからあげる。良かったら食べて」

「え、いいんですか? ありがとうございます!」

「じゃあまた明日ね」

「はい!」


 吉田さんに振られたショックは大きくて、まだ気持ちは沈んだままだ。それでも、優奈先輩と話して、少し落ち着いた感じがする。

 優奈先輩といると、僕はいつも落ち着いた気分になる。これはきっと、僕が優奈先輩のことを好いているからなんだと思う。好きといっても、吉田さんに対する恋愛感情とは少し違って、人として尊敬しているという意味だ。実際僕は優奈先輩のことを実の姉のように思って慕っている。


 優奈先輩と別れた後、僕は少し散歩をしてから家に帰った。そして温かいお茶とともに優奈先輩からもらったクッキーを食べた。それはそれはとても美味しかった。


 

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