百一話:シュガちゃんと筋肉


 深い森の中、日の光を全身に浴びて輝くのは、小麦色の肌。

 まるでそこに椅子があるみたいに曲げられている脚が履いているのは、ビルが履いていたものと同じような青いズボン。

 そこに背もたれがあるみたいに、両腕を広げ、上半身はうしろに傾いている。


 あのヒトが、シュガちゃん?

 なんだか不思議な立ち方をしているけれど、なにをしているんだろう?

 それに、どうしてうしろに倒れないんだろう?


「なあ」


 シュガちゃんが空に向かって話しかける。


「地上で生きるものたちにとって、一番大切な筋肉とは……何だ」


 ん? 大切なきんにく?


 どこからか、ピィピィとたのしそうな鳥の声がする。

 小さな鳥が二羽、西の空から現れて、僕達の上を飛んで北の方に去っていく。


 あの鳥さん達に聞いているって感じ……じゃないね。


「筋肉を高める上で全身のバランスを考慮するのはもちろんだが、それでもやはり、重視するものがあるだろう。俺は、それを問うている」


 シュガちゃんは、だれかの答えを待っているみたいで、それっきり口を閉ざした。

 そのサングラス越しの視線の先には、綺麗な青空があるけれど、だれもいない。

 じゃあ、だれに聞いているんだろうとうしろを見て、ニトと目が合う。

 ニトは一度視線を逸らし、無理に作ったような笑顔を浮かべた。


「あ、挨拶みたいなもんですよ〜。どこでもいいんで、答えてあげてください」


 え、僕に聞いていたの!?


 思わぬ事実におどろいて、いつの間にかいなくなっているスケルトンナイト達にもおどろく。


 スケルトンナイト達がいないのは、僕達をここに送り届けたからかな?

 と、とりあえず、あいさつしてもらえたみたいだから、僕もお返事したい!

 うーん、僕が一番使っているきんにく……あれ? “きんにく”って、なに?


 シュガちゃんが全身のえっと、ばらんす? がどうとかって言っていたし、たぶん僕達の体のことなんだと思う。

 ニトはどこでもいいって言っていたから、“きんにく”は僕達の体のいろんなところにあるのかな? たくさんあったらいいんだけれど……。

 あ、ヒトには尻尾がないから、そこは違うかも?


 “きんにく”が僕の体中にあったとして、僕の体の一番大切なところってどこだろう?

 鼻は大切だし、目も大切。耳ももちろん大切だよね。

 口もだし、歯も! 脚も爪も毛もおしりも尻尾も首だって大切。

 でも、その中から一番を決めるとなると……食べることが好きだし、口?

 あ! それよりも、走ったりするのが好きだから、脚かも! うん! 脚!


 僕が『脚!』と答えると、シュガちゃんは体勢をそのままに、右脚を左脚にのせた。


 本当に、どうやって立っているんだろう?


「それも正解と言えるだろう」


 シュガちゃんが閉ざしていた口を開けて、ゆっくりとそう言った。


「だが、俺が求める答えは尻だ。その身一つで生き抜くならば、脚は相手を穿つ砲となり、砲を大地に向ければ逃走にも使えるだろう。だが、それも強固な砲台があってこそ。爪牙を弾く堅牢な城壁があってこそ。ならばその砲台は、城壁はどこか。尻だ」


 おしり。

 それがシュガちゃんが大切にしているきんにくなんだね!


 のせていた右脚を下ろして、今度は左脚を右脚にのせたシュガちゃんが続ける。


「如何なる衝撃にもぶれる事のない土台。この身に持った数多の可能性きんにくの中で、俺は尻に重きを置き、より上を追い求めている」


 のせていた脚を下ろしたシュガちゃんが、僕達の方を向いた。

 そのサングラスがキラリと輝く。


「俺の尻を叩け」


 ん? シュガちゃんのおしりを……叩く??


