好奇心はネコをも殺す

横下

第1話

最初は本当に些細な、可愛いものだった。と思う。

なぁ、蝿を潰したことはあるか?あれにも血が流れてるんだよ、赤い血が。それを見た時、思ったね。人も虫も、同じ命なんだ。

昆虫を殺すなんて、みんな普通にやってのけるだろ?今やスーパー、ドラッグストア、コンビニ、至る所に殺虫剤が売ってる時代だ。殺すって行為は変わらねぇ、ただかかる手間と、対象が違うだけ。なら、段階を踏んで慣れていけば人間を殺すのだって普通にやってのけることが出来るんじゃないか?そう思って鳥類を殺した。初めて声帯を持つやつを殺したけど、あれはうるさくて仕方なかったな。麻酔をしなかったのは今思えば馬鹿だと思うよ。もう笑い話さ。けど、血は赤かった。切る途中で手元が狂って自分の指も切っちまったんだが、溢れるそれと机の上で鳥だったものから流れるそれは見分けがつかないんだよ、同じ赤だった。雀から鳩、烏、徐々に体長が大きいものを殺していって、次に哺乳類を殺した。始めてやったのは…あぁ、猫だ。確か猫だった。そう、白と柔らかい茶色のやつ。確か小学生達の通学路辺りにいた野良で、みいちゃんとか呼ばれてたな、オスだったけど。警戒心がなかったから、餌付けして三日目くらいに餌に動物用の鎮静薬を飲ませた。あっちも同じ哺乳類なのに人間の睡眠薬じゃ死ぬってんだから、いのちの仕組みってのはおかしなもんだよ。持って帰って、体をバラすとな、やっぱり血は赤い。時間が経てばどす黒く濁るし、乾く。なんら人間と変わんないさ。

あー、今鳴いてるのは土鳩だな。朝が来たらしい。朝は覚める。覚めるんだよ、色々と。だから俺はいつだって朝に殺すなんてことはしなかった。面倒になる前に最後まで話そう。殺すっつー行為に対する罪悪感とか、血の匂いとか、そういうもんに慣れてきて、昨日…今日か?まぁ、日を跨ぐか跨がないかくらいにな、殺したよ。寝子を。金で買う女ってのはいいもんだ。鳴く時は鳴く、寝る時は寝る。そうやって金を貰ってんだから当たり前といえば当たり前だが、とにかく買い手に従順だ。最後だけは別だったけどな。寝てたクセに首に違和感を感じたのか目をかっぴらきやがったよ。人間ってのは虫も鳥も同じ哺乳類も殺すくせしていっちょ前に本能ってのが強いんだろう。真っ赤になった顔のまま、痺れて腫れた舌を何とか動かして鳴きすぎて掠れた声で助けを求めながら俺の手を引っ掻いて。弱っちいそれは鳥よりよっぽど呆気なく死んだ。そんで予想通りだが、俺はこの殺しを鳥の時より普通にやってのけた。笑っちまったよ、今も思い出しただけで、くくっ、ふはっ、あぁ、いけねぇいけねぇ。話が逸れちまうな。でも、っふ、ふふっ、でもあの時はとにかく新鮮だった。命題が証明された達成感があったよ。

さて、人間を殺した俺は次に何を殺す?もう何を殺してもなんとも思わなくなった俺が殺すのは…これを聞いてるやつなら分かるだろう。アンタらはきっと勘が冴える。でもってこれがあった場所とその状況を知ってるはずだ。震えてんだろ?有り得ねぇ思考回路に、気味悪がってんだろ?不可解なんだろ?俺だってアンタらが不可解さ。蚊取り線香引っさげて当たり前に蜘蛛を殺すアンタらが不可解で仕方ないね。お互い、分かり合えないんだろうよ。でもいいだろ?これでアンタらの仕事は一段落。捜査の手間も省けたんだ。お疲れ様、さっさとアンタらも死にな。

───ぶつり、と切れた音声はあまりにも落ち着いていて、それでいて狂気を感じた。

「…捜査は終わりだ。この事件の犯人は被害者男性、動機は好奇心」

そう言ってファイルを閉じた上司の顔色も良くない。土気色の顔をした同僚の掌には爪がくい込み、血が滲んでいた。

「人って、いつか虫になるんでしょうか」

そう聞いた新人の目は、逸らしたくなるほど澄んでいた。

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