百四話:避けてあそぼ
森の中をめぐる和やかな空気。
心成しか骸骨の森で見た時よりもすこし元気に見える太陽。
清々しい風が草木のざわめきと一緒に、たのしそうな虫さん達の歌を僕へと届ける。
太陽のいる場所から見て、今は九時から十時かな。
暖かくなってきたから、虫さん達が元気だね……あ!
そろそろ朝ごはんを食べないと!
『いただきまーす』
口の中にかぼちゃコロッケを出し、もぐもぐと歩きながら食べる。
エルピが貸してくれた力で生み出したかぼちゃコロッケは、今日もおいしい。
だれかと一緒に食べるともっとおいしいんだけれど……。
僕は、前を歩く黒いカマキリさんの背中を見つめる。
時々僕の方にふり返って、僕が道端のお花や白アリさん達が木の幹に彫ったおもしろい模様に見惚れていたりすると、僕を捕まえようとする黒いカマキリさん。
赤いカマキリさんから助けてもらってから、まだそんなに経っていないのに、もう三回も捕まえられそうになった。
カマキリさんって、かぼちゃコロッケは
ブブブと翅音が聞こえると思ったら、スズメさんくらいのコロッとまるいミツバチさんが頭の上を通り過ぎ、僕と黒いカマキリさんを追い越して行った。
なんだかとっても虫さんがいっぱい。
もしかして、この辺りの森は虫さん達の森なのかな。
右側の木の間から、大きなアリさん達がこれまた大きな葉っぱを口に咥えて、運んでいるのが見える。
でも、周りを見渡してもアリさん達が咥えているような大きな葉っぱは見つからない。
どこから取って来たんだろう?
「わーい」
うしろからヒトの子どものような声が聞こえて、思わず立ち止まる。
ふり返ってみるけれど、さっきの声を出したヒトの姿はない。
薄茶色っぽい蝶々さん――と思ったけれど、触角がモサモサしているから蛾さんが宙をひとりでひらひらと飛んでいた。
蛾さんも僕達と同じ方に飛んでいるみたい。
あれー? おっかしいなぁ。
すっごくはっきり聞こえたから、聞き間違えじゃないと思うんだけれど……。
「わーい」
また聞こえた!
今度こそ声の主を見つけようと、すぐに声のした左へと視線を向ける。
そこには、さっきの蛾さんが飛んでいた。
僕が立ち止まっている間に、追い付いていたんだ。
でも、蛾さんがヒトみたいにしゃべるなんて、あったり――
「わーい」
……ん?
「わーい」
……んん!?
やっぱり、蛾さんが「わーい」って言っている?!
しゃべる蛾さんを眺めていると、木の幹に留まっている緑色の綺麗な蛾さんを見つけた。
緑色の蛾さんが飛び立ち、がんばって翅を動かして、やっぱり僕達と同じ方へと飛んでいく。
黒いカマキリさんが、立ち止まる僕を見つけて、引き返してくる。
あの蛾さんも“わーい”ってしゃべるのかな?
「うひょー」
!!?
“わーい”じゃなくて“うひょー”なんだ。
びっくりに予想が外れたモヤモヤが混ざった不思議な気持ちを胸に、蛾さん達を見送る。
緑色の蛾さんは留まっていた時はしゃべっていなかった。
けれど、飛んでからはしゃべりだした。
もしかして、翅音?
蛾さん達が見えなくなって、さっきから近づいてくる黒いカマキリさんを見上げる。
すこし両腕を広げて、僕を覗き込むみたいに体を倒す。
あ、これ。くる。
鼻先に魔力をあつめ、その場で軽く跳んで足下に放つ。
その下を黒いカマキリさんの右腕がシュパッと通り過ぎようとするけれど、一瞬ピタッと止まって引き返し、跳んだ僕を捕まえようともう一度迫ってくる。
それは一回前に見たことがあるから、僕は放った魔力で足場を作って、さらに上に逃げる。
それならと伸びてきた左腕を体を捻って回り、腕の下を
繰り出した腕を次々と躱した僕を見て、カマキリさんの目がキラリと光った気がした。
さっきのは小手調べとばかりに、より速くなった黒いカマキリさんの腕をがんばって躱していく。
カマキリさんの腕が風を起こしているのか、舞い上がった木の葉と一緒に、風が僕を絡め取ろうとする。
まるで風がカマキリさんの腕になっているみたい。
赤いカマキリさんも腕をとっても速くふっていたけれど、黒いカマキリさんのは、もう出だししか見えない。
風を切る音を耳で、空気の流れを毛で捉えて、なんとか躱している。
でも、いつまで躱せるかはわからないや。
でもでも、それよりも。
『とってもたのしー!』
体が大きかった頃は、上の方の木の枝に頭が当たったり、玄関の扉に引っかかったり。
たぶん、目で追えて避けようと思ったもののほとんどに当たっていたよね。
でも、今は体が小さいから、すいすい避けられる!
最初はびっくりしたけれど、こっちに来てよかったことの一つだよね!
ありがとうエルピ! 今すっごくたのしいよ!
なんてエルピにありがとうを言っていたら、周りがザワザワしてきたことに気が付いた。
でも、チラッと見たら黒いカマキリさんに捕まりそうだから、すこし気が散るけれど、魔力感知でみてみる。
えっと……わわ。
左側に立ち並ぶ木々のすぐ向こうで、大人のヒトくらいの大きな蟻さん達がたくさん歩いていた。
どこから持って来たのかわからないけれど、大きな葉っぱをみんなで運んでいるみたい。
ザワザワはあの葉っぱの音かな?
右の方には……あ、すこし行った先の木の上に男のヒトがいるね。
こっちを見ているみたい。
わーそのうしろからたくさんヒトが来た。
弓を持ったヒト達が、僕達の方を指差して、なにかお話をしている。
あの先にお家があるのかな。
あれ? 森の中に、お家? ヒトが?
うーん……そういうことも、あるよね! うん!
次が来ないと思ったら、黒いカマキリさんが腕を止めて、弓を持ったヒト達がいる方へと顔を向けた。
カマキリさんも気が付いたみたい。
もっと遊びたかったけれど、僕も今はあのヒト達が気になるかな。
黒いカマキリさんと一緒に待っていると、ガサガサと枝葉を掻き分けて男のヒト達が顔を出し、カマキリさんと僕を見つけてピタリと止まった。
先頭のヒトの視線が、カマキリさんから僕へと移って、またもどる。
なんだか、僕が怖いみたい。
理由はわからないけれど、このまま怖がらせるのもいけないよね。
黒いカマキリさんに早く行こうと言おうとしたら、目の前の草むらを越えて、先頭にいた男のヒトが僕達の前に出てきた。
横に伸びた耳が先の方で三角みたいにピンと尖っていて、そこがなんとなく僕とお揃いに見えて、うれしくなった。
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