九十九話:黒い秤と白っぽい鉄鎧


 雪降りの森から骸骨の森へと入ると、ひんやりとしていた空気から、古くなった水の香りがする重たく温い空気に変わった。

 雲越しの太陽も落ち始め、暗くなりだしていた視界も一段と暗くなった気がする。


「もうだいぶ遅いので、良さげな場所を見つけ次第、今日は休みましょー」


『うん!』


 ニトが服の右ポケットから黒い石を二つ出すと、手の中で打ち合わせ、フーロと唱える。

 生まれたヒトの拳くらいの火を宙に浮かべて、辺りを照らし、森の奥へと歩き出した。

 僕もニトに続いて、歩き出す。


「ほんと夜までに雪降りの森を抜けられて良かったです。雪の中で寝るとか、ちょっと遠慮したかったですし」


『そうだね』


「はい。デストーじゃなくて、ハナマル? に感謝ですねー」


『うん!』


 するりするりと夜の帷が下りて、辺りは灯りがないと見えないくらいにまっ暗になる。

 暗闇の先に目を向け続けて、火に照らされて浮かび上がるものを一つ一つ確かめながら、ゆっくり進む。


 月の光があれば、もっとよく辺りが見えたんだけれどね。

 雲で遮られちゃっているみたい。


 しかたがないから、魔力感知をすこし広げる。

 これで木の影になにかがいても、すぐに気付ける。


『はなまると一緒に眠ったら、きっと雪の中でもポカポカだよね』


「今は辺りに集中してく……猫ちゃんさん達と一緒に眠れるならアリかも? ……じゃなくて、何かいたり、気になるものがあったら教えて下さーい」


『はーい!』


 なんて僕は念で、ニトは小さな声でお話をしながら歩いていると、すぐ近くの木の影に、不思議な形をしている植物を魔力感知でみつけた。

 言われた通りにニトに教えて、灯りを不思議な植物に近づけてもらう。

 ざらりと乾いた黄色っぽい地面から、黒っぽい植物が、ほかの細長い植物に紛れて生えていた。


 まっすぐな茎のてっぺんには大きな蕾。

 茎の同じ高さのところから、左右に向かって一つずつ伸びている枝の先には、大きなお皿の様な葉が一枚ずつ。

 まるでヒトが使うはかりの様な見た目の植物。


「あ、黒エスカマリ…………黒エスカマリ!?」


 不思議な植物をもっと近くで見ようと思ったら、隣りのニトが「まだ小さいけど」と呟きながら、僕よりも先に植物の元へと歩いていく。

 そして植物の前でしゃがみ、服の内ポケットから細長いガラス瓶を出すと、蓋を取り、大きなお皿みたいな葉を傾けて、そこに溜まった黒い水を瓶へと入れていく。


「あ、みず。水……」


 瓶いっぱいに黒い水を入れ終えたニトは、蓋を閉めた瓶を仕舞う。

 今度はさっきと別の場所から細長い瓶を取り出すと、その中に入った水を左右の葉に垂らし、最後にてっぺんから全部の水をかけた。

 フーと息を吐いて、ニトが空になった瓶を仕舞う。


「黒エスカマリを見つけるなんて、お主、いい仕事してますなぁ。お手柄です。おかげ様でいい臨時収入をゲットですー」


 なんでニトの口調がすこし変わったのかは、よくわからないや。


 ニトがよっこらせと立ち上がり、歩き出す。


「あ、分け前っていつ渡せばいいですかね? わたし今クエスト中でして、すぐに換金出来ないんですよ」


 わけまえ? かんきん?

 もしかして、さっきの植物を見つけたお礼?

 よろこんでいたけれど、そんなにいいものだったんだ。

 クロエスカマリだっけ。


『ニトが欲しかったものを見つけられてよかった!』


「はい。ありがとうございますー……で、話しを戻しますけど、わたしが知ってる相場の一番高いやつの半分でいいですか?」


 そーば。

 たぶん、黒い水をお金にした時の半分を、お礼としてくれようとしているみたい?