 大切なきんにくのお話から、なんでおしりを叩くことになったのか、わからない。

 でもそのわけを聞くのも近い方がやりやすいから、とりあえずシュガちゃんの下へと歩き出す。

 うしろのニトの「るぇ、行くんですか!? 叩くんですか!!?」っておどろいた声が聞こえたあと、ついて来る足音がする。


 シュガちゃんに近づいて、ぐるりとその周りを回ってみる。

 肌を出した上半身に滲む汗が、キラキラと綺麗。

 見えない椅子でもあるのかなって思っていたけれど、魔力感知でもそれっぽいものはみつからない。

 その代わりとしてはなんだけれど、シュガちゃんの足元の地面に窪みを見つけた。

 シュガちゃんの足の指が地面をしっかり掴んで、作られたような窪みが。


 もしかしなくても、これで踏ん張っているんだよね?

 すごーい!


「筋肉は破壊と再生を繰り返してより強靭になる。だが、その破壊は外部からではなく、筋肉自らでなくてはならないのが殆どだ。つまり俺が求めるのは、激励。疲れ切った筋肉、その秘められし力を呼び覚ます一撃を」


 がんばれって気持ちで叩けばいいのかな?

 じゃあ、魔力とかはなくてもいいよね!

 よーし! やってみよう!


『いくよ!』


 その場でくるんと回って、一直線にシュガちゃんのおしりへと走り、ジャンプ!

 青いズボン越しのおしりの右側に、右前足をふり下ろす。


 ぽす!


「いいぞ。左もだ」


『うん!』


 一度引き返し、狙いをつける。

 あとは、おしりに向かって走って、ジャンプ!


 ぽす!


「いいぞ。もう一度――」


「わたしの恩人になにさせてんですかぁー!」


 スパーンッ!


 ニトがシュガちゃんの頭を右手で叩く。

 その衝撃で、シュガちゃんの短く纏められていた黒髪がすこし乱れた。

 シュガちゃんは気にしていない様子で、ニトの方を向く。


「お、爆弾鼠の親分ボスボムラットか。おまえを探していたんだが……。そも恩人とは? こいつは狼ではないのか? それに今は尻を鍛えているんだ。叩くなら尻を――」


「セクハラっ!」


 スパーンッ!


 乾いた音が気持ちがいいくらいに響く。

 ニトが落ち着くのは、それからすこししてからだった。



 落ち着いたあとニトは、シュガちゃんに僕と出逢ってからのことを教えている。

 シュガちゃんは、それをところどころ「ほう」と静かにおどろいたような声を出して聞いていた。


 お話を聞いていて知ったことなんだけれど、シュガちゃんが言っていたボスボムラットは、ニトの二つ名ってやつで、ニトが鼠さんってことじゃないみたい。

 あと、骸骨の森にシュガちゃんがいたことを知っていたはずのニトが、なんでおどろいていたんだろうって思ったら、森の外で待っているって思っていたんだって。

 ニトが「森は一人で気軽に入れる所じゃないんですよ!」って言っていたけれど、ニトもヒトのこと言えないよね。

 だって、ニトはひとりで森のすっごい奥に入っていたし、雪に埋まってもいたもん!


 聞きたいことを聞いたあとは、僕はふたりのお話が終わるまで、広場をぐるりとお散歩。

 一周して見つけたものと言えば、地面にいくつか描かれている大きなまるい模様。

 それと、黒い鎧を身に付けた骸骨。


 黒い鎧の骸骨はまだ近くで見ていないけれど、太陽を見上げて、口をぽかんと開けているみたいだった。

 もしかしたら、ひなたぼっこをしているのかも!


『ただいま!』


「おかえりなさーい」


 ふたりのところにもどると、ニトが迎え入れてくれて、それからまたさんにんでお話をした。

 最初に出逢った時にニトが言っていたみたいに、ふたりは東に行くみたい。

 でも、僕はガルドに行くために、ワトソンってヒトを探しているんだけれど……。


 僕の話を聞いていたシュガちゃんが、おもむろに腕を伸ばし、指でどこかを差した。


「ワトソンか。ワトソンは、あいつだな」


 え、ワトソンがいるの!? やった!


 シュガちゃんが指差す方へと顔を向ける。

 その指し示す先には、さっきの黒い鎧の骸骨がいた。

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