九十七話:作戦失敗結果おーらい
カチッとニトが両手に持った黒い石を打ち合わせ、火花を散らし、小さく「火守りの金――
ニトの両手の間にヒトの拳くらいの火が生まれた。
その火をお墓に近づけると、氷がすこしずつ溶けて、流れ落ちていく。
「おー溶けとる溶けとる。助かるわー」
氷が溶けて流れていくのをニトの左隣りで眺めていると、ニトを挟んで右隣りのシグマが声を上げた。
その声にニトの鼻息が、ふふんとすこし強くなった。
お墓に張り付いていた氷が溶けるのは、はなまるもうれしいみたいで、大きな尻尾がブオンブオンとふられているのがお墓越しに見えた。
そろそろ僕でも泥が取れるようになったかな?
まだかな……あ! そういえば、猫さん、鳥さん達は?
ジリッと音がした気がして、ふり返る。
頭に鳥さん達をのせて姿勢を低くした猫さん達が、すぐうしろにいた。
びっくりして、思わず声を上げそうになった。
猫さん達は、お墓を見てうずうずしているみたい。
もしかして、ニトを綺麗にした時みたいに、お墓も綺麗にしたいのかな?
みんな獲物を狙うみたいにおしりをふって、尻尾をふったかと思えば、ピタッと止める。
火があるから待っているみたいだけれど、火がなかったら、今にもお墓に跳びかかっちゃいそう。
「だいぶ乾いてきましたねー。次は横行きましょー」
ニトがお墓の横側を乾かそうとズレていく。
それを見た猫さん達が、一斉にうご……かない!
ぜんぜん動かない! え、なんで? まだ火が近いから?
お墓を見つめる猫さん達の目。
その瞳に、お墓の向こう側にいるはなまるの影が映って見えた。
もしかして、はなまるがまだ怖い?
試しにすこし右に移ると、ピッタリと僕のうしろに隠れる様に、猫さん達がついて来る。
やっぱり。
はなまるが怖いから、お墓を綺麗にしたいけれど、出来ないんだ。
じゃあ、はなまるが怖くないってことがわかれば、僕と一緒にお墓を綺麗にしてくれるかも!
もし出来なかったら出来なかったで、僕が猫さん達の分までがんばるし、やれるだけやってみよう!
氷を溶かしているニト達のうしろを通って、はなまるの前に座る。
紫色をした二つの炎が、僕をじっと見ていた。
猫さん達の気配がうしろにないと思ったら、ニトのうしろに移っていたみたいで、目を合わせないようにして僕とはなまるを見ていた。
バサリとはなまるが尻尾をふって、そのうしろの雪が舞う。
太くて大きな前足が、待ち切れないみたいにうずうずと動いている。
たくさんの大きな歯が覗く大きな口が、笑っているように見えた。
『はなまる! 氷が全部溶けるまで、あっちで遊ぼう!』
すぐにバウッと元気な返事が来た。
僕がお墓から離れるように走り出すと、はなまるも僕を追いかけて走り出す。
それだけで、はなまるとすこし仲良くなれた気がした。
猫さん達の視線をうしろに感じながら、雪の中を走り、くるくる回ったり、はなまるの下をくぐったりして遊ぶ。
はなまるも僕を追いかけて元気に走り、でんぐり返ししたり、くぐられないように姿勢を低くしたり、とってもたのしそう。
はなまるの下げられた頭を跳び越えてその背中にのろうとしたら、素早く反応したはなまるが僕を追いかけて、前足でジャンプ。
勢いあまってひっくり返り、はなまるがズンと背中から地面に転がる。
僕がそのしっとりと温かいお腹にぼふんとのっかると、すぐ前にはなまるの顔があった。
えへへ。たのしいね!
べろんと大きな舌が僕の顔を舐める。
続けてべろんべろんべろんべろん……って何度も舐めてくるから、すこし首が痛くなってきたかも!
「氷が全部溶けましたよー」
あ、ニトの声!
思ったよりも早かったかな?
夢中になっていたからかも!
はなまるの上から降りる。
『はーい! ほら、はなまる行こう!』
はなまるがまたバウッと返事をしてくれる。
またすこし仲良くなれたみたいで、とってもうれしい。
それにしても、雪の中で遊ぶのってたのしいね!
あとは、僕と遊ぶはなまるを見た猫さん達が、はなまるを怖くなっていたらいいんだけれど……って、あれ? 猫さん達がいない?
