九十六話:ニトの魔法


「手伝ってくれる言うて、今回もきっと逃げられるんやー。矢弾火の球撃たれるんやー」


 その場で座り込み、「いややー」とシグマがその目元に溜まった涙を前足で拭っていく。

 しばらくすると、「うち、もうどうすりゃいいかわからん」と言って、揃えた前足の上に頭をのせて、うずくまっちゃった。


 今までたいへんだったみたいだし、なんとかしたいな。

 僕が体を擦り付けたら、綺麗にならないかな?

 どうなんだろう?


 シグマの横を通り過ぎ、お墓に近づいて、よく見てみる。

 でこぼことしたお墓全体に、細かい雪と泥が付いている。


 試しに体を擦り付けて雪と泥を取ってみると、すこし固かった泥と一緒に取れた雪の下に、さらに泥がべっとりと見えた。

 その泥を覆う氷。何度か体を擦り付けても、氷がジャマをして、奥の泥を取ることが出来ない。


 シグマが言っていたことから考えると、雪を溶かした水を使って綺麗にしようとしたあとの氷かな?

 お墓の下の方じゃなくて、全体に張り付いているみたいだから、違うかも?

 まあいっか! とにかくまずは、これをなんとかしないと、だね!


「知り合いではないですけど、あのお墓を綺麗にすればいいんですよね? じゃあ、わたしがしましょうか?」


 ニトも一緒に綺麗にしてくれるの?


 ふり向けば、シグマの前でしゃがむニト。


「青い嬢ちゃん……やってくれるん?」


「まっかせてください! 綺麗にするのは得意なんですぅ! わたしの魔法でどかんと一発でまっさらにしますよぉー!」


 シグマの不安そうな声を元気付けようとしてか、ニトは腕捲りをして、両腕をぐっと掲げる。


 わ、魔法で綺麗に出来るんだね! すごーい!


 ニトが手伝ってくれれば、すぐにお墓も綺麗になりそうで、うれしくなった。

 でも、シグマはちょっと違うみたいで、


「何か物騒なこと言ってる気が……試すようで悪いんやけど、一回あの辺りにやってみてくれる?」


 と言って、お墓と違う方に左前足を向けた。


 でも、そっか。

 大切なお墓だもんね。

 どんなことをするかは、一度は見ておきたいよね。


 ニトもすぐに「はい!」と元気よく返事をすると、シグマが前足で指した方に体を向ける。

 僕もニトがどんな魔法で綺麗にしようとしているのか気になって、その場に座って、ニトをじっと見る。


 ふと、荒い息遣いが近づいてきたと思ったら、デストーチこと“はなまる”が僕のすぐうしろのお墓の側まで来ていた。

 その燃える二つの目が、まっすぐニトに向けられているように感じた。


「氷よその身をほどけ。震えよ。相剋を反し、その身に火を見出せ。この打ち金を皮切りに、その氷中の爆火を見せよ――氷鳴爆華ひょうめいばくか


 ニトが手に持ったなにかをぶつけ合わせたみたいで、カチッと鋭い音が小さく響く。

 すると、ちょうどシグマが指し示していた辺りで小さな光がチラチラと見え始め、湯気が上がる。

 小さな破裂音が一度したかと思えば、瞬く間にその数を増やして、破裂音も大きくなっていく。

 ボワッと大きな炎が上がり、宙で丸くなる様に踊って消えた。

 あとに残ったのは、雪がなくなって見えるようになった地面。


「どうでしょう? これを――」


「あかーん! 絶対にあかんよ! ヒョウメイバクカのバクって、絶対爆発の爆やん! え、なんで炎? キミ何? 大切なお墓言うとんのに、何焼こうと、吹き飛ばそうとしとるん?」


 シグマが目を見開いて、ニトと炎で雪がなくなった辺りを交互に見ながら、えっへんと胸を張るニトの服の裾を引っ張って揺する。


 とってもキラキラとしていて、綺麗な魔法だった!

 炎が上がった時は、鼻先にすこし熱を感じたよ! あーすごかった!

 ……でも、たしかにあんなに火が上がっていたら、お墓に傷が出来ちゃうかも?

 お墓に張り付いた氷を溶かすくらいに出来ないのかな?


「やだなぁ〜もっとよく見てくださいよぅ!」


 ニトが裾を引っ張るシグマをそのままにして、そう言った。


 もっとよく見る?

 なにかあるのかな。


『ちょっと行ってくるね!』


 うしろのはなまるに声をかけてから、ニトが魔法を使った場所に行ってみる。


 黒っぽくてすこし硬そうな土。

 雪に埋もれていた草は、くるんくるんと癖が付いて、なんだかおもしろい。

 ふきのとうっぽい植物が周りの葉に包まれて、ころりとかわいく生えていた。


 近くで見るのもおもしろいね!

 でも、ニトがお墓にあの魔法が使えるって思ったわけは、どこにあ、る……ん?

 さっきあんなに大きな炎が上がったのに、荒れた感じはないし、焦げの香りもしない! あ、そっか!


『ニト、荒れていないよ! とっても綺麗!』


「はい! 大きな氷じゃなくて雪ですからね! ちょっと、いやすこし、かなり調節すればぁ、そんな感じに他に与える影響を最小限にして、雪だけを燃やしたり出来るんですよー!」


 へー!

 ニトがすごいってことだね! やった!


 ニト達の元まで行くと、シグマも納得したみたいで、うんうんとうなずいていた。


「なんや青い嬢ちゃんすごいんやな! 疑ってすんません!」


 ニトは得意気な表情で「いいんです!」と言って、背中を反る。

 すこし無理をして反らせているのか、腰に当てている手がプルプルと細かく震えていた。


 よーし! ニトの魔法があれば、お墓の氷もばっちり解決……ん? 氷?

 氷じゃなくて、雪だから荒れなかったんだっけ。

 じゃあ、氷だったら?


『お墓の氷も大丈夫?』


 お墓の近くにもどってから、ニトに聞いてみる。


「はい! お墓の氷も任せ……」


 歩いて来ていたニトが、ぴたりと止まった。


「氷、氷はぁちょっと……やばい」


 やばい。

 ニトが小さく溢した言葉が、雪に吸われることなくしっかりと聞こえた。

 ニトのうしろを歩いていたシグマもぴたりと止まると、ぐぐぐとニトの顔を見上げる。


「が、頑張れば大丈夫ですよ! きっと」


「嬢ちゃんちょっと、ちょちょちょっと待ってくれる? 今は根性とか努力の話はしていないんよ?」


 また動き出したニトを、慌てた様子でシグマが追いかける。


「シュガちゃんが言っていましたぁ! 世の中の大体は、筋肉と気合いでなんとかなるって!」


「シュガちゃんって、誰?!」


 たしかに……!

 えっと、


『ニトの仲間だよ!』


「ごめん! それは今聞いてない!」


 え、そうなの!?


 こっちに来ようとしているニトとそれを止めようとするシグマ。

 二人をはなまると一緒に待ちながら、すこし考えてみる。


 ニトの魔法でお墓を綺麗にしたいけれど、氷だと“やばい”みたい。

 やばいがどのくらいやばいのかはわからないけれど、魔法を使うニトがやばいって言っているから、きっとやばいんだよね。

 僕は氷がジャマして奥の泥が取れない……うーん。


「あか〜ん。絶対にあか〜ん」と繰り返しているシグマを引きずって来たニトに聞いてみる。


『氷を溶かせる魔法は、ほかにないの?』


「……あ、ありますよ!」


「あるんか!」


 あるんだ!


 ガウッとはなまるがうれしそうに鳴いた。

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