 あのお水がヨアンのお店のお肉なん個分かは気になるけれど、お金はいいかな。

 だって、今のところ困っていないもんね。

 それに、あんまりたくさんのお金だったら、今もらっても僕の頭にのらないし!


 ニトに僕の考えを伝える。

 ニトは僕の頭の上を見て、口の左端をひくひくとさせたけれど、すぐに顔を前に向けた。


「こういうのって、しっかりやっといた方がいいんですって。えっと、じゃあ、相場の半分を口座に入れておきますね……あ、口座ありますよね? ギルドの口座。ギルドの首輪をしていますし、お金を出したり入れたり出来るやつありますよね?」


 お金を出したり入れたり? お金を預けられるところのことかな。

 それなら、首輪をもらった時にヨミちゃんが言っていた気がする。

 たしか――


『青い札が立った受付だよね?』


「そうそれです。あーよかった。それじゃあ、クエストが終わり次第、入れておきますね」


『うん。ありがとう』


「いやいや、こっちが感謝したいくらいですよー」


 なんて会話をしてからしばらくして、すこし広くなっているところを見つけた。

 ニトがまた右手に黒い石を持ってカチカチと二回打ち合わせると、灯りにしていた火が大きくなって、ポポポと六つに分かれる。

 分かれた火がお互いに間を空けて飛び、空き地をぐるりと照らしていく。

 空き地のまんなかに、倒れた木が見えた。


「わー、椅子代わりにいい感じですねー」


 ニトは空き地の縁に沿って歩き、服の左のポケットから取り出した赤い小さな石を火の下に一つずつ置いたあと、よっこいしょと倒れた木の幹に座ろうとする。

 グシャッと幹のニトが座ったところが崩れて、粉みたいになる。

 古くなっていたみたい。


「……重くな、くも、ないです」


『そうなんだ!』


「そう、なんです」


 そう言ったニトは、なんだか苦しそうだった。

 なんて言ったらよかったんだろう。


 それから、パサパサになった木を使って、焚き火をした。

 でもすぐに燃え切って火が消えそうになるから、ニトがさっきの赤い石をもう一つ出して火の中に入れると、火はそれから消えそうにならなくなった。


 あの石は、燃料の代わりなのかも。

 でも、浮いている火の下に置くだけでもいいなんて、不思議だなぁ。


 地面に座るニトの隣りでくつろぎながら、周りで浮いている火と焚き火を見比べていると、ニトからの視線を感じた。


 見上げると、ニトと目が合う。

 その喉がごくりと鳴った。


「あ、あの~わたし寒いのが苦手でして」


 緊張しているのか、ニトの額に汗が見えた。


「もしよければなんですけど」


 ガサリガサガサ


 焚き火を挟んで向こう側。

 草を踏む音が近づいてくる。


 すぐにニトが立ち上がって、音のする方へと視線を向けた。

 僕も起き上がって、焚き火越しに闇の中を見つめる。


 木の間を通って、空き地にぬっと入って来たのは、ヒトの骨。

 白っぽい立派な鉄の鎧を着込んだ骸骨が、しっかりとした足取りで、僕達の前に現れた。

 火に照らされて、右手に持ったやけに大きな剣に刻まれた、綺麗な模様が輝いている。


骸骨亡霊スケルトン兵士ソルジャーいや、骸骨亡霊スケルトン騎士ナイトです! 馬を喚ばれる前にやりま――ッ?!」


 スケルトンナイトが地面に深々と、剣を突き刺した。

 そして、その場にあぐらを組んで座ると、口を開いた。


 カタカタカタカタ。


 ……え?


 スケルトンナイトは、腕を広げて、身ぶり手ぶりを交え始める。

 急に胸を張ったり、頭の上に添えた両手の人差し指だけを立てたり。

 なにかを伝えようとしている。


 カタカタカタカタ。


 ……でも。


 カタカタカタカタ。


 全然わからないよ!

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