ニトのうしろに隠れていた猫さん達の姿がない。
探そうとすこし視線をずらすと、ニトとシグマの隣りにあったはずのお墓のほとんどが白いなにかに覆われていて、そのうしろの雪に紛れて見えづらくなっていた。
近づいていく内に、白いなにかはお墓に纏わりつく様に動いているように見えてきて……って、あれ、猫さん達だ!
猫さん達が、にゃーにゃーとよろこびの声を上げながら、お墓に体を擦り付けていた。
お墓に付いていた泥も、ほとんどが綺麗に取り除かれている。
ニトが氷が全部溶けたって言ってから僕とはなまるが来るまでで、こんなに綺麗になっちゃった! すごいね!
それに泥を拭き取った猫さん達の体が白のままで綺麗! 不思議ー!
猫さん達は満足気にお墓から離れると、今度は僕の周りにあつまってくる。
ふわりとしているけれど、すこしひんやりもする不思議な毛が、僕の顔を撫でた。
なんだろう。とってもすっきりした気分!
もしかして、僕も猫さん達に綺麗にしてもらえちゃった?
だったらうれしいな……って、あ!
猫さん達や鳥さん達とはなまるが仲良しになる前に、お墓が綺麗になっちゃった!
綺麗になったのはいいことだし、はなまると遊ぶのもたのしかった。
けれど、僕の作戦は上手くいかなかったみたい。
うーん、次はどうしようかな。
「ほんとありがとうね、青い嬢ちゃんに白い狼さん。精霊さん達も!」
「あはは。わたしは氷を溶かしたくらいですけど、お役に立てたのならよかったって、精霊!? どこ? どこですか?!」
「どこって、目の前の猫っぽいのと鳥っぽいの」
「え、そうだったんです!?」
ニトとシグマもお墓が綺麗になってうれしそうにお話をしていた。
けれど、急にニトがおどろいた表情で、猫さん達と鳥さん達を見つめ始めた。
どうしたんだろう?
お墓をじっと見ていたはなまるが、バウっとうれしそうに鳴く。
そして、猫さん達の前にずずいと迫ると、猫さん達をその大きな舌でべろんと舐め始めた。
猫さん達の頭の上にいた鳥さん達が、一斉に飛び立つ。
猫さん達は、はなまるが怖いのか動かない。
だ、大丈夫かな?
代わる代わる舐められていく猫さん。
そのひとりの顔が険しくなってきたと思ったら、右前足をふり上げて、すごい速さで何度もはなまるの鼻先を叩きだした。
コッコッとはなまるの兜が鳴る。
はなまるが最後の一舐めをして顔を話すと、猫さん達はすこしぐったりとした表情で雪の地面に寝っ転がったあと、前足を使って自分の体を綺麗にしていた。
それを満足そうに見てからなにを思ったのか、はなまるがその上に寝っ転がろうとし始めた。
それに気が付いた猫さん達が一斉に避ける。
のしりと転がったはなまる。
体を雪に擦り付けていたと思ったら、むくりと起き上がって、また猫さんがいるところで寝っ転がろうとする。
うーん? あ。
もしかして、はなまるは猫さん達を綺麗にしようとしている、とか?
そう見てみれば、追いかける時は僕を追いかける時と同じくらい全力だけれど、寝っ転がる時は猫さんを潰さないようになのか、ゆっくり寝っ転がっている。
でも、あんなに体が大きいと、ゆっくりでも潰れちゃうよね。
僕も小さくなる前は、同じようなことなんどもしたっけ。
すこしの懐かしさを感じながら、はなまると猫さん達を見ていた。
はなまるは全力で追いかけているけれど、猫さん達は走っていない。
猫さん達は、はなまるが寝っ転がろうとするから逃げているだけで、最初の頃みたいにはなまるが怖いから逃げているわけじゃないみたい。
それがとってもうれしかった。
そういえば、ニトとシグマは……
「猫っぽいのが雪、鳥っぽいのが風雪の精霊」
「へー! そうなんですね……知っていたんですか?」
「い、いや、見ればなんとなくわかる感じ、で……」
「見たらわかる!? すごいですねぇ! やっぱり
「そう。それ! そうなんよー!」
なんだかたのしそうに話しているから、そのままにしておこうっと。
また猫さんに逃げられて、起き上がったはなまるの背中に鳥さん達が留まっていく。
雪と土塗れになったはなまるを見て、猫さん達がうずうずとし始める。
すこし薄くなった雪降らし雲の向こうから、太陽が僕らを照らしていた。
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