第12話 ブレザーかセーラー服か、ガーターベルトか

「ブレザーかセーラー服か、それが問題です」


「なんだいきなり」


「設定です。絵に起こすなら、できるだけ明確なイメージが欲しくなるでしょう」


「まあ、そうだな」


「なので、ブレザーかセーラー服か、それが問題なんです」


 土花の変態発言と流したいところだが……なるほど。


 その議題には俺にも譲れない心情がある。


「セーラー服一択だろ」


「理由を聞きましょう」


「単色で地味だったり、古くさいイメージが多いかもしれないが、あれほど規定内で合法的にカラーリングを変えられるのはセーラー服の特権だ」


 冬服は落ち着いた楚々とした黒、夏になれば涼しげな純白の半袖。ネクタイの色も豊富だ。定番の赤も捨てがたいが、冬服には白、夏服には水色も間違いなく映える。


 また、ネクタイはリボンにも変更可能だ。

 あの大きくて特徴的な襟もいい。


「たしかに、夏服のあの清涼感は言葉にし難いエモさがあります」


「そうだろう、そうだろう」


「しかし、ブレザーは冬服になったとき、最強の武器を装備可能です」


「ほう?」


 どんな装備があろうと、青春の代名詞と言っても過言ではないセーラー服に勝れるはずがない――そう、思っていた。


「カーディガンです」


 その瞬間、俺の脳内に衝撃が走った。


 ワイシャツの上に着た、ぶかぶかで萌え袖になったベージュのカーディガン。


 想像が、妄想が、止まらない……ッ!


「セーラー服だと基本ネクタイは外に出す。大きいのはポイントでもあるが、カーディガンの存在を薄れさせてしまう欠点でもあるな……」


「その通り。よくわかってくれました」


 特に背の低い女子が着るカーディガンは神に等しい。兄のお下がりで袖が長いのは言わずもがな、スカートが半ば、もしくはほとんど隠れてしまうのも乙だ。


 ふふんと得意げな土花だが、こればかりは認めざるを得ない。

 趣があると内なるオタクの俺が頷いてしまった。


 だが、まだだ。多様性だけがセーラー服の利点ではない。


「土花、目を閉じて、俺の言葉だけを想像してみろ?」


「とかいって猿轡して椅子に手足を縛りつけるんでしょう。お見通しです」


「拘束趣味はない」


「さあいつでも来なさい。実は一度されてみたかったんです。できれば目隠しもしていただけると……うえへへぇ」


「しねぇよ」


 万が一、この先俺がそういう方向に目覚めたとしても、お前にだけは絶対にしない。


「シチュを考えてみろって言ってんだよ。レッツイマージン!」


「任せてください。磔でも木馬でも電気椅子でも完璧に妄想してみせます!」


 本当に猿轡して椅子に手足を縛って帰ろうかな……。


「いいか、セーラー服の高校といえば、男子は学ランだ。夕暮れ時で朱く染まった帰り道、手の甲が触れるか触れないかくらいの距離で、男女二人並んで歩いている」


「いいですねぇ。初々しいです」


「そして、セーラー服にのみ許された神シチュエーション……」


「そ、それは……」


 思わず、フ、と笑みが溢れる。レッツイマージン……それこそは!


「夏に吹き抜ける風が生み出す……へそチラだ!」


 ファッションのような意図したへそ出しではなく、それは偶然の産物。

 加えてスカート中の下着のように咄嗟の羞恥心を覚えることはなく、ゆえに男子の視線に当の女子はぽかんとした表情。風に髪を押さえる仕草までついてくる。


 ブレザーにも、ワイシャツにも、カーディガンにも為せない。

 計算され尽くしたセーラー服の作りによる最大の萌えポイント!


「いいですねいいですね! 白い素肌が眩しいです!」


 つい熱く語ってしまったが、後悔はない。こうして大いなる賛同を得たのだ。


「セーラー服……緊縛もよさそうです。服装の清純さと穢される寸前のエロティック、異色のマッチ……あ! いいネタを思い」


「つくな。映倫区分に基づいて健全なものにしろ」


 日に日に変態度合いが増している気がする。

 俺も心を鬼に、否、仏にして制したほうがいいかもしれない。


「思ったんですけど、セーラー服ってニーソ履かないイメージがあります」


「そう言われると、ニーソはブレザー限定な気がするな。絶対領域はそっちの特権か」


「ソックスはソックスで、太ももに銃付けてスカートで隠しているのとかロマンがあります。あとエロいです」


「レッグホルスターな。ア◯アとかの」


「私、ガーターベルトが性癖なんですよね」


「ものすごい勢いで話が転々とするな」


 しかも内容がいちいち濃い。


「絶対領域、太もものムチっと感。スカートの中に潜んで見えないベルトの先。夏津くん、下着とは別に着ているベルトの本体部分をなんて言うかご存知ですか?」


「ノワールレースか」


 答えると、土花は愕然としていた。昔の少女漫画みたいだ。


「……な、なぜ……ガーターは知っていても、そこまで知っている人はいないと……」


 言わないほうがよかったかもしれない。これでは俺がガーターベルトマニアみたいに思われてしまう。そんな変態ではない……と自分でも否定できない。


 一体どこでそんな知識を入れたんだ俺。


「けど制服にガーターベルトはミスマッチじゃないか?」


「そうなんですよね……いっそこう、オリジナルデザインにするとか。魔◯科みたいな」


「ミリタリーモノで付けてる作品見たことあるな。軍の制服だったけど」


「あれは作者直々に『ガーターベルトはロマン』って後書きで言っていましたから」


「制服をメインで押したいならやっぱしラブコメだ。けどラブコメでガーター出すのは難しい……タイトスカートの教師ならワンチャン?」


「自然な登場ではありますが……その、夏津くん」


 ラブコメの主人公はヒロインだ。ヒロインに着せなければ意味がない。


 そう言われるんだろうな、と思いきや。


「私たち、なにを話していたんでしたっけ?」


 ……はて?


「なにか相談事だった記憶があるのですが……」


 ガーターベルトについて熱く語り合おうの会ではないのは確かだが。


「なんだったかな」


 後日、ガーターベルトの先生とのラブコメ案が持ち込まれ、即却下された。

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据え膳食わぬは襲ってくる! 猟虎戀太郎 @Mofuri_K